工学部の博士③


 また不破が行方不明だー、と思った私は、適時上司に報告の後、今度こそ大捜索網を広げて見つけてみせると思っていたが、不破はあっさり見つかった。通信アプリがまだつながっていた。


『今どこにいるんだ?』

『東京本社』

『急に辞める理由は?』

『本社に呼び出されて、医療機器開発部門に移された。』

『犬ロボットはいいのか?』

『人口声帯を作る』

『不破はそれでいいのか?』

『とりあえずはいい。』


 瀬波戸氏は頭を抱えていた。

 私は不破が戻ってこないこと、おそらく出向元企業の別の部門に異動したこと、状況から鑑みて、犬ロボットに興味が薄れたらしいことを報告した。もしも続けて作るとしても、もうこの研究室には戻ってこないだろう。

 瀬波戸氏はさらに落ち込んでテーブルに突っ伏した。絶望したらしい。しかし頭をテーブルに打ち付けながらも、善後策は練っていた。


「とりあえず犬ロボットは完成したんだな?」

「しっぽと耳と舌が不破の基準に届いてないらしいですが、完成してます。」

「じゃあ、それ持ってスポンサーのところに行く。どうせ不破がいなければそれ以上の進歩は無理だろう。動作確認だけはやっておいてくれ。資料も作っておいてくれ。

納期日前だが、連絡と調整をしておいてくれるか?

もちろん俺も連絡はするが、今日は授業と懇親会がある。」

「わかりました。動作確認と資料と日程調整ですね?」

私はカレンダーを見て、連絡を取って日程調整を行った。資料は不破がすでに作成してパソコンに残していた。辞表の下に引き継ぎ書類も入っていた。パスワードは「ribon10」(“リボンILove”)である。(もちろん私は何一つ驚かない。)私は相手先と瀬波戸氏に確認の上、その形式を手直しして、足りない表を1~2個付け加えるだけで、あとはプレゼン担当の瀬波戸氏の領分である。

納期日は前倒しとなり、早いが3日後となった。

 それまでに助手たちが設計図を起こし、2号機の再々動作確認を行い、できれば3号機を複製する。必要な機材をピックアップし、設計図を大型印刷機で印刷した。ロボットが小型犬だということが幸いした。大型犬だったら、手間がかかりすぎて間に合わなかっただろう。助手の一人が一日中コピー機に張り付いている。

 私は会場の設営を相手方と打ち合わせする。

 その一連の作業で忙しくしているとき、私はものすごく重要なことに気が付いた。

(俺の試用期間が終わるの、納期日後じゃん。)

 確実にクビになる。



 とにかく今は、与えられた仕事をするしかない。できたら就職情報を当ったり、履歴書を送って感触を見たいところだが、やることが多すぎた。こんな企業の目に触れるところで、手を抜いたりしたら、決まる仕事も落とされかねない。

 普段は定時上がりの助手トリオも、研究室詰めで頑張っている。

「不破さんからメールでAIの使い方送られてきたんすけど、簡潔過ぎて分からんのですが…。」

 丸地はその合間にもAIという新しい分野に取り組んでいる。

 私はプログラミングのアルバイトをしたこともあるので、手伝ってやることもあった。

 自分の就職先が決まらな過ぎて不安ではあるのだが、こういう時こそ何も考えてはいけない。なるようにしかならない。

 私にできるのは、納期日を無事に乗り越えられ次第、残れるか残れないか関係なく、つてをすべて頼って就職活動をすることだった。この仕事をワンクッションはさんじゃったために失業保険が出ないとか、もう年齢から言って研究職はあきらめた方がいいだとか、あきらめるとしたって一般就職も厳しいだとか、そんな後悔をしても仕方ないのだ。

 とりあえず目の前の仕事に集中しながら、「終わったら大学近くのちょっと高級な飲み屋で打ち上げする」という瀬波戸氏の言葉だけを支えに、私は頑張っていた。


 

 プレゼンはつつがなく終わりかけ、2号機はうやうやしく提携先の手に渡った。

 スーツで決めた瀬波戸氏のプレゼンは堂々としたもので、丸地のテスト動作も、「AIって訳わかんないっすよ。」という彼の本音はおくびにものぞかないほど確信にあふれていた。つまりぼろが出ることはなかった。

