大きな荷物

雨世界

1 誰かちゃんと自分を見てくれているから、人は一生懸命になって頑張れるんだよ。きっとね。

 大きな荷物


 登場人物

 

 田中笹 野球帽子をかぶった男の子


 木下椛 ポニーテールの女の子


 小森美里 二人の担任の先生


 プロローグ


 ……私はきっと、あなたに救われたのだ。


 本編


 魔法? うん。使ったよ。一生懸命頑張るって魔法。


 誰かちゃんと自分を見てくれているから、人は一生懸命になって頑張れるんだよ。きっとね。


 走る。……あなたの待っているところまで。


 その人はとても大きな荷物を持って、僕の住んでいる町にやってきた。お母さんと二人暮らしの一人の女の子。

 その日はとても暑い夏の八月の日で、天気は晴れ。どこかで蝉が鳴いていて、アスファルトの道路の上には、ゆらゆらと揺れるかげろうがでていた。

 

 君は白いワンピースをきていて、麦わら帽子をかぶっていた。


 田中笹はそんな椛の姿を見て、一瞬、世界の時間が止まったかのように感じた。(それは、笹の初めての恋だった)

 野球帽しをかぶった笹は、道路の歩道の上に立ち止まってぼんやりとただ、椛のことを見つめていた。


 気持ちのいい夏の透明な風が時間の止まった世界の上に吹いた。(その風の動きを感じて、世界はまた思い出したように時間を取り戻して動き始めた)


 その風を追うようにして椛の目が笹を見つめた。


 そのとき、笹と椛の目は確かに、しっかりと空中で重なった。


 椛は笹を見つけて、にっこりと笑った。(その笑顔は、まるでぎらぎらと今、笹を照らしている、夏の太陽のように眩しかった)


 椛の笑顔を見て、笹の顔は真っ赤になった。


 笹は金縛りにあったように、あるいは魔法にかかったように、その場から動くことができなくなった。

 笹が歩かない分だけ、余計に二人分の空いている距離をゆっくりと歩いて椛は笹の前までやってきた。


「私、今日、お母さんと一緒に、この町に引っ越しをしてきたんです」と椛は言った。

 笹は無言。(なにも言葉を話すことができなかった)


「だから、友達が誰もいないんです。だから、私とお友達になってくれますか?」とまたにっこりと笑って、その小さな白い手を笹に向かって差し出して、椛は言った。


「……はい。友達になります」

 その椛の小さな白い手をそっと握ってから、(椛の手を握ると、魔法が解けたように笹は言葉をしゃべることができるようになった)笹は小さな声でそういった。


「本当ですか? どうもありがとう。私、椛。木下椛って言います。あなたの名前はなんていうんですか?」そんなことを椛は言う。


「僕は笹。田中笹って言います」と笹は自分の名前を椛に言った。

「……笹くん。田中、笹くん」

 椛は笹の名前をゆっくりと、まるでずっと昔に忘れてしまった『なにか』を思い出すようにして、一度繰り返して言った。


「笹くん。これからよろしくお願いします」と椛は言った。


「こちらこそ。これからよろしくお願いします」と緊張して顔が強張ったままの笹は言った。

 そんな笹を見て、椛は楽しそうな顔をして、くすくすと笑った。


 それが二人の初めての出会いだった。

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