○○な星の△△で××な生態

稀山 美波

笑顔の民

 辺境の星へと降り立った私を出迎えたのは、自然と人工が見事な調和を果たした風景であった。


 街の中心部の公園、そこで私は大きく息を吸う。心地の良い深緑の中に、ビルやら家屋やらが立ち並んでいる。随分と遠くまで来たが、私の故郷によく似た風景のそれにどこか心が安らいでしまう。


「おや、異星の方ですか」


 すると、この星の原住民と思われる人物から声をかけられる。私はいそいそと鞄をまさぐって、星間パスポートを提示してみせた。近頃は不法入星を働く輩が多いこともあって、星々は警戒を強めているのだ。提示を求めらる前にこちらからパスポートを提示する、でなければ、犯罪者扱いを受けて命を奪われても文句は言えない。


「わざわざご丁寧に」


 けれどもこの惑星の住人はどうやら穏やかなようで、そんな気はさらさらないように見えた。これはアタリを引けたかもしれない。


「実はですね、私は雑誌の編集者でして」

「それはそれは」

「今は、我々の宇宙から遠い星々で暮らす人たちの特集をしておりまして。少々、取材させていただいてもよろしいですか?」

「わたくしにできることがあれば喜んで」


 出会った当初から常に笑顔を絶やさない原住民は、その笑顔に違わない温和な声と態度でもって私の申し出を快諾してくれた。わざわざウン万光年も旅をしてきた甲斐があったというものだ。


「ではまず、あなた方の生態から伺っても?」

「はい」


 笑顔のまま頷いた原住民を、私はじっくりと観察する。頭があって、首があり、胴体があり、腕と足は二本。以前訪れた星にいた、全身銀色の住民と体の作りだけは似ているかもしれない。


「この星の人々は、どのような食事をしていますか?」

「肉、魚、米、野菜、なんでも食べますよ」

「なんだ、我々と同じですね。寿命はどのくらいですか?」

「医療が発達してきてはいますが、まあ八十年くらいでしょうか」

「それも我々と同じだ」


 話を聞いていくと、この星の人々と私たちの生態は実に近い。酸素を吸い、食物をエネルギーとし、子孫を増やす。アタリを引けたものの、記事としては面白みにかけるなと思い始めてきた。


「ごめんなさい。異星人の私には、あなたがたは全員同じ顔にしか見えなくて。あなたは女性ですか? 男性ですか?」

「いえ。わたくしたちに雌雄の区別はありません」


 そこでようやく、私たちと異なる生態を聞くことができた。


「雌雄同体でして。ですが、遥か昔は雌雄の区別があったのですよ」

「なんと。進化の過程で変化したのですね」


 雌雄同体。私の母性にも、そのような昆虫や動物がいる。広い宇宙では、知能を持った住民が雌雄同体であることも珍しくない。そして彼らは、進化の過程でそうなったのだというのだから、中々に興味深いことだ。


「いえ。わたくしたちの祖先は、自ら雌雄の区別を捨てたのです」


 だがこの原住民は、更に私の興味を駆り立てる。


「どういうことですか?」

「男がいて、女がいる。そこにはどうしても確執だとか差別だとか格差だとか、色んなものが生まれてしまいます。わたくしたちは、そのようなものを最も嫌います。ですから、雌雄という区別を失くし、本当の意味での平等を手に入れたのです」


 なるほど、と私は大きく頷いた。

 私の星でも、男女格差だとか色々と問題になっていたことを思い出す。それと同時に、心と体の性が一致しない人がいることも社会問題となっていた。


 雌雄とは生まれた瞬間に決まるもので、もうどうしようもなく変えることのできないものだ。それを失くしたこの星は、真に平等を求めていたのだろう。


「素晴らしいです。あなたたちは人々の平等を願う生き物なのですね」

「不平は不和を生み、不和は争いを生みます。かつてのわたくしたちも、瞳や髪や肌の色が違うというだけで醜く争っていました」


 私たちの星でも同じようなことが頻繁に起こっていたことを思い出し、胸が苦しくなる。私も昔は、周囲の者たちと瞳の色が違うからといじめられたものだ。


 彼――彼でも彼女でもないのだが便宜上そう呼ぶとする――の話を聞いて感心すると同時、確かな違和感を覚え始める。


「瞳や髪や肌の色が違うというだけで醜く争った、と言いましたね」

「ええ。それがなにか?」

「それにしては、街行く人々の瞳や肌の色はすべて同じように見えるのですが」


 私たちが話し込んでいるのは街の中心部、そこにある公園だ。もちろん、辺りにはこの星の人々が多くいる。だが、公園で遊ぶ親子も、道を歩く老人も、ビルに入っていく若者も――彼らの肌と瞳と髪の色に違いはない。


