エピソード 1ー3
勇者である花音が実戦の経験を積むのに最適で、休憩室やシャワールームも完備。誰が作ったのかは不明だが、とにかく便利なことに変わりはない。
どれだけ調べても罠一つないと言うことで、花音は実戦訓練を開始することになった。
ちなみに、花音が戦っている敵はシャドウと呼ばれる中位の魔物である。
シャドウは戦う相手のおおよその能力を写し取って襲いかかってくる難敵だ。自分よりは少し弱いレベルなのだが、それでも自分とほぼ同じレベルの相手に完勝するのは難しい。
だが、勇者には魔に対する特攻の能力がある。
自分と同じ程度の技能を持ちながら、自分が有利な条件で戦える難敵。技能的な意味でも自分の欠点を知ることが出来て、レベル的な意味での経験値も多く得ることが出来る。
「あ、またレベルが上がりましたよ」
最初はレベル1だった花音は、わずか半日で自分の年と同じ17までレベルを上げてしまった。冒険者でいえば、丸一年を迎えた程度の強さ。護衛を連れて効率よく狩りをする、花音に組まれたスケジュールでは、三ヶ月後の目標レベルであった。
「レベルって思ったより簡単に上がるんですね。最初と比べて凄く身体が軽くなりましたよ」
「それは、ようございましたな。……ははは」
疲れた顔で答えるカーティス隊長。
彼の背後では他の護衛騎士達が顔を引き攣らせている。
自分達の血の滲むような努力の日々が、彼女の数時間と同等といわれたも同然だ。喜ばしいと思う反面、思うところがあっても無理はないだろう。
「みなさん、どうしたんですか?」
首を傾げる花音に、カーティス隊長が普通、レベルはそんなに簡単に上がらないということを伝える。そこから、他の騎士達の様子がおかしい理由に気付いた花音が慌てた。
「す、すみません、まさかこれが異常だなんて思わなくて」
「いえ、勇者様は実戦が初めてですし、これが普通だと思っても無理はありません。ただ、本来はあり得ないことなので、あまり口外しない方がよろしいでしょう」
「そうですね、指摘してくれてありがとうございます」
花音は間違いを正してくれたことに感謝して、それから「あれ?」と小首をかしげた。
「私以外がここで訓練をしたらどうなりますか?」
「敵は一体ずつしか出ないようですので、二人で戦うようにすれば、花音様ほどではなくても良い訓練になるはずですが……」
案内板に勇者訓練所と書かれていたことが気に掛かると、カーティス隊長は口にする。
「私以外が訓練するとダメ、ということですか?」
「その可能性はあります。そして可能性がある以上リスクは冒せません。少なくとも、勇者様がこのダンジョンを必要としなくなるまでは」
「……そうですか。なんだかもったいないですね」
みんなも訓練できれば良いのにと呟いて、ひとまず今日の訓練を切り上げる。大きな通路を通って階段まで戻ってくると、騎士の一人が「あれを見ろ!」と声を上げた。
彼が指をさしている方をみなが一斉に注目する。
そこには、さきほどもあった案内板。
だが――
『勇者訓練所
*勇者の使用中以外なら、他の人間が使用してもかまいません』
「案内板の内容が変わっているだと!?」
どういうことだ、誰がいつ書き換えた!? と騎士達が騒然となる。そのまま、案内板を書き換えた存在に警戒しつつダンジョンの外まで戻る。
外を見張る騎士達に問いただすが、誰も出入りはしていない、ということだった。
誰が書き換えたのか――は、間違いなく、このダンジョンを改良した誰かだろう。だが、入り口には見張りの騎士がいて、奥には勇者達の一行がいた。
その状況で案内板を書き換えた。しかも、勇者達の会話を聞いていたことになる。
謎は深まるばかりだが、とにかく今回の目的は達せられた。ということで、騎士達が引き上げの準備をしていると――闇が空を覆った。
「何事だ!?」
即座に臨戦態勢を取る護衛の騎士達。
空に広がる闇が収束して、それが人を形取っていく。姿を現したのは、灰色の翼と二本の角を持った人の形をした男だった。
彼は周囲を見回しながら、ゆっくりと身構える花音達一行の前へと降り立った。
「ダンジョンコアが制圧されたと聞いて駆けつけたが……この外装はなんだ? これはおまえ達がやったことか?」
男が花音達に視線を向けた。彼を取り巻く黒いオーラのようなモノが見えるのは錯覚か、それとも魔力かなにかなのだろうか? ただ問われただけなのに震えが止まらない。
そんな花音を庇うように、カーティス隊長が前に出た。
「き、貴様は何者だ!」
「俺か? 俺は六魔将が一人、ディリオラだ」
「ば、馬鹿な、六魔将だと!?」
護衛の騎士達がざわめき、花音もまたその身を震わせた。
六魔将というのは、その一人一人が単独で砦を落とすほどの力を持っているといわれている魔王の側近だ。いまの花音達では勝てるはずがない。
