エピソード 1ー2
「来なさい」
力ある言葉と共に、足下に展開した魔法陣に魔力を注ぎ込む。魔法陣から光の柱が立ち上り、それが収束して少女の姿を形取った。
紅い瞳でシャノンを見上げる黒髪ツインテールの少女。透けるように白い肌を惜しげもなく晒すビキニのような衣装で、腰にはあまり意味を成さないミニスカート。
露出したお腹から太ももに掛けて、魔術による紋様が刻まれている。
「ラウンズが一人シャスティア、シャノン様の召喚に応じてあげたわよ」
紅い瞳を輝かせてにぃっと笑う。
「よく来てくれたな、シャスティア。実はそなたに頼みたいことがあるのだ」
「はぁ? どうしてあたしがシャノン様の頼みを聞かなくちゃならないのよ。シャノン様が休暇に入ったせいで、あたしは自分の領地を治めるのに大変なのよ?」
「すまぬな。だが、これはシャスティアにしか出来ぬことなのだ」
「あたしに、しか……? し、ししっ仕方ないわね。そこまでシャノン様に頼られたら、断れないじゃない。……それで、なにをして欲しいのよ?」
ちょっと照れたようにそっぽを向きながら聞いてくる、シャスティアがチョロすぎると、ツッコミを入れる者はこの場にはいない。
「この城から少し北に向かうとダンジョンがある。――探知できるか?」
シャノンの問い掛けに、シャスティアは即座に探知の魔術を発動させた。
「……あぁ、数キロ先にあるわね。このダンジョンがどうかしたの?」
「そのダンジョンに存在する脅威を一掃しろ」
「一掃? それはかまわないけど……階層が多いわね。外からダンジョンごと押し潰してしまっても良いのかしら?」
「それはダメだ。ダンジョン内を清掃した後、勇者の訓練所に作り替えるからな」
「ふぅん、後で使うなら潰すのはダメね」
シャノンは何気ない口調で相槌を打って、それから「ん?」と首を傾げた。
「……え、ごめんなさい、シャノン様。いま、勇者の訓練所に作り替えるとか聞こえたように思ったのだけど、あたしの聞き間違いよね?」
「いいや、あっている。作るのは勇者の訓練所だ」
「な、な、なにを考えているのよシャノン様! 勇者っていうのは魔王を殺すために特化された能力を持つ者に与えられる称号でしょ!?」
詰め寄ってきたシャスティアに両肩を掴まれ、シャノンは首を横に振った。
「間違っているぞ、シャスティア。勇者は魔に属する存在すべてに特化しているのだ。魔王である私も含まれるが、私だけが対象ではない」
「よけい悪いでしょうがっ! そんな存在を育ててどうするのよ、バカなの、死ぬの!?」
シャスティアが声を荒らげる。部屋の外に声が漏れないようにと、シャノンは空気の振動を遮断する結界を部屋に張り巡らせた。
「心配するな、シャスティア。私がその程度のこと、考えていないはずがなかろう。勇者の目的は悪しき魔王を討ち滅ぼし、この世界に平和をもたらすことだ。その点を考慮して私が立ち回るゆえ、国民はもちろん、私が害されるような事態には決してならぬ」
絶対的な王者としての意思を込め、シャスティアをまっすぐに見下ろす。その紅い瞳に見つめられたシャスティアは息を呑んで……それから周囲を見回した。
「……なるほど。ま、シャノン様の心配なんて、初めからしてないけどね」
さきほどまであれだけ取り乱していたくせにと、シャノンは苦笑い。
「そういう訳だから、ダンジョンに存在する脅威の排除を頼む」
「いいけど……期限は?」
「夜が明けるまでだ」
「はあっ!? 出来る分けないでしょ、何層あると思っているのよ!」
さきほどの探知でダンジョンの詳細を把握しているのか、シャスティアが抗議する。
「明日の朝には勇者がそのダンジョンを訪れる。それまでにダンジョンの清掃を終えて、勇者が訓練できる環境を整える必要があるのだ」
「だからって……夜明けまでなんて、いくらなんでも無茶よ」
「普通なら無理だろうな。だからこそ、そなたに頼んでいるのだ。ダンジョンを破壊するのではなく、中の脅威のみを短期間で排除する。これはそなたにしか出来ぬことだ」
「……はぁ。もう、仕方ないわねっ! 軍勢を使えば出来なくはないし、断ったらシャノン様が可哀想だから頼まれてあげるわよ」
「頼りにしている」
シャノンが笑うと、シャスティアは少し怒