エピソード 1ー4
使い魔の目を通して状況を把握していたシャノンは、花音に剣が振るわれる瞬間、そのあいだに割り込んだ。迫り来るディリオラの剣を指先で摘まんで止める。
「何者だ、どこから現れたっ!」
ディリオラが声を荒らげた、その声にはわずかな焦りが滲んでいる。
突如現れたシャノンに、指先だけで一撃を防がれたのだ。焦るのも当然だろう。ディリオラが慌てて剣を引こうとするが、シャノンはそれを難なく押さえ込んだ。
剣を指で掴んだまま腕を振るう。
最後に指を離してやれば、ディリオラは大きく吹き飛んでゆく。
「あ、あの……助けてくれたんですか? 貴方は……?」
花音が戸惑いながらもそんな問いを投げかけてくる。
いまのシャノンはディアーナと同じような武装を纏い、背中には漆黒の翼。マントの付いた、黒いフードを深く被って顔を隠している。
だが、声でバレては意味がない。
シャノンは意図的に低い声を出して「心配するな、私に任せておけ」とだけ答えた。そして、花音を安心させるためにパチンと指を鳴らす。
直後、倒れている騎士達に淡い光の粒子が降り注いだ。
「……いまのは?」
「範囲回復の魔術だ。じきに目を覚ますだろう」
それだけを口にして、シャノンはディリオラの元へと歩いて行く。ちょうどダメージから立ち直ったディリオラが立ち上がるところだった。
「貴様、六魔将とか言ったな?」
「そうだ。魔王様の側近である俺にこのような前をして、ただで済むと思っているのか?」
「ほぅ? おまえのよう小物が側近とは、その魔王とやらもしれているな」
「貴様っ、魔王様を愚弄するかっ!」
ディリオラの身体がグッと膨れあがり、彼の持つ剣が淡い光を纏う。
「魔剣の錆びにしてくれるわ!」
「ふっ、血で錆びる魔剣だと、笑わせてくれる」
「その減らず口、いますぐ叩き斬ってくれる!」
一足でシャノンの間合いへと踏み込む縮地。彼は既に剣を振るっている――が、シャノンは虚空から引き抜いたデスサイズで易々と受け止めた。
「遅すぎてつまらぬな。今度はこちらから行くぞ。どこまで対応できるか試してやろう」
シャノンがデスサイズを振るう。決して早くはないその一撃を、ディリオラは剣で受け止めようとした――が、あまりの重さに剣を弾かれる。彼はとっさに身体を捻ってデスサイズを躱すが、シャノンは美しい曲線を描いてデスサイズを翻し、流れるような連撃を放った。
二つ、三つと連撃を重ねるたびに速度と重みが増していく。デスサイズとは本来儀式用の武器であり、実戦には向いていないと言われている。
事実、シャノンの持つそれも魔術具なのだが――シャノンは軽やかに、踊るようにデスサイズを振るい、彼女の魔力を纏った刃が青い残光を残す。
淀みのないその連撃は美しくすらあった――が、そのデスサイズが秘めるのは圧倒的な暴力だ。その一撃一撃がディリオラの命を確実に削っていく。
(ふむ……この程度が限界か? 奥の手を隠している可能性はあるが、それを差し引いてもそれほどの脅威ではなさそうだな)
ラウンズが一人のシャスティアは無論、文官でしかないディアーナでも十分に対処できるレベル。六魔将は恐るるに足らずとの判断を下す。
「ば、馬鹿な、この俺が押されているだと!? 貴様は何者だ!」
「答える義理はない」
おおよその力量は測り終えた以上、これ以上戦いを長引かせる理由はない。すぐさま始末してくれると、シャノンがデスサイズに更なる魔力を込める。
刹那、ディリオラが魔術を放った。
魔法陣はない。シャノンの不意を突いた攻撃で、威力はともかく範囲が広く、花音や騎士達が巻き込まれる恐れがあった。
シャノンはデスサイズに込めた魔力を使って広範囲の障壁を張る。
(詠唱も魔法陣もなく、この規模の魔術を放てるのか。少し見くびっていたか?)