 量産体制などについて、瀬波戸氏と丸地を含めて企業さんが話をしているとき、私は打ち上げのから揚げに思いをはせていた。私はその飲み屋のから揚げが大好きなのだ。やはりコンビニとは一味も二味も違う。


「芝、ちょっと来てくれ。」

 そういうわけなので、仕事のできそうな企業さんと瀬波戸氏に別室に連れていかれた時、私の考えていることは、半分くらいから揚げのことだった。もう半分だって、ビールのことだ。仕方ない。プレゼンと言っても、もう私のできることは終わっていて、礼儀としてその場に立っていただけなのだ。


「君、不破と付き合い長いだろ。ちょっと話をしてきてくれないか。」

「不破が出勤拒否しているらしい。」

「ぐぇべ!」

 変な声が出たが仕方がない。不意打ちだったのだ。そもそも立派な職があるのに、出勤拒否の時点で分からない。理解不能だ。

 私はから揚げのことを何とか忘れて不破のことに集中した。

 正直関わりたくないが、不破係として雇われた以上、不運にも職務内容のど真ん中である。

「犬のことで何かあったんですか?」

 それ以外ない。

 職場でいじめを受けているだとか、パワハラだとか、サービス残業だとか、仕事が理想と違うとか、不破はそんなことでは出勤拒否しない。頭のど真ん中にはみ出すほど犬が住み着いている奴である。犬のエサと病院代が必要な限り、奴は仕事に出てくる。

「そういうのも含めて聞いてきてくれないか。これ住所だ。」

 見たが、会社の近所だった。ここから遠くない。

「すぐに行って、詳しい事情を聴いてきてくれ。」

「今聞いてみます。」

 行くまでもない。私は通信アプリを使った。


『会社になんで出てこない?上司が心配してるみたいだぞ。』

『家で仕事する。』

『会社で仕事しろ。』

『リボンと片時も離れたくない。』

『前は家に置いてきていただろ。』

『限りある時間をできるだけリボンと過ごす。』

 何か前よりこじれているようだ。

 後は返事がない。


「犬と離れたくないと言ってます。」

「それは知っている。説得してきてくれ。」

「今は有給消化として処理してるが、出てきてくれないと、不破の立場が悪い。プロジェクトリーダーに選んだんだ。部下とコミュニケーションを図ってくれなければ困る。」

「不破にコミュニケーションは難しいと思います。」

 私はオブラートに包んで表現したが、一般人は近くに寄るのも難しい怖い奴である。

「出てきてくれれば後は下の者が何とかする。」

「うちでもそうしていたしな。」

 瀬波戸氏はうなずいているが、あなた不破と顔合わせないようにして、私を雇いましたよね?

「不破が要望を出すときは、0か10かしかないですよ。呑むか辞めるかです。ほんとに急に辞める奴です。

 犬と片時も離れたくないと言っているのなら、犬を連れてくることを許可するか、在宅勤務を認めるべきだと思います。」

「そこを説得してきてくれ。」

「芝は不破と親しいだろ?説得してきてくれたら、1年契約で雇う。」

 私は分からないようにため息をついた。

「(あんたが関わりたくないように俺だって関わりたくないんだよ。)不破を説得するより、あなた方を説得する方がまだ可能性がありますよ。

 そもそも引っ越しまでしたのに、何がきっかけで、家から出てこなくなったんですか?」

「きっかけなんかないぞ。」

「僕らがそう思うような些細なことでも、不破に引っかかることがあります。

 物理学教室を辞めたきっかけは、アイドルの引退から愛犬の死を連想したからでした。

 工学部から出たきっかけは、もちろん異動でしょうが、不破は犬ロボットに何か失望を感じていたようです。」

「それを言うなら、犬を連れてくることを断ったからかな?」

 企業さんは首をかしげた。

「そんなことは社内規定で禁止になっている。連れてくるとしても、社内規定が変わってからで、時間がかかるんだ。ダメもとでいいから一度説得してきてくれないか?」

「(無駄だって言ってんだろ?)」

 もちろん私が心で何を言おうが無駄である。

 部下(予定)からも聞き取り調査を行った後、上下関係の力学によって私は「不破の自宅」という危険地帯に向かって進む羽目になった。



 私の気持ち的な問題なのだが、不破に関する脅威は、不破に向かって距離が近い順から円心状に危険地帯が区分され、最も危険なのが「不破から距離1メートル」で、次が「2メートル」である。

