第33話 ハッカーと宇宙。

「なんだ。簡単なプログラムばかりじゃないか」

 俺は隣にいる斗真と視線を交わし、周囲を警戒する。

「いやいや、オレからしてみれば十分すごいし!」

 スマホをかざすと自動ドアが勝手に開くのだ。恐らくは解析用のAIやプログラムを駆使して自動オートでパスワード入力をしているのだろうが、斗真の頭ではついていけないのだ。

「斗真。二時の方向、距離100に敵だ」

「おうよ!」

 斗真は拳銃を片手にそこを撃ち抜く。

 痛みでうめき声が聞こえるが、かまっている暇はない。

 各ブロックごとに軍人らしき護衛がいるが、斗真の反射神経には勝てまい。

「これでも射撃部でね!」

「かっこいいな!」

「だろ?」

 他愛のない会話に安堵感を覚える。

「春海ねぇ。もう終わりだ。侵入できた。助かる」

『いえ。まだよ。あなたたちの帰還を守るわ』

「春ねぇ……」

 電話越しにクスッと笑う声が響く。

『やっと昔の呼び名で呼んでくれたわね。そうちゃん』

「……」

 一瞬、昔の雰囲気がふわりと訪れたが、それもすぐに破られる。

 だだだと連続した発砲音に身をかがめる俺。

「十一時の方向、距離300! 俯角20」

「あいよ! 俯角調整!」

 パンッと乾いた発砲音が一発。それだけで相手の軍隊が命をたつ。

「オレ、こんなことをしているけど、大丈夫かよ」

「今さら不安になったのか。悪いが後戻りはできない。今は宙名の首相のボディーガードということになっている」

「ははは。オレが他国の最高責任者の護衛となっているのか。笑えるな」

「だろ?」

 電子ロックされた扉が終わり、鉄扉の前で立ち尽くす。

「おいおい。これからどうするんだよ」

 俺はバックに入っていた粘土と棒状のものをだす。

「それはなんだ? 颯真」

「これは爆薬と信管だよ。爆破する」

「分かった」

 プラスチック爆弾だ。鉄扉に貼り付け、信管を突き刺す。

 離れたところに逃げると、スイッチをいれる。

 ドンッと大きな衝撃と重低音が腹に響く。

 もう一度、いってみるとそこにはぽっかりと空いた穴があいていた。

「よし。いくぞ」

「やることが派手だねぇ~」

 穴の先は階段になっていた。地下深くへと潜り込む。

「しかし、首相自ら敵対国を揺さぶるとはね」

「今回のことは表沙汰にできない。俺たちは日陰者になるしかないんだ」

「かもな。オレまで巻き込んでくれちゃって」

「それはホントにすまないと思っている」

「いいさ。実のところ、そう悪くもないんだ。お前なら信じられるからな」

 そうこうしているうちに頑丈に閉ざされた部屋にたどり着く。そこには様々な薬品が取り添えてあり、まるで医務室みたいになっていた。

「これは……」

 ナノマシンや重金属、魔薬まであった。

 その先は外からかけるタイプの鍵がついている。

「外すか?」

「ああ。行ってみないと分からないからな」

 ガチャリとドアを開けると、その先は牢獄のようになっていた。両隣に部屋が並んでいる。中からはうめき声や憎悪に満ちた声があがる。

 その一番奥、そこだけが豪奢な扉を見つける。その扉を開けるとモニターで見た顔が見える。

「ちっ。ここまできたか」

 舌打ちをするのがケルベロス。

「ここについたからには分かっているでしょう?」

 ウルフと呼称される恵那が目を細める。

「美柑はこちらの手にある。身動きをするな」

 俺の瞳には、鎖でつながれた美柑を写す。そして、その両隣でウルフとケルベロスがナイフを突きつけている。

 その切っ先には血が滲んでいる。

 本気で殺す気なのだろうか? 恵那の鼻息は荒く、ナイフを持つ手が震えている。

「分かった。落ち着け」

 逃げ場を失った人がどうなるのか。それはジオパンクの国民なら誰でも知っているだろう。自爆覚悟の特攻だ。

 このままでは美柑の命が危ない。

「撃つか?」

 小さく耳元でささやく斗真。

「いや待て」

 一発目を発砲しても、もう一人が刺し殺す可能性が否定できない。

 ずんっと大きな地響きがおき、パラパラとコンクリートの天井が粉をふく。

「アタシはここで生まれ、死んでいくだけ。それだけで良かったのに!」

「それは俺も同じだ。あんたらを助けにきた」

「嘘よ。そんなことできるわけない」

