10

 完全に夜の帳が下りた。

 しかし、決して暗くはない。商人の言う通り、空は星で埋め尽くされ、それが照明の代わりになって砂漠の砂を白く照らしていた。


「きれいね、エス」

「…はい」 


 二人は並んで景色を眺める。


 マリアは砂が動いているのに気がついた。風ではない、内側から静かに緩やかに動いている。マリアがエスの方を見ると、彼も抜き身のナイフを片手に砂を見つめていた。


 ポコ、と軽妙な音がして、小さな生き物が砂から頭を出した。それも、一頭ではなく、たくさん。


「まあ」


 マリアが囁く。

 その生き物はたしかにネコの姿にそっくりだった。そしてたしかに背中に棘がある。


「かわいい」


 トカゲネコの中の一匹が穴から滑り出ると、ぴょこぴょこと二足歩行で近づいてきた。


「また僕たちを乱獲しに来たの?」


 無邪気な瞳で見つめられて、マリアはたじろいだ。

 ネコの口がまるで皮肉げに笑っているように見える。


「まあ、ねこさん。違うわ。ただ、『トカゲネコの尻尾』を分けてもらいに来たのよ」

「そうなの?」


 トカゲネコが首を傾げる。


「ええ。そうよ」


トカゲネコがピュイ、と甲高い鳴き声をあげると、あちこちにいた彼の仲間も同じように鳴き返す。


「試練を受ける? そしたら、あげる」


 マリアは少しの間、思い悩み、自分に他に方法がないことに思い至り、頷いた。


「わかったわ」


 トカゲネコは自分の尻尾を前肢で掴んで毛づくろいをする。


「じゃあ、その隣にいる悪魔を殺して」


 とんでもないことを言うトカゲネコに、


「それはムリよ」


 とマリアは即答した。


「わたくしの友達を殺すなんてできないわ」


 ピュイピュイとトカゲネコが笑い声をあげる。


「冗談だよ」


 隣のエスがホッと息を吐き出した。


「朝は四本足、昼は二本足、夜になると三本足。知ってる?」


 マリアは喜んだ。


「有名ななぞなぞじゃない、エジプトのねこさん。人間のことでしょう?」

「その通り」


 しゅるり、とトカゲネコは前足を上品に舐めて、それからヒゲをピクピクさせた。


「ついてきて」


 トカゲネコはしゅるりしゅるりと移動すると、地面に開いた穴隙を指し示す。


「夜のさらにその先に進む覚悟があるものだけが、ここに手を突っ込める」


 陰影に阻まれて中を伺うことはできない。

 マリアはゴクリと喉を鳴らした。


「時間は朝までだよ」


 それきり、そのトカゲネコは体をくねらせて砂に潜ってしまった。

 きっと朝が訪れれば、この穴は消えてしまうのだろう。

 エスの命を捧げろとトカゲネコは言った。この穴の供物にしろいうことだったのだろうか。


「マリアさま。おれがやります」


 なぞなぞの意味を理解しなかったのか、袖捲りをしたエスが穴に手を突っ込もうとする。それを、マリアは抱きついて止めた。


「だめよ、エス。そんなことをさせるわけにはいかないわ」


 エスは主人の命令に逆らい切ることができずに、硬直した。

 その隙にマリアは中に手を突っ込む。


 柔らかい毛皮の感触がした。

 それをそのまま引っ張り出す。

 出てきたのは、トカゲネコの死骸だった。


「あげるよ」


 近くにいた生きたトカゲネコが言う。


「尻尾の中、空洞があって、そこに丸い石が入っているんだ。君たちが求めていたものはそれだよ」


 ピュイ、と鳴くと、彼らは一斉に砂に潜った。


「もう来ないで」


 それが彼らの最後の言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る