 よってその中心にある「不破の自宅」などに、私は行きたいとも思わないし、私だけでなくかつての同僚たちも今の同僚たちもみんな同じような気持ちだった。

 その危険地帯に私は踏み込む。

 要求を呑むしかないと言っているのに納得しない上司の納得のために。


 事前にアプリで連絡していて、既読はついたが返事はなかった。

 しかしインターホンを鳴らすと、不破は腕の中に犬を抱えた私服姿でドアを開けて、玄関までは招き入れてくれた。

 機嫌悪いのが顔に出ている。無表情だが分かる。

「…。」

「…。」

 用件は通信アプリで知らせてあり、もう不破の返事が変りようもないことを私は知っているので、お互い何も言うことがない。

 不破は腕の中の犬をなでた。私は初めて不破の犬を生で見たのだが(写真はいやと言うほど目にしている)、こんなぐったりして死んだ目はしていなかったような気がする。

 「限りある時間を愛犬と過ごしたい」という決意を固めた飼い主に、この3日間構い倒されて疲れ果てているのが愛玩犬にあるまじき仏頂面に出ている。もしかしたら不破に出勤してほしいと一番思っているのはこの犬かもしれない。

 かわいそうと思わないわけではないが、犬の話なので、私はあえてその辛さを無視した。

 助けたいと思うなら、行方不明の元アシスタント静ちゃん(人間)の生死の方が気になる。


 私は手土産にその辺のパン屋で買ってきた菓子パンと牛乳を差し出した。不破はそれを受け取ると、黙って部屋の中へ入っていく。私はそれを招き入れられたと解釈し(たぶん合っている)、できる限り逃げやすい距離を離して後についていった。


 もてなしと言うか、私が買ってきたパンが、袋のままテーブルに置かれた。

 犬がとたんに目を輝かせて袋に首を伸ばしたが、不破に軽くたたかれると不破の腕の中で縮こまった。しかし耳はぴんと立ってパンに全興味を向けていた。


(普通の犬だな。)

 「もしかしたら犬が依存性のある物質出しているのかもしれない。そうだったらいいなー☆」と思っていた時もあったのだが、やはり原因はすべて不破の側にあるようだ。

 この普通の犬がマジ鬼門である。

 下手に誉めると不破の変なスイッチを押すかもしれないし、かといって全くほめなかったらそれはそれで不破の気に障るかもしれないし、うっかりしっぽを振って懐かれたら、明日私が行方不明になっていないとは言い切れない。

 よって最初にどうしても聞いておかなければならないことがある。


「不破。最初に聞きたいことがある。」

 私の覚悟が伝わったのか不破は目を合わせてきた。

「お前人を殺したことがあるか?」

「ない。」

「…行方不明になった静ちゃん―お前の元アシスタントだが―生きているのか?」

「生きている…と思う。」

「お前が死なせたりしてないな?」

「しない。そんなことしたらリボンが悲しむ。」

 不破ははっきりと言い切って、優しい表情でパンに集中している犬をなでた。

 犬は絶対そんなこと考えないし、理解もしなければ悲しみもしないと思ったが、こんな都合のいい妄想はそのまま大事に残しておくべきである。


 私はふーっと息をついた。

 とりあえず最初の関門は突破だ。ここで「記憶にない」とか言い出したら、全力疾走で振り返らずに逃げようと思っていた。念のために瀬波戸さんと不破の上司(予定)にGPSで監視してくれるように頼み、3時間で戻らなかったら間違いでも勘違いでもいいから警察に連絡してくれと頼んであるのだが、それだと私の明日以降の命は保証されない。

