お迎え!
「妹の味がする!!!」
目の前のこの翼の生えた少女は確かにこう言った。
一体なんなんだ? 妹? 味? なんで俺は噛みつかれた? そもそもこいつは何者なんだ? 脳内が疑問符で埋め尽くされる。彼がしばらく硬直していると、向こうから勝手に話しかけてきた。
「妹を隠しているのはあなたね!! さあ、早く妹を返しなさい!!」
(隠している?何のことだ。何も隠しているものなんて無いぞ。というかほんとに何者なんだこいつは?)
これがもし、腕が食いちぎられでもしていたならば、かなり悲惨でシリアスな場面になっていただろう。そうなっていない理由は二つある。
一つは血が出るほどには、ましてや食いちぎられる程に噛まれたわけでは無いという事。
そしてもう一つは、目の前の女の子が、背中の翼を除けば「純白のワンピースを着た15歳くらいの女の子」に見えるという事だ。どことなく溢れる子どもっぽさのせいで、緊張感がまるでない。
「あの…君は一体何者?」
「!? まさか何かも知らずにシャミを連れ去ったっていうの!? ……ハッ! 分かったわ。一目惚れね、一目惚れなのね!? 確かにあの子は人間的にも可愛いだろうけど、堕天使と人間の恋は御法度なのよ!!!」
「だ…てん…し…?」
「そう! 私達は堕ちた天使、堕天使なの!! まあ今はどっちかっていうとただの種族名みたいなもんなんだけどね、堕天使族!的な。墜ちた天使の子孫、それが私達なの! …ってそうじゃなくて、早く妹を返して!!」
こんな話を聞かされて、ハイハイそうなんですか、と納得してしまえる人間はそうそういないだろう。背中の翼と合わせていささかファンタジックすぎる状況に、彼は自分の頬を思いっきりつねってみたが痛み以外には変化がなかった。情報の連続によって脳内を圧迫された彼は、もう何だか考えるのが面倒くさくなってきて、とりあえず相手が今一番知りたいのであろう情報だけを伝えた。
「良く分からんけど、そういう子を隠してもなければ知り合ったこともないぞ」
「あーーーっ!!! シラを切るつもりね! どれだけ私の妹にベタ惚れなの!? そんなの嘘だって分かりきってるんだ……か……ら…」
終盤になるにつれて少女の声の元気がなくなっていったのは、とてつもなくうんざりした表情を浮かべている彼の顔が目に入ったからだ。意外と打たれ弱い子なのかもしれない。
「あ…ほ、本当っぽい…本当なのね! 一応、信じます!」
どうやら、無言のプレッシャーに負けたようだ。
「でもおかしいな… 確かにあなたの中から反応を感じたんだけど…」
…? ちょっと待て、中?
「あなたの中…って?」
「だから、あなたの体の中よ」
「へ?」
「あなたの体の内側に、私の妹がいるの」
この堕天使少女は、またもや素っ頓狂な事を言い出した。体の内側?別にどこも異常はないし、気分も悪くない。
(まさか魂とか言い出すつもりか?堕天使が存在するならおかしくはないけど…って待て、落ち着け。そもそも自然にこの状況を受け入れちまったらおしまいだ…)
「ねーえ、シャミ! あんたもしかして勝手にその人の中に入った? だったら早く出てきてちょーだい! おじいちゃん、カンカンでもう手がつけられないのよ!!」
彼女の顔は彼の方を向いていたが、彼を見てはいなかった。体の中に向けて話しかけているようだった。しかし、彼の口が操られて勝手に言葉が飛び出すようなこともなく、ただただ沈黙が広がった。
「意地でも出てこないつもり? 気配を感じ取って、直接的にも確かめたんだから、いるのは分かってるのよ!!」
彼は、なんだか少し気分が悪くなってきた。自分の内側にもう一つの存在があるというのは、例え冗談でも気味が悪い。そんな事を考えていた時、事件は起こった。
周りの風が一致団結して彼に突撃してきたかのように、特大の風圧が背中を打った。彼は吹き飛ばされ、少女の足元へと転がった。突然の襲撃に頭をクラクラさせながらなんとか上半身を起こすと、彼女の顔が目に入った。そして気づいた。彼女が、先ほどとはうって変わり、かなり険しい表情を浮かべていることに。そして、ポツリと呟かれた彼女の言葉を聞いた。
「まさか…こんなに早いとはね」
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