花音は震える手で、腰に下げる剣の柄を握る。けれど、剣を抜くよりも早く、カーティスに腕を押さえられた。彼は、戦ってはダメだというように顔を横に振った。
「我々がディリオラを引き付けます。そのあいだに勇者様はお逃げください」
「そんなこと――」
出来る訳がないと、口にすることは出来なかった。
不意に、ディリオラが殺気を膨らませたからだ。
「おいおいおい、いま、聞き捨てのならねぇことを言いやがったな。勇者……そいつか!」
ディリオラが自分の頭上、花音達の方を向けて魔法陣を展開した。
「いかんっ、勇者様を護れ!」
騎士達が花音を庇うように前に出る。直後、ディリオラの展開した魔法陣が光を放ち――気付けば、辺りの木々は吹き飛び、花音を護る騎士達は倒れ伏していた。
花音だけが、なにが起きたか理解できずにたたずんでいる。その胸元に飾られた宝石が光っているが、花音はそのことにも気付かなかった。
「……ほぅ? いまのに耐えたか。さすがは勇者、といったところか」
ディリオラが更なる殺気を向けてくる。
だが、自分が立っているのはたまたまだと花音は思っている。花音自身がなにかをした訳ではないし、こんな相手に抗える訳がないと、花音の心が折れそうになる。
(怖い……逃げ出したい)
逃げろ、全てを投げ打ってでも逃げろと本能が叫んでいる。
へっぴり腰で、柄を握る手は見ていて可哀想になるほどに揺れている。その顔色だって真っ青で、いまにも倒れそうだ。それでも、花音は剣を抜き放った。
だけど、花音に許された抵抗はそこまでだった。
いつの間に接近していたのか、花音の間合いに飛び込んできたディリオラが、虚空から引き抜いた剣を振るい、花音の剣を弾き飛ばした。
ディリオラは続けて剣を翻し、今度は花音の首を狙って振るう。
死に瀕した花音の時間が引き延ばされてゆく。ゆっくりと迫り来るディリオラの剣を知覚するが、花音の動きはそれ以上に遅く、ディリオラの攻撃を防ぐ術がない。
(シャノン……ごめんっ)
最後に思ったのは、巻き込んでしまった友達を元の世界に帰してあげられない事実。
花音は死を覚悟して、ぎゅうっと目を瞑った。
◆◆◆
花音達一行を送り出した後、シャノンは鍛冶職人達のもとを訪れた。
彼らの知識はシャノンの国の職人達と比べるとかなり劣っている。だが、その技術や意気込みは決して劣っているとは言えない。
シャノンは彼らに知識を与え、自国にあるのと同じポンプを作らせていた。
「試作品は出来そうか?」
「うむ。シャノン殿のおかげで、どうにかここまで漕ぎ着けた。じゃが、一部の部品がやたらと複雑でな。その部品は外部の錬金術師に委託している状況じゃ」
「まぁ当面は仕方なかろう。あれは複雑な部品だからな」
なお、外部の錬金術師というのは、ディアーナが自国から連れてきた職人である。ゆえに、いまだこの国の者達は、ポンプを再現できずにいるのが現状。だが、シャノンの目的は自分の生活環境を堂々と整えることなので、ポンプが出来れば問題はない。
「しかし、異世界の知識というのは凄いな。よもやこのようなモノが出来るとは」
「他にも様々な知識がある。これが終わればまたなにか作ってもらうので楽しみにしておけ」
「ほっほ、それはたしかに楽しみじゃ」
そんな感じでポンプの試作品を完成させて、続けてポンプの量産体制の計画を立てる。ほどなく、ディアーナから思念による連絡が入った。
『どうした?』
『花音様が本日の訓練を終えました』
『……うむ、そのようだな』
花音の影に潜らせている影を通してその光景を確認する。
『レベルも順調に上がっているようだな』
『はい。そちらに問題はありません。ただ……花音様が訓練所を自分だけ使うのはもったいないとおっしゃっていますが……どう対応いたしましょう?』
『花音らしいな。かまわぬ、花音が使用しておらぬときは、他の者も訓練させてやれ』
ダンジョンのコアを制圧しているのはシャノンの配下である。ゆえに、シャドウを発生させているのもシャノンの意思であり、勇者以外にどのような敵を出現させるかも思いのままだ。
花音を護る騎士のレベルアップもまた、花音を護ることになるだろうと許可を出す。
そうして、シャノンは鍛冶職人達との話し合いを再開する。
けれど――
『シャノン様、緊急です。六魔将と名乗る魔族が花音様の前に現れました。このままでは花音様の一行が全滅しそうですが、いかがいたしましょう?』
『――私が向かおう』
すぐさま、鍛冶職人達に急用を告げて部屋を後にして、誰もいない物陰へと飛び込んだ。シャノンは一瞬で戦闘準備を整え、花音のいるダンジョン前へと転移する。
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