3

「おぬしのような人間を、稀人という」


 メルキオールと名乗った白ひげをたくわえた老人は、『賢者』と街の人間から呼ばれているらしい。脚立のてっぺんに座り、そこからマリアを見下ろしていた。


 街に降りてまずマリアが思ったことは、「街までおとぎ話のようね」ということだった。住民でさえも、あまりにもそれっぽい街はうつくしく、そしてどこか懐かしさも感じさせたので、マリアは困ってしまった。だからしょうがなく自分に言い聞かせた。「わたくしは、故郷に帰らなきゃいけないのよ。たとえ多少汚くてもね」


 人々に尋ねたら、すぐに賢者の場所はわかった。街の中心にある『書物庫』という場所にいると、皆、口を揃えて言ったのだ。困ったら賢者さまに助けを求めればいい、というところまで異口同音だったので、マリアは思わず笑みをこぼしてしまった。


 そうして『賢者』と名乗るこの老人との面会をこぎつけ、マリアは自らの窮状を訴えた。


「稀人とは時を定め、他界より来たる来訪者のこと。しばしばこの世界に訪れよる」


 自らの背丈よりうず高く積まれた本に囲まれて、賢者は言う。皺の間から覗くその目は、経験を積んだ老人が孫を見る目で、やさしくマリアに言い聞かせた。


「賢者さま。元いた場所に帰る方法はないのかしら」


 メルキオールは首を傾げた。


「帰りたいのか?」

「わたくし、家族に会いたいの」


 マリアは両親と姉たち、妹、それから弟を思い浮かべて寂しい気持ちになった。大家族で賑やかだったのに、突然、ひとりぼっちになってしまった。


「道がないこともなかろう」


 賢者が頷く。


「この世界で『トカゲネコの尻尾』、『人魚の歌声』、それから『月のしずく』を集めた勇者には願いがかなえられるという。古より伝わる伝説で、ことの真偽はわからんが」

「わかったわ。その三つを探せばいいのね!」


 マリアは身を乗り出して話に聞き入った。

 動いた拍子に本の山が一つ、崩れ落ちる。


「どうしても帰りたいのか?」


 メルキオールはふたたび、問いかけた。


「そうしなきゃいけないの、きっと」

「なるほど、それもまた道なのだろう」


 賢者まるで酔うように宙を注視して、それから嘆息した。


「この世界のことも知っておくといい、お嬢さん。この国は、イル・ド・エスポワールと言う。民草が日々の生活を営み、また稀人の御霊を鎮める場所だ」


 賢者の教示にマリアはもはや驚かなかった。


「それから、もう一つ忠告を与えよう。悪魔にはくれぐれも注意することだ。やつらは悪運を招き寄せる」


 枯れ枝のように細い腕が、蔵書の一つを無造作にひっつかむと、パラパラと開き、あるページを指し示してみせた。

 赤毛に黒い翼を持つ悪魔がそこにはいた。

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