「先ほども申し上げましたが、不平は不和を生み、不和は争いを生みます。争いの基は、やはり絶たねばなりません。雌雄の区別を捨てると同時、わたくしたちはその風貌を統一しました。皆が同じ色で、同じ背丈で、同じ顔つきになるよう、遺伝子をいじったのですよ」


 街を行く人々が全員同じように見えるのは、私が異星のものであったからではない。この星の住民たちは、本当に誰もが同じ見た目をしているのだ。


 人の風貌とは個性であり、個性とは他者との区別である。

 区別がされるということは、やはりそこには格差が生まれ、不和が生じる。それは、彼らが最も忌み嫌うものに違いない。


 不和を失くすには、格差を失くす。

 格差を失くすには、区別を失くす。

 区別を失くすには、個性を失くす。


 なるほど、彼らはそうして進化してきたというわけだ。


「個性を殺してまで、遺伝子をいじるまで、あなたたちは争いを憎んだわけですね。その覚悟は素晴らしい。これは面白い記事になりそうだ」

「あはは。ありがとうございます」


 興奮を抑えられない私は、一言も聞き逃してなるものかと手帳にペンを走らせた。その間に次の質問を考えては、またメモを取る。それをひたすらに繰り返した。


 私の星でも、差別だったり争いだったりは常に問題となっている。もしかしたら、彼の話からそれを解決するヒントを得られるかもしれない。そしてそれは、雑誌の売上に大きく貢献することだろう。


「わたくしたちのようにつまらない者の記事を書いても面白くないでしょう」

「なにをおっしゃる。実に興味深いです」

「あはは。そう言ってくださると、こちらとしても嬉しいです」

「ところで、あなたも他の人々も、常に笑顔を浮かべていますね。やっぱりそれも、争いを嫌う心に起因するものなのでしょうか?」


 私は手帳に視線を落としながら、何気なく彼に質問をする。


「ええ。その通りです」


 そして彼も、予想通りの回答を寄越してくれた。きっとその表情は、穏やかな笑顔であることだろう。


「やはりあなたがたは素晴らしい。では怒ったり、それを顔に出すこともないのですね?」

「はい。というよりも、わたくしたちには『怒り』や『悲しみ』といった感情はありませんし、笑顔以外の表情を作ることもできません」


 だが、彼の返答は私の予想を遥かに上回るものであった。私は驚きのあまり、思わず顔を上げてしまう。やはりというか、彼は満面の笑みを浮かべていた。


「目は口ほどにものを言う、などという言葉がありますが、表情も同じです。怒りや悲しみといった感情は、確実に表情へと現れるのです。そしてそれはやはり不和へと繋がります。だからわたくしたちは、負の感情を抱かぬように、笑顔以外の表情を作れぬように、遺伝子を操作したのです」


 平等を獲得し、争いを根絶する。

 彼らの覚悟は、言葉を失うものであった。


「こうしてわたくしたちは、恒久の平和を手に入れました。見てください、住人たちを。皆が同じ笑顔を浮かべ、皆が幸せそうに暮らしています。そこに格差はなく、真の平等だけが存在しているのです」


