第32話 ハッカーと研究所。

「なに? 美柑がさらわれた!?」

 土曜の昼下がり。

 俺はメールで届いた文面に驚きの声を隠せない。

 近くにいた宙名の役員に動揺の色が見える。

 俺は場所を変えてメールの文面をよくよく見る。

 そこには美柑がウルフとケルベロスにさらわれたこと、斗真がこちらに向かっていることが記されていた。

「斗真がこっちに向かっているのか」

「どうしたね?」

 早坂はやさかが隣から声をかけてくる。

「ああ。急用ができた。あとは任せても大丈夫か?」

「ええ。この件をジオパンクに一任している以上、鳴瀬なるせくんが関わることもないよ」

 その調印式は昨日終えている。

「でも、細かい調整が必要だろ?」

「大丈夫。それもこちらに任せてくれて」

「ありがとう。正直、手に余る案件だったからな」

 俺はそう言い終えると、自動運転車に乗り込み、宙名国際空港に向かう。そこには斗真が待っているはずだ。

 スマホでNBCがあるノシア行きのチケット二枚をとる。

 合間を縫って調べたが、NBCのセキュリティは二段階ある。そのうちの一つが独立端末になっていることも知った。だからネットワークだけでは彼女らの居場所を暴けない。

 情報だけでは知り得ないこともあるのだ。

 空港につくと、俺はスマホで電話をする。

『よっ! 空港についたぜ? どこよ、颯真』

 斗真のバリトンボイスが耳元を刺激する。

「西口のドア、左三十メートル付近にいる」

『分かりやすいんだか、分かりにくいんだか……』

 電話の向こうで呆れたような声があがる。

 間もなくして斗真と出会う。

 すぐにでもNBCの本拠地ノシアに行くチケットを見せる。

「おい。まさか、また飛行機にのるのか?」

「ああ。すまないがついてきてくれるか?」

「そりゃ、オレも美柑は友だちだしな。ついていくぜ」

「良かった。断られでもしたら、この国の兵器を連れていくところだった」

「そりゃ怖いな」

 俺と斗真は極寒の地、ノシアへと向かう。その前に衣服を整えてだが。防寒具が大事な地域なのだ。冬の寒い日でマイナス10度を下回るノシア。そこに奴らの研究所ラボがある。

