妹は強し!
「まさか、こんなに早いとはね…」
彼はそう言った少女の視線の先を追った。そうして、目を疑った。3メートルは優に越すような、人の形をしているがそうは見えない、デカくて真っ黒な何かがそこに立っていた。頭は山羊のようで、体に反して色は真っ白だったが、角だけはこれまた真っ黒に染まっていた。それはまるで悪魔のような造形だった。
「おじいちゃん、私とは別のも動かしてたみたいね。あーあ、やっぱ信用されてないんだなあ」
少女はどこか寂しげな調子で呟いた。そして、目の前の怪物に話しかけた。
「あーあの、せっかくここまで来てもらって悪いんだけど、シャミが中々強情で出てこないの。いつもの反抗期みたいだから、そうおじいちゃんに伝え…」
少女が言い終える前に、怪物の腕が前に伸びた。その手で彼の体をガシッと掴むと、勢いよく自分の間近まで引き寄せる。
そして、
怪物は、その手を握りしめた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
今までの人生で経験したことのない激痛が彼の体を襲った。痛みで回らない頭の中で、この怪物は自分を殺そうとしているという確信だけが彼の脳内に強く刻みつく。バサァッ!!っという音が響いた。少女が血相を変えてこちらに突っ込んでくる。だが、呆気なくもう片方の怪物の手によって弾き飛ばされてしまった。少女の体が地面に強く打ち付けられる。
(ぐっ…… 話が通じない? 第三級の魔物でも意志の疎通はできるはずなのに…いや、違う。いきなりシャミが入ったあの男を狙ってきたということは、最初から殺すつもりだった。思考能力を奪われてそう命令されている…)
「…おじいちゃんね」
真相は分かったが、体が動かない。第三級と言えどもそれは階級の話。単純な力勝負なら向こうに軍配が上がる。そして、今にもあの青年は怪物に握り潰されそうになっている。
(何とかしないと…!!)
全身全霊をかけてもう一度起き上がろうとした瞬間、真空の刃が当たりの空気一帯を切り裂くような音が響いた。
怪物の腕が、縦に裂けた。
「ーーーーーーーーーーー!!!」
声を発する器官さえ奪われているのか、怪物が発する叫びは音を伴わなかった。ひたすら片腕でもう一方の肩を抑えている。断裂はそこまで達していた。怪物の手の中から半ば放り出されるような形で解放された青年が、地面に叩きつけられ転がる。
「ッ!!」
堕天使の少女は青年の元へ駆け寄る。体を確認すると、締めつけられた痕こそあれど大きなダメージを受けている様子はない。少女が自分でも無意識にホッとしたような表情を浮かべると、青年がぱっちりと目を開いた。そして言う。
『ほんと弱っちいわね、このアホ姉!』
青年の口からは、全く彼に似つかわしくない、高い声が聞こえてきた。快活明朗な少女の声であった。堕天使の少女は目を丸くして言う。
「シャ…シャミ? 出てきてくれたの!? でもあなた人間はどうでもいいっていつも…」
『別に助けたわけじゃないわ。こいつの中、けっこー居心地がいいの。せっかく良い家出先を見つけたのに早々に壊されちゃたまんないからね!』
堕天使の少女は、その言葉に呆れた表情を返しながらも、その向こうでうずくまる怪物を見た。シャミが青年の体を地面から立ち上がらせる。
『まーだ生きてるわね、頭脳筋の筋肉馬鹿ってとこかしら。あのクソじじもこんなもん送ってくるなんて、随分私を甘〜く見てるわね、ホントムカつく』
そして、堕天使の少女が何か言う前に、青年の右肩甲骨のあたりから片方だけの翼が飛び出した。色は純白、真っ白だった。青年の体を着たシャミは、その翼を右手で掴むと、根っこの辺りから引きちぎった。引きちぎられた翼は、みるみるその形状を剣の刀身だけのような形に変えていく。そしてそのまま怪物に飛びかかった。
「すごい…」
堕天使の少女は、怪物の体がバラバラに切り落とされていくのを見て、そう呟いた。最後に怪物の山羊のような頭が斜め真っ二つに落ちた所で、青年の動きが止まる。
『しゅーりょー。どーせ見てるんでしょ?クソじじ。送るんならもっとマシなの送ってきなさい。」
翼製の刀身が霧散するように消えた。そして、姉の方に振り返って、こう宣言した。
『私、とーぶん帰る気ないから! あのクソじじにそう言っといて!」
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