第14話 稽古

男は足の骨を折った。

子供とはいえあれだけの大人数が揉みくちゃになったのだ。それだけで済んだと言っても良いのだろうか。

爺さまは、痛がる男の足に添え木を当てて布を巻き付けた。

「胡弓、ひけるか。弾けないなら、帰れ」

無表情で言われた男は歯を食いしばって椅子に座った。爺さまの席を挟んで、ヨウマとは反対側だ。もう一人は椅子を動かして、男同士、並んで座る。

「いくぞ」

爺さまが音を出した。

男達も音をだす。爺さまと同じ音を。

少し遅れて、ヨウマが音を出した。違う音を。胡弓を弾きながら、男達は鼻で笑った。そのまま音は流れ続ける。男達は目を閉じていた。

子供達は、ヨウマの胡弓を初めて聴いた。冷やかしの意味もあった。兄貴分、姉貴分としての気持ちがあった。できの悪い弟分のヨウマが、どんな風に弾こうとも、それを誉めてやるのだ、という気持ち。だけど、そんな気持ちはどっかに行ってしまった。

スミはヨウマの前で、皆を見ながら両腕をを広げていた。泣きそうな顔で。ヨウマを守るのは、自分だから。大事な息子に、好きなことをさせたいから。なぜか、村の子供達がヨウマの味方をしてくれているが、何かあっては、彼らの親に申し訳ない。だから自分が守る。けれど、張りつめていた気持ちが無くなって、ヨウマをジッと見ていた。

村人は仕方なく聴いていた。争いの時、心情的には男達の味方だった。けれど、爺さまの視線に動けないでいただけ。だから、ヨウマの胡弓を仕方なく、仕方なく聴いていた。なのに、身を正して聴いていた。

胡弓を持った男達は、一度目をあけてヨウマを見たが、意地で目を閉じた。けれど、手は止まってしまった。なんだか悔しくて、唇を噛んでいた。

誰も、踊らなかった。踊れなかった。


曲が、終わった。

「さて、駄目じゃなあ」

爺さまが口を開いた。

「皆、踊れないなあ」

にこやかに言った。

「でも、良い音じゃろう」

爺さまに言われ、スミは頷いた。

「今までは、悲しい曲でも無理に踊っていたが、もう無理に踊らんでも良いと思う。では、の、次じゃあ。皆、踊れよお。せーの」

爺さまが弾き始めた。激しい弾むような。すぐさまヨウマが合わせる。爺さまとは違う音を。男二人も慌てて入っていく。爺さまと同じ音を。聴いたことあるのに、どこか変な、今までにない曲は、とても楽しかった。

子供達が叫び出して踊り始めた。素直に「すごい、すごい」と跳ね回り踊り始めた。女の子達はスミの手を引っ張って一緒に踊った。

担任は男の子達に囲まれ囃されて踊る。それを見て校長先生が踊り声をかける。「ほれ、皆も!」先生達が、用務員さんが踊る。恐る恐る踊るから下手だ。

「ええい、や!」

村人も和の中に飛び込んだ。自棄になったように、けれどもすぐに笑顔になって、皆を誘う。

「ほら、来いや。皆、来いや」

村人が次々と踊り始めた。歌声、歓声、叫び声を上げながら、躍り上がった。祭りの一月前に、祭りの日と同じ満月の夜に向かって躍り上がった。


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胡弓の話 古澤 侑山 @furusawa

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