「どうしてそう思う?」

「ハウンドは医者じゃない」

 その医者が問題だ。恐らく彼女らは研究を治療とでも言っていたのだろう。

 だから研究員を医者と勘違いしていたのだ。

「その情報なら、俺のスマホに入っている。みるか?」

「そう。分かった」

 ケルベロス――ジョンがナイフを突きつけたまま、恵那が俺のスマホにアクセスする。そしてそこにあるデータを見つける。

 そして、その顔は酷く醜悪な顔になる。

「こんなの嘘よ!」

「何が書いてあった?」

 隣で目を丸くするジョン。

 ナイフで脅すのも忘れ、恵那の持つ携帯端末を受け取る。

「今だ。撃て」

 低くうねる。

「あいよ」

 斗真の放った銃弾は恵那の足を撃ち抜く。

「もう一発」

「おう」

 今度はジョンの右肩をかすめる。

 痛みにうめく二人をよけて美柑のもとに駆け寄る。

「鍵は? ないのか……」

 猿ぐつわを外すと、今度は身体を縛っている鎖を見る。

「それなら、そっちの女が持っているの」

「分かった」

 俺は恵那のポケットをまさぐり、鍵をとる。胸ポケットにあった。

 それで鍵を外すと、俺は美柑を連れて脱出する。

「斗真もお疲れ様」

 かちゃっと鈍い金属音がなる。

「斗真……?」

「お前はここに残れ、オレがいいというまで」

「おいおい。どういうつもりだ」

「オレは姉さんの言う通りにするだけだ。悪く思うな、颯真」

「どうするつもりだ?」

「このまま人質になってもらう」

 真剣な眼差しをこちらに向けてくる斗真。

『ごめんね。そうちゃん。私にもまだやることがあるのよ』

「春ねぇは何を考えているんだ? 俺のスマホに用でもあるのか?」

『そこまで分かっているなら話が早い。もうじき車がくる。そこの二人を助けてあげて』

「……分かった」

 ケルベロスに俺の肩を貸す。斗真と美柑が恵那の肩を持つ。

 全員が外に出る。外はもう極寒の地になっている。そこに一台の自動運転車がぴたりと寄り添う。

 俺たちはその車に乗るが、未だに拳銃を向けられる俺。

「信じていたのにな……」

「お前はやり過ぎたんだよ、颯真。このままだと世界が混乱状態になる」

 車が空港にたどり着くと、先に美柑、ジョン、恵那が降りる。

「春ねぇ。俺はどうすればいい?」

 涙声で訊ねる俺。裏切られるとは思っていなかった。

 たんっと鈍い銃声が車内に響く。

「え!」「なっ!?」

 驚きの声を上げる恵那と美柑。

 車の中は黒塗りで見えないが、姿を現した斗真に驚きの声を上げずにはいられない。

 自動運転車はそのままどこかへ向かっていく。


※※※


「ようこそ。私の部屋へ。裕真ゆうま

「春ねぇは酷いな」

「開口一番がそれ?」

「分かっているけど……」

 そう俺は死んでいない。だが、社会的には死んでいることになった。研究所ラボでの出来事も、今までやってきたことも含め、全部死んだハウンドということになっている。

 俺は新しい名前と顔をもらった。最新の医学で整形してもらったのだ。これで全ての足枷はなくなった。

「ちょっといいかい?」

 俺は春海の触っていたパソコンを覗き込む。

「これなら、9483だな」

「また繰り返す気?」

 ハッカーを。

「それもいいかもな」

「冗談きついね」

 みんなそれぞれの日常に戻ってきた。春海と斗真、美柑は普通の高校に通っているし、恵那とジョンは定期的に治療を受けている。

 春海が開発したコンピュータウイルスにより、これらの事件の全容や詳細は抹消された。

 俺が公開リークした「宇宙エレベータ」や「スペースコロニー」といった案件が議会を賑わせている。

 国家プロジェクトが動き出しているのだ。

「今度は正しい方向に動かす」

「うふふ。それでいいわ」

 これからもこうして日常が続くのだろう。

 俺はパソコンに向き合う。そこには宇宙の映像が表示されていた。





                               終わり

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世界掌握系ハッカーの逃亡。あるいは攻撃。 夕日ゆうや @PT03wing

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