 なぜしがない博士の私がこんなスパイドラマ並みの活動をやっているのか不明だが、必要なのだ。とにかく殺されることはないのはよかった。


「仕事に出てくる気がないなら、成果を示してくれ。人口声帯はどこまで完成した?」

 不破は少しばつの悪そうな顔をして、人口声帯を作業机からとってきた。

「どこが進んだんだ?」

 私は不破の進行状況を把握していたし、不破が出ていく時にパソコンのパスワードを教えてくれたので、パソコンの中身もチェックを入れて瀬波戸さんに報告した。人口声帯はその時点から変わっているように見えない。

「実験してたのなら、データをくれ。」

 不破は再びばつの悪そうな顔をした。

「ない。」

「出勤しろ。」

「引っ越しとリボンとで忙しかった。これからやる。」

 「これからやる」は、やらない奴の常とう句だ。

 不破はこれからもあまり仕事しないだろうと、私は見た。なぜなら人口声帯は、愛犬と全く関係ないからである。犬ロボットに興味を失った不破は、愛犬と遊ぶ方を選ぶに決まっている。

「出て来い。出勤して、就業時間は机に向かっていろ。それで給料がしばらくは出る。

 一年たったら、自主退職しても失業保険も出るようになる。」

「…。」

「クビになるぞ?」

「…。」

「リボンのエサ代を払えなくなるぞ?」

「気安く呼び捨てにするな!」

 不破は激高した。地雷を踏んだらしい。ここは地雷原か。

「ウンワカッター。何て呼べばいい?」

「『世界で一番かわいいウェスティちゃん』」

 こいつはこれでも天才なのだ。心の底から尊敬する天才だ。

 そしてこの天才を説得しようとしている今は、どれほどばかばかしくて命の危険を感じたとしても、私にしかできない、今までで一番と言っていいほど、誇りを感じる時間なのだ。

「ワカッタ。『世界で一番かわいいウェスティちゃん』のエサ代を払えなくなるぞ。」

「リボンのためならどんな仕事だってできる。」

「牛丼屋でワンオペしたり、コンビニでレジ打ちしたりするつもりか?」

「リボンのためならできる。」

「(もったいなすぎる。瀬波戸さんが化けて出そうだ。生霊で。)

『世界で一番かわいいウェスティちゃん』と遊ぶ時間が無くなるぞ。

 アルバイトするつもりで、出勤して、机に向かってろ。

 それで『世界で一番かわいいウェスティちゃん』を贅沢させてやれるぞ。」

 不破は急にまじめになった。見えない壁が下りた気がした。

 パンの袋をさぐって、メロンパンを選び、自分が食べてからちぎって犬に食べさせた。

「金の心配はない。」

 そうだ。こいつは牛飼に邪魔されてもこんないい仕事を見つけてこられた奴だ。

 考えなしに見えるが、当てはあるのだろう。

 愛犬の同伴出勤を断られた時点で、辞めて次の職場に行くつもりだ。


(この手はだめだ。犬の利益で説得しようとすると、不破は警戒する。)

 たぶん今までにも『世界で一番かわいいウェスティちゃん』をだしに不破を動かそうとした人がいたのだろうが、それは不破にとって許せないことなのだ。

(考えろ。どうやったらいい?…いや、どうするのが不破にとって一番いいことなんだ?そして不破の能力を最大限生かして世の中に役立てることができる?)

 犬だ。

 私は結論を出した。

 愛犬が不破のエンジンだ。だから犬を動機にしなければならない。




 私は和やかに談笑していた不破の上司と瀬波戸さんに報告した。

「そういうわけでして、不破の要求は次の通りです。

 ・今後は自宅待機で、出来高制で給料を出してもらいたいらしく、保険は要らないし、ボーナスもつけなくていいので、経費も込みで成功報酬がいいそうです。

 人口声帯とはじめとした手術器具は今後も請け負うそうなので、不破一人で1チームと考えてもらいたいとのことです。

 ・クローン技術と移植の分野の研究開発に移りたいそうです。

 医療器具の開発はあくまでアルバイトだと。

 異動願いですね。

 こちらの企業にその部門がなければ、不破が勝手に探してくるそうです。


 こちらが不破が提出する新しい履歴書です。

 物理学の博士号と工学の学士号があります。

 以上です。」

 