敵の脅威度を上方修正して身構える――が、爆風が晴れたそこは無人。即座に探知の魔術を行使するが、シャノンの探知範囲にディリオラの気配は残っていない。
「……逃げた、か。引き際は見事だな」
周囲に他の脅威はない。花音は怯えてがいるが無傷。騎士達も癒やしのおかげで命に別状はなく、ほどなく目覚めるだろう。それらを確認したシャノンは、ディアーナに引き続き周囲の警戒を命じ、転移の魔術でその場から立ち去った。
城に戻ったシャノンは、何事もなかったかのようにその日を過ごした。
夕暮れになって部屋でくつろいでいると、城がにわかに騒がしくなる。ハンドベルで呼び出したメイドに事情を尋ねると、花音が帰還したようだという答えだけが返ってきた。
どうやら六魔将の出現はまだ知られていないようだ。
「では、私も迎えに行くとしよう」
「確認してまいりますので少々お待ちください」
メイドの一人が席を外す。
そのあいだにもう一人のメイドがシャノンの身だしなみを整えてくれる。その作業に身を任せているとほどなく、席を外した方のメイドが戻ってきた。
「花音様はこれから陛下に遠征の報告をなさるそうです。それが終わったら、シャノン様の部屋を訪ねると言付かりました」
「そうか。ではここで待つとしよう」
メイドに労いの言葉を投げかけて退出させ、使い魔を通して花音の様子をうかがった。
報告は主に花音がおこなっているが、その補足を護衛の騎士隊長であるカーティスがおこなっている。花音の報告は不慣れなようで拙いからだ。
むろん、勇者訓練所の得体が知れないというのもあるだろう。実際、報告を受けた者達も混乱しているようだ。
だが、花音は勇者訓練所のシャワールームに興味津々のようだ。あのシャワーがこの城にないのかと問い掛け、ないと言われて落ち込んでいる。
シャノンは、花音の欲しいものリストにシャワールームを加えた。
その後も、少し寄り道をしながらの報告が続く。報告だけならカーティスに任せた方が早そうだが、そうしないのは勇者である花音を立てているからだろう。
(思った以上に花音を大切にしているようだな。だが……問題は花音の方だ。最初の実戦であれだけの体験をした以上、心が折れていてもおかしくはないぞ)
初陣でPTSDになることは良くあることで、そのまま戦えなくなることだって珍しくはない。その状態で次の戦いに赴けば、命を落とすことだってあり得るだろう。
だが、シャノンは花音をそのような目に遭わせるつもりはない。自分のことを友人だと言ってくれた。シャノンにとっては初めての友達を護るためにここにいる。
花音が前に進むのなら支えるが、そうでないのなら元の世界へと連れ帰る。
花音の状態を見極めようと報告を見守っていたのだが――花音は自分の力不足を嘆きながらも、六魔将に勝てるようにもっと訓練をするとの意気込みを口にした。
さすがは、召喚の魔法陣に選ばれただけのことはある、ということだろう。
その後も報告は続き、六魔将の出現について語られる。その瞬間、話を聞いていた者達が大いにざわめいた。それだけ、六魔将の存在は彼らにとって大きいのだろう。
だからこそ、六魔将を圧倒した謎の存在は更に信じがたいようだ。
もっとも、シャノンにとっては、花音に正体がばれていないことが分かれば問題はない。この様子なら問題はなさそうだと、使い魔との同調を切った。
しばらくして花音が部屋にやってきた。
彼女はシャノンを見るなり抱きついてくる。
「ただいま、シャノン」
「……うむ、よく帰ったな」
強敵に立ち向かう勇気はあっても恐怖を感じない訳ではない。六魔将の出現は彼女の心を傷付けていたのだろう。それに気付いたシャノンはなにも言わずに花音を抱き留めた。
(とはいえ、私が抱きしめていると言うより、私が花音の胸に抱きしめられているという感じだがな……ぐぬぅ)
花音より一つ年下ではあるが、年齢以上の格差を感じずにはいられない。シャノンはそんな理不尽に傷付きながらも花音の背中をぽんぽんと叩いた。
ほどなく、花音が「あっ」と声を上げてその身を離した。
「ご、ごめん」
「……ん? どうした、なにを謝る必要がある?」
「え、あ、その……一応着替えはしたんだけど、それだけだから……」
「あぁ、たしかにいまの花音は汗臭いな」
「うぐぅ……」
花音は自分の豊かな胸をぐっと押さえた。
「だがそれは、花音が頑張った証拠ではないか。なにも恥じる必要はないぞ」
「え? あ、その……は、恥ずかしいよぅ」
恥じる必要はなくても恥ずかしいらしい。
「ふふっ、花音は乙女だな。では、後で一緒に湯浴みでもするか?」
「お風呂?」
「ああ。花音が遠征で疲れるだろうと思ってな。メイドに頼んで用意させてある」
「いいね! じゃあ一緒に入ろ! ――と、そのまえに、王様から言伝があるんだった。ポンプの試作品を見たいって言ってたよ」
「……あぁ、中庭の井戸に設置準備をしてある。すぐに向かうとしよう」
メイドを通して鍛冶職人達に知らせを出す。さっそく中庭に移動して、国王達が来る前にと、中庭の井戸で鍛冶職人達が作業を開始する。
付いてきた花音が目をキラキラとさせている。
「うわぁ、本当にポンプだ、凄い! 私、なんとなくの原理は知ってるけど、どうやったら原理通りに動くか分からなくて、教えられなかったんだよね」
「原理を知るのと、作り方を知るのは別だからな」
一般的な手押しポンプは真空を作り出すことで、気圧の差を利用して水を汲み上げる。
口にしてしまえば簡単だが、どうやって真空にするのか、その部品はどうやって作るのか、といった問題がある。その状態からでも作れなくはないが、それでも何年もかかるだろう。