 実に幸せそうに語る彼の表情は、実に満足げだ。この星の住人達に格差や区別はなく、皆が平等に暮らしている。笑顔を浮かべる彼らの心にも、格差や区別はない。


 同じ顔の、同じ色の、同じ感情の、同じ笑顔の民たち。

 私はそこに、上辺だけではない真の平等を見た。


「ありがとうございました。こんな体験は初めてです。船に戻ったら、すぐに原稿を書いて上司に送るとします」

「いやはや、お恥ずかしい」


 照れ臭そうに頭を掻く彼の表情は、やはり笑顔であった。

 すべてを聞き終えた私は、今すぐにでも原稿を完成したい気持ちで一杯になって、早々に手帳を閉じて鞄にしまう。


「そうだ。あまりに衝撃的過ぎて聞き忘れていました。この星は、何という名前なのですか? 私の住んでいる星からは遠すぎて、この星に関する資料がなかったのですよ」


 そのまま宇宙船へと戻ろうとしたところで、重要なことを思い出す。行き当たりばったりにこの遠い地へ辿り着いたものだから、私はこの星の名前すら知らなかったのだ。まず初めに聞くべきことであったのだが、色々と興味深いことが多すぎた。


 そんな失礼極まりない私の質問にも、彼は動じない。

 変わらぬ笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いたのだった。



「はい。地球、といいます」



 笑顔でそう述べた彼に、私は全身の体積の半分を占める頭を下げて、礼をする。手を振って私を見送る彼に倣い、私も百本ある触手のうち一本を振ってみせたのだった。



 ◆



 宇宙船へと戻った私は、即座にコンピュータの電源を入れ、メモをした内容を基に原稿を書き上げていく。百本の触手は、タイピングにはうってつけだ。やる気と興奮のままに体を突き動かしたお陰か、記事の原稿は一時間もかからない内に書き終えることができた。


「読んだぞ、お前の原稿」


 それから数日後、母星へと帰還している途中で上司からの通信が入った。モニターには、大きな頭と無数の触手が映っている。間違いなく、見飽きた上司のそれだ。


「どうでしたか。地球という星は素晴らしいでしょう」

「ああ。原稿を読んで俺も感動したよ。お手柄だ」


 どうやら、先日私がメールで送った原稿に目を通してくれたようで、彼は実にご満悦といった感じであった。感動した、というのは嘘ではないようで、彼の表情は様々な感情を含んでいる。


「でしょう、でしょう。じゃあ早速記事に――」

「まあ落ち着け。記事の内容は最高だが、色々と修正を加えんといけないところがある。俺が校正した原稿を今送ったから、ちょいと目を通してくれるか」


 上司がそう言うと同時、私のコンピュータが青く光った。メールが届いたというサインだ。上司からのメールに添付されていたファイルを開き、それを一読する。


「まず、『肌も髪も瞳も、その色は幸福で統一されてる』という個所だが」

「いい表現ではないですか」


 そして読み進めていくにつれ、私の中に怒りや悲しみといった感情が沸々と湧いてきた。



「だがな、『では皆と違う色の我々は不幸であるのか』という意見が出てきそうだ。これはよくない。次に、『性差のない住民たちは実に平等』という個所だが、これは人権団体からクレームがきそうだな。あと、『笑顔を浮かべることで真の平和を実現』という文だが、『笑顔すら浮かべることのできない病気の人のことを考えろ』という抗議がくるのを避けたい。それとあと――」



 そのほとんどが黒く塗りつぶされていて、まともに読めたものではなかったからだ。


 我々の星では、『差別を助長する表現』であるとして、『平和』であったり『平等』、『幸福』という文字を雑誌に掲載することができない。偉い人が言うには、『そうでない人が読めばどう思うか』とのことだ。不平等をなくす、などと耳触りのよい言葉を使ってはいるが、それが不自由であるとどうして気が付かないのだろう。


 それらの言葉を使わずして、地球という星を表現することなどできはしない。修正されるとわかっていながらも敢えてそれらの言葉を使ったのは、私なりの地球への敬意である。


 真の平等とは、彼らのことを言う。

 このような言葉狩りじみた愚行では決してない。


 我々も、地球人のように平和で平等な幸福を目指し、進化をするべきなのかもしれない。



「あと、『平和な星の平等で幸福な生態』というタイトルだが、文章として使えない単語が多すぎる。修正しておけよ」



 その大半が黒く塗りつぶされた原稿のタイトルを見て、そう思った。

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○○な星の△△で××な生態 稀山 美波 @mareyama0730

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