 飛行機にのると斗真が身震いをする。

「本当は怖いんじゃないか?」

「いや寒いだけだ」

「そうか。それならいい」

 エアコンの効いた飛行機の中で、寒いもないだろうに。怖がっているのは分かっている。それでも来てくれるのは美柑を思ってのことだろう。

 そうして手伝ってくれるのは素直に嬉しい。

 ノシアの国際空港に着くと、俺と斗真は寒さを我慢しながら自動運転車に乗り込む。

 周囲は雪が吹きすさみ、新たな積層を作っている。

 辺り一面は真っ白だ。

「こんなに冷え込むとは思わなかったぞ」

「そろそろ秋だ。こっちではもう冬か。寒いのは当たり前か」

「そんなことを言ってもなあ」

 未だに愚痴を呟く斗真。普段からストレスを吐き出しているのか、彼は苛立つことは少ない。

 そんな斗真に憧れに似た気持ちを抱いている。彼は知らないだろうけど。

 自動運転車がNBCの近くに止まると、俺はスマホを操作する。

「ここからは徒歩になる。気をつけろよ」

 美柑は俺と関わってしまったばかりに、捕まってしまった。俺と関わったばかりに。

「わかっているって。あまり気負うなよ」

「分かっているさ」

「そう言ってなんでもかんでも自分で抱え込んでいるんじゃないか?」

 ふんっと鼻を鳴らし、スルーする。

「性格わるいなぁ~」

 歩き出す二人。

 気の抜けた笑いをする斗真。

 冗談だと分かっている。気負っている俺に対して、そう言ってくれたのだ。

「それにしてもかなり遠いな」

「ああ。1キロも歩けば見えてくるさ」

 新雪を踏み、ぎゅぎゅっと音を鳴らしながらじっくりと歩く。

 そうして足跡をつけていくと、大きな建物が見えてくる。白く四角い建物と、ドーム状のはなれが見えてくる。

「さて。戦争の開始だ」

「おうよ」

 スマホで操作すると、攻撃用ドローンや戦車、戦闘ヘリが動き出す。スマホの画面には他の人が乗っ取ろうとプログラムを走らせているのが分かる。

 そう、ウルフとケルベロスがこちらの攻撃を防ごうとしているのだ。それに加えてひとり。

「春海ねぇ。どうなっている」

『大丈夫、私もこっちから手伝っているわ』

 巡航ミサイルが潜水空母から発射される。

 俺の頭上をかすめていく。

「あぶな! 姉さん。少しは配慮してくれ」

『あいつらが座標データに侵入して表示をぼかしたのね』

 直後、建物に突き刺さったミサイルが時間差で爆発する。その爆風にあおられながら、俺と斗真は前へ進む。

「おい。美柑があそこにいるんだぞ」

『あら? そうだったかしら? うふふ』

 怖い。これは敵に回すと厄介なタイプだ。

 ミサイルによって空いた大穴。通路は確保された。

「あそこにいくぞ、斗真」

「おうよ!」

 俺と斗真は飛び込んでいく。


※※※


「おうおう! マズいぞ、恵那」

「分かっている。でもしょうがないでしょ」

 警報が鳴り響く中、恵那は必死で外の攻撃ドローンや戦車、攻撃ヘリを食い止めている。それは対面に座るジョンも同じだ。

「なんでそんなことできるのよ! 解析パターンが変わっている!?」

「マズいぞ。あいつ自作のプログラムでプロテクトをかけている」

「分かっているって! なんでそんなことができるのさ」

 打ち込むキーボードの精度が落ち、誤字脱字が目立つようになる。それにより解析の精度――ハッキングの失敗につながる。

「マズいマズいマズい」

 焦燥が汗をたらす。

 さっきから恵那とジョンは他に一瞥もくれずにモニターに向き合う。

 これまでの道中、さんざん邪魔をしてやったのに。それをルプスとハウンドによって阻まれる。

 ネットワーク圏外のはずの潜水空母からの巡航ミサイル。その照準がしっかりと研究所ラボに向けられたのにはひやりとした。でも、頑丈にできた研究所ラボは倒壊せずに自立している。逃げる心配は必要なさそうだ。

 でも代わりにハウンドの侵入を許してしまった。

「これは失態だな。次の報酬はどうなるんだ?」

「次の心配をしている場合かしら。今は現状の把握と、プログラムの復元が優先でしょ」

「そりゃそうだ」

「軽口を叩く余裕があるのなら、手伝ってよ」

「もうしている」

 パソコンの隣に置いてあるジュースに腕がぶつかり、中身をぶちまける。

 そんなにかまっている余裕もなく、キーボードと格闘する。

 壁につるされるようにしている美柑は、そんな光景を見て、大人しくしている。

「たく。この子、疫病神じゃないの?」

「言うなよ。それならあっちがそうだろ」

 ジョンは〝ハウンド〟をなじる。

「かもね。くるわよ。対空放火!」

 さらに二発のミサイルを研究所に備えてあったレールガンで撃ち落とす。

「そのうち、弾丸も尽きるのだけど」

「でも本気をださなけれりゃ、こっちがもたない」

 研究所ラボ独自に開発した武装が土地を守っている。

 そんな中、モニターの端に映像が流れ始める。

「なに?」

『ようやくつながった』

「誰だ?」

 ジョンが低くうなる。

『私はルプス。大久保美柑の身柄引き渡しを要求する!』

「なにをバカな!」

『くりかえす、死にたくなければ大久保の身柄を引き渡せ』

「このっ!」

 侵入したハウンドが次々と所内しょないにある電子キーを解除していっている。

 あいつらがここにたどり着くのは時間の問題。

「逃げないか?」

 弱気になったジョンが呟く。

「引き渡した方がいいんじゃないか?」

「そんなことをしてみろ。アタシたち日陰者はどうやって生きていく? 治療が続けられなければ、死ぬんだ」

 焦りからか、怒気を孕んだ声音にびくりとするジョン。

『どうやら交渉決裂みたいね。宣戦布告よ』

 低い声音で通信が切れる。

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