もっとも、シャノンの場合は自国の専門家を招くなど、様々な抜け道を利用している。だからこそ短期間での制作が可能であり、花音が驚くのも当然である。
もちろん、シャノンはそのようなこと、おくびにも出さない。そうして設置を進めているとほどなく、国王やフラウ、それに国の重鎮達が姿を現した。
「シャノン様、それがポンプなのですか?」
「うむ。井戸の水をくみ出すのに最適な道具だ」
フラウの問い掛けにシャノンが答える。
フラウの側仕え達はシャノンの態度にも慣れたものだが、重鎮達は眉をひそめた。ただし、国王やフラウの周囲がなにも言わないことから、重鎮達も無言を貫く。
「シャノン様、ポンプの設置が終わったぞ――ました」
鍛冶職人が報告して、それからそそくさと後ろに下がった。どうやら、王族を始めとした偉い人達が一杯いて緊張しているらしい。
(彼らに実演させるつもりだったのだが……さて)
「誰か、ポンプを使ってみたい者はいるか?」
国王達に視線を向ける。
とはいえ、国王や王女は軽々しく試せる立場にない。出来るとすれば重鎮達だが、彼らは皆得体の知れない道具に警戒心を抱いているようだ。
――と、その様子を見ていた花音が手を上げた。
「はいはい、私、やってみたい」
「ふむ。では花音に任せよう。そなたなら説明もいらぬだろうし、ちょうどよい」
「まかせて!」
井戸に設置されたばかりのポンプの前に立つ――が、彼女はコテリと首を傾げた。
「あれ? シャノン、これ、呼び水はどこに入れるの? というかハンドルがないよね?」
「いや、呼び水は必要ない。その蛇口に手をかざして見ろ」
「え、こう? ――って、勝手に水が出てきた!?」
ポンプに組み込まれた魔導具が起動して、吸い上げられた井戸水が流れてくる。驚いた花音が手を引っ込めると、ほどなくして水が止まった。
「え、センサー? え、自動?」
「おぉぉおぉ……なんと、手をかざすだけで水が出るのか、これは便利だ!」
「ええ、本当に。まさに画期的。異世界の技術は素晴らしのですね!」
目を白黒させる花音の横で、国王やフラウが驚きの声を上げた。続けて遠巻きにしていた重鎮達も驚嘆の声を上げたため、誰も花音が驚いていることを不審に思わない。
俺にもやらせてくれと、我慢の利かなくなった国王が手をかざす。ポンプから水がジャーッと噴き出して、国王達が「おーっ!」と声を上げた。
一人だけ違う意味で驚いている花音が彼らの輪から押し出されてくる。彼女は凄く困惑した顔で「シャノン、あれってどういうこと?」と眉を寄せた。
「便利であろう?」
「便利は便利だけど、色々おかしいよね?」
「便利だからよいではないか」
「そういう問題……かなぁ?」
まだ困惑している――というか不審に思っているのだろう。だからシャノンはさきほど仕入れたばかりの、とっておきのカードを切った。
「あれを少し改良すれば、シャワーを作ることも難しくはないぞ?」
「え、シャワー?」
「まぁ花音が必要ないというのなら、これ以上の技術提供は控えることにするが……」
「あ、待って、ちょっと待って。必要ないなんて言ってないよ! 便利ならいい。というかシャワー欲しい! シャワー作って、シャノン様!」
「ふっ、仕方ないな」
次はシャワー付きのお風呂だなと、シャノンは次なる目標を立てる。国王達が自動ポンプに驚いているのを横目にしていると、花音が「そうだ」と髪を掻き上げた。
「お守り、返すね。ありがとう」
「いや、そのお守りはこれからも持っておくがいい」
「え、でも……」
「私よりも、花音にこそ必要だろう?」
シャノンが微笑みかけると、花音は軽く目を見張った。
「……ありがとう。正直に言うと、今日、凄く怖かったの。でも、お守りを握ると勇気が出たんだ。だから、もう少し借りておくね」
「花音は、これからも魔王討伐を目指すのだな?」
逃げたいのなら手を貸すぞと、声には出さずに目で問い掛けた。
「……怖いこともあるけど、私はみんなを助けたい。そして、シャノンを元の世界に戻すんだ。だから、私は立派な勇者になれるように頑張るよ!」
「……そうか。ならば私も出来る限りの協力をすると約束しよう」
シャノンが笑うと、花音は少しだけ不思議そうな顔をした。
「ねぇ……シャノン。シャノンはどうしてそこまで優しくしてくれるの?」
私が巻き込んだのにとでも言いたげな顔。だからシャノンは、それが愚かな質問だと言いたげに鼻で笑ってみせた。
「花音、おまえが私を友人だと言ってくれたからだ」
「……それだけ?」
「他になにが必要だ?」
花音も、出会ったばかりのシャノンを友人だと言って庇ってくれた。花音がそうであったように、シャノンにとって彼女を見守るのにそれ以上の理由は必要ない。
「……ありがとう、シャノン。これからもよろしくね」
「ああ。側にいると約束しよう。花音が
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お読みいただきありがとうございます。今作はひとまずここまでとなっています。需要がありそうなら長編化するかもですが、いかがだったでしょう?
既に長編として連載中の『社畜の姫が変態です。今日も彼女に勝てません』もよろしくお願いします。
勇者召喚に巻き込まれた魔王少女の王城スローライフ 緋色の雨 @tsukigase_rain
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