現実!
「うおああああああああああ!!!!!」
青年、もとい三上勇輝は学生寮の自室のベッドで飛び起きた。全身汗だくで、まるで悪夢からやっと覚めたような感覚だった。
「なんだ……夢? 堕天使だの魔物だの…… それにしてもやけにリアルな夢だったな……」
夢の内容は、今も頭の中にしっかりとこびりついている。山羊の頭を持った怪物に絞め殺されそうになったことを思い出し、身震いする。
「疲れてんのか、俺……」
数多の女性達に振られ続けてきた精神的ダメージが今まとめてやってきたのか、と勝手な納得をしつつ、なんとなく、服の中を覗き込んだ。そして、息が止まった。
脇腹辺りに、まるで強く握り締められたような痣が残っていた。
「まさ…か…… まだ夢の中なのかな……ははっ」
『残念ながら現実でーす!』
「うああああああああああああ!!!!!!」
もう一度デカい叫び声を放つ。脳内にいきなり少女のような声が響いた。隣の部屋から不機嫌そうな打撃音が聞こえてくる。
『うるさいうるさい! 今、朝の四時だよ? 落ち着けってば』
「だっ誰だっ! どこにいるんだ!」
『だーかーら。あんたが夢だと思ってたのは現実だって言ってるじゃん。そん時のコト思い出してよ」
青年は夢だと思っていた記憶をゆっくりとなぞり出した。
(そうだ、確か自分を堕天使だとか言う少女にいきなり噛みつかれて、俺の中に妹がいるとか言われて……)
「すると……あれは本当……」
バタッ、と青年はもう一度ベッドに倒れ込み、気絶した。
『あらら』
家出堕天使はそう言ってクスクス笑った。
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---…
「……で、お前は『おじいさま』に反抗して家出してきたわけね」
『そ! まー今までに何回もやってるんだけどね。今回は最長記録だね』
一時間ほど気絶していた彼は、目覚めた後にもう一度絶叫し、隣の部屋の住人から壁ドンを食いながらようやく詳しい話を聞き始めた。
シャミ、と名乗ったこの堕天使は、おじいさんが嫌いだそうで何回も家出しているらしい。そして今回の家出で、この青年のことを見つけ、住み着いた。理由としては「居心地がいいから」とか何とか言っていたが、青年としては全く納得がいかない。しかし相手はどうやら人智を超えた存在らしく、自分ではどうにもならない事を悟ってしまった彼は、仕方がないのでひとまず現実を受け入れる事にした。
「最長って……。 一体どのくらい前から俺に住み着いてるんだ?」
『んー、八年前くらいかなあ?』
「八年っ!? 家出のレベルかよそれ! ……ってちょっと待て、俺の八年間はずっとお前に見られてたってのか!!!」
激しくツッコミながら、彼はあることを考えていた。八年前ということは、彼が初告白をした中学二年生の時には、既に体の中にこいつが住み着いていた事になる。そして、今まで告白した相手には例外なくフラれている。
『もしかして、今まで自分がフラれ続けてきたのは私のせいだとか考えてるぅ〜?』
家出堕天使はそう言ってケラケラ笑った。心の内を明かされたような気分になった彼は、少し恥ずかしくなり、慌てて訂正するようにこう言った。
「そ、そんな事考えてねえよ! ……もしかして、心の中を見れたりするのか? いや、参考までに聞いておきたいんだが!」
家出堕天使は本当に愉快そうな調子で言う。
『完全に君と同化してるわけじゃないからねえ。まあ、他人をすこーし操るくらいなら出来るけど?』
家出堕天使はそう言って、耐え切れず爆笑し出した。間違いない、確信犯だ。しかし、それを指摘すると今度は自分が自惚れている感じになってしまう。どうすることもできないので、彼はただただ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そんな事をやっていると、突然インターフォンが鳴った。時計の針は五時半を指している。朝っぱらから、しかもこんな時に何なんだ?と心の中で悪態をつきながらも、玄関へと向かう。
「はあい、どちら様ですか?」
ドアチェーンを掛けたまま扉を開くと、
「ミリーです。え、へへ…… すいません」
そこに、最高に申し訳なさそうな表情を浮かべた、家出堕天使の姉が立っていた。
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ー魔界 堕天使門 族長室ー
魔界にある堕天使の領域の族長室に、ノックの音が響いた。
「失礼しやあ〜っす」
部屋の主の許可を待たずに一人の女がずかずかと入ってきた。緑色の髪色をし、毒々しい紫色のチャイナドレスのような衣服をまとった、180cmはありそうなスレンダーな女性だった。
「ようやく来たか、ベルゼ。また長風呂でもしていたのか」
族長は呆れたような調子で言った。対して、ベルゼと呼ばれた女性は悪びれる事なくこう言った。
「しゃーないでしょ、私ってば綺麗好きで有名な悪魔なんだからさ。そんで、わざわざこんなとこまで呼び出した理由は?」
族長はため息を吐き、用件を話す。
「シャミを連れ戻してきてほしい。今度の家出は少しばかり長すぎる。それに、人間なんぞの中に居ついているらしいからな」
「あんたのお孫さんも家出が好きだねえ。それともあんたのきょーいく方針が悪いのかな??」
ベルゼは嘲るように言った。だが、いつもの事なので族長は気にしない。そのまま話を続けた。
「その人間の中から引っ張り出すのが望ましいが、殺しても構わん。とにかく連れ戻してくれ、報酬は弾もう」
「殺す」という単語に、ベルゼが少し眉をひそめる。
「いいのかい? 規則じゃ人間の殺害は御法度になってるが」
「状況が状況だ。シャミさえ無事ならそれでいい」
「『無事』ねえ…… 本当にそれで済むかな? 双方にとっての意味、ね」
「だからお前に頼むんだ。二級や三級、いや、一級悪魔でも返り討ちにされるかも知れんからな。一番有力な者を選ぶのが良い」
ふーん。と気の抜けた返事を返したベルゼだったが、そこである事に気づく。
「ミリーが居なかったようだけど、あいつも向かわせてるのか?」
「ああ、一応な。保険だ保険。あんなもの、端から期待していない」
それを聞いたベルゼは、獰猛な目つきで舌舐めずりをし、こう言った。
「じゃ、間違って殺しちまっても文句ねえな?」
それを聞いた族長は、冷酷に冷静にこう言い放った。
「構わん。好きにするといい」
妹の味がする!!! 吉長吉明 @yoshioka_zb
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