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 ひとまずマリアは丘を下り、人を探すことにした。

 どうか人間が存在していますように、その人がわたくしを助けてくれますように、と祈りながら。

 移動はたいへんだった。なにせ、貴重品を縫い付けたドレスが重い。

 幸い、マリアの足でも移動できる距離、つまり丘の麓にはちいさな街があった。

 街外れの果樹園と思しき場所を通りかかり、農夫が荷馬車にりんごを積んでいるのが見えた。


「あの、…ごめんなさい」


 おそるおそるマリアが声をかける。

 麦わら帽をかぶった農夫が、マリアをしげしげと見つめると、ぶっきらぼうに返事をした。


「なんだい、あんた。この辺じゃあちょっと見ないような上等な身なりをしてるなあ。どこから来たんだ」

「あの…、それがわたくしにも分からないの。ここはいったい、どこかしら?」


 農夫がゲラゲラと笑う。


「どこだって? おかしなことを聞くなあ。サン・ジェルマンじゃないか! この辺りでも一等、大きな街だよ」


 サン・ジェルマン。


「まあ、まるでフランス語のようだわ」


 マリアは頬に手を当てる。

 もっとちゃんと勉強しておくんだった!


「フランス語? なんだいそりゃあ。どこの言葉だい?」


 フランス語を喋れなくても、フランスを知らない人間はそうはいない。

 やっぱりここはわたくし違う世界に来ちゃったんだわ、とマリアは納得した。


「あ、あの、わたくし、元いた場所に戻りたいのだけど…」


 マリアの言葉に農夫は怪訝な顔をする。


「あんた、なんだ。これか?」


 指で頭を突いた。


「ちがうわ!」


 たぶん。

 マリアは自分でもなにがなんだか分からなくなっていた。いろんな事が怪しかった。


「まあ、あれだ。困ってんなら街の賢者さまのとこでもに行くがいいさ。きっと助けてくれる」


 後から分かることだけど、これは非常に有用な意見だった。

 農夫の言葉に、マリアは主教さまのようなものかしら、と納得する。


「わかりました。ご忠告に従うわ。ありがとう、そしてごきげんよう」


 そうして感謝をこめて、お辞儀をしてみせたのだった。

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