企業の不破の上司は、唖然としていた。

「あいつは生体関連の学位を持っているのか?」

「持っていないそうです。

論文と言うより、今日プレゼンでお持ちしたロボットが不破の成果だと。

 ロボット神経とロボット関節がその最たる成果だそうです。こちらもあとから研究成果をメールすると。

 それと瀬波戸さんにもメールが行くと思いますが、推薦状を5通用意してもらいたいそうです。」

 瀬波戸さんはすでに復活していた。

「紹介状な!それならうちの農学部か医学部に入ればいい!キャンパスは違うが、隣接してるぞ!

 アパートだって、今ならまだ元の場所に入れるだろ?」

「不破は『庭つきの一軒家』に住む予定だそうです。」

「犬のためか?」

「たぶんそうですね。」

「よし。それも聞いておく。空き家ならどこのキャンパスもあるはずだ。なんせ田舎だから。」

「カマキリやネズミやモグラがいて、地面がテリアの爪で掘り返せて、犬の寝れる木陰がある庭が理想的だそうで…。」

「よし。そんな家だな。」

 瀬波戸さんは真剣にメモを取ると、大学に残してきた秘書に電話で家探しをするように、鬼気迫る勢いで指示を出した。

 そしてその勢いのまま、農学部の知り合いに電話しようと、どの知り合いをたどればいいのか考え始めた。

 あらゆる人は7回知り合いを経由すれば目的の人に行きつけるのだと聞いたことがあるが、実践を見るのは初めてである。

 瀬波戸さんの人型ロボット(つまり人格的には問題ありありだが開発できる不破に)かける本気を見る思いがした。


「ちょっと待て!」

 企業さんが割って入った。

「そもそも君…」

「芝です。」

「芝君。出勤するように説得しに行って、なんで出勤しないように決定して戻ってくるんだ。もう一度行ってきなさい。

 もっとまともな返事がもらえるまで、帰ってこなくていい。」

「不破は帰ってきません。有給消化して、切れたら辞めるそうです。

 その前に個人契約を結んでもらえるなら、有給消化前でも契約すると。

 不破は犬に関して譲ったりしません。言うだけ無駄だし、そもそも返事がもらえないでしょう。(犬はたぶん嫌がってるけど。)」

「もういい。私が行こう。」

「もし行かれるなら、絶対に不破の犬を呼び捨てにしたらだめです。目を合わせるのもよくないです。不破が怒り出します。」

「そんなことで?はっ。あいつは仕事をなめてるのか?いや、君がなめてるのか?」

「不破はあなたが100万回人格否定しても気にしたりしませんが、犬に対しての無礼は1回でも本気で怒りますよ。そういうやつなんです。」

「そういうやつですね。芝に任せておく方がいいでしょう。

 芝、そういうわけでもう一度説得しに行ってくれるか?」

「行けと言われたら行きますが…今度は入れてもらえないと思いますよ。

 不破はあなたの返事が知りたいそうです。それを送ってくれと言われてます。

 …僕を契約職員にしていただけますよね?」

「もちろんだ。」

 瀬波戸さんはうれしそうだった。身近に不破をおいておけたら、何のかんの言いながらお金を払って協力を買うことができる道筋が開けるのだから当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 瀬波戸さんは不破を高く評価してくれている。

 そして瀬波戸さんは分かっている。これは先着順のレースだと。不破の好みに合う職を最初に差し出せたものが、不破をゲットできる。企業の名前にも、より高い報酬にも興味のない不破は、犬さえ同伴出勤できるなら、最低賃金でも成果を持ってくるだろう。



 不破は結局瀬波戸さんの大学の生物部のキャンパスに無給研究員として間借りすることになった。同伴出勤はもちろん可。持ち運びケージに入れることで持ち込みが許される。もともと山ほど実験用のラットが住んでいる場所なので構わないとのことだ。

 そして私はなぜか不破のアシスタントになった。

 この簡単な結末を予想できなかったのは、から揚げのせいだとしか思えない。

 

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