13
翌朝、二人は市街地と中心街のちょうど境目にある長距離用専用の駅にやってきて、目当ての地方へ出発する列車に乗り込む。蒸気機関ではなく理解を超えた動力で移動するこの乗り物に、マリアは狂喜した。
「すごいわ。見て、ものすごく速い。わたくしの知っている汽車とは倍も速度が違うわ!」
窓から子供のように身を乗り出して外を眺めるマリアに、ボックス席の向かい側に座ったエスが微笑む。
「これでも、中継地点での休憩を入れると、丸一日かかるそうですね」
受付でチケットを買った時に言われたことだった。
マリアは上機嫌でそれに応えた。
「丸一日なんて大したことないわ。一週間も移動する列車があるんだもの」
「そうなんですか」
ややするとはしゃぎ疲れたように窓にもたれかかって眠り始めた少女を、エスは奇妙な感情とともに見守る。
一緒に過ごすにつれて、エスにはこの少女がびっくりするくらいに綺麗なことに気がついた。愛されて育ってきたのだと分かる。傷なんてほとんどないような魂のあり方は、エスの感情をざわつかせるとともに、ひどく微笑ましいものにも思えた。
マリアは、ひどく優しい少女だった。
誰にでも親切であろうとし、稀人でこの世界のことを知らないから悪魔であるエスにも対等でありたいと言ってくれる。本質的に柔軟で、慈悲の心を知っている。エスは不思議だった。エスも誰かに愛してもらえたら、彼女のようになれたのだろうか。
最初の頃は心の余裕がなくて気がつけなかったことでも、時が経てば見えてくることがある。
彼女は最初から、エスに優しかった。
エスを嘲笑う観衆に割って入って鞭に打たれているのを止めてくれたのも、呻いているエスの額の汗を拭って「大丈夫」と言ってくれたのもマリアだった。賢者の言葉を否定すらした。思えば、自分の体のパーツがきれいだと言われたのは、生まれて初めてだったかもしれない。
じわじわとスポンジが水を吸い上げるようにゆっくりとエスはマリアの優しさを理解した。
時折、エスはマリアといるのがひどくつらい。
ある時、マリアにも苦手なものがあることに気がついた。銃火器や大声を上げる大人、暴力というもの全般を恐怖している。
いつか、マリアに嫌われたら、恐怖されたら。エスはどうしたらいいか分からない。エスとマリアはあまりにもちがった。エスはきれいな人生を歩んでいない。奴隷になる前の自由だった時、ひもじい思いから逃れたくて、盗みを働いたことだってある。暴力に頼ったことだって一度や二度ではない。自分を所有する主人だからというだけではなく、この無邪気な存在に嫌悪されることに耐えきれる自信がなかった。いつの間にか変化してしまった自分に愕然とする。
そして、この無邪気な子供の善意を利用してまで、自分が生きようとしていいのか、エスには分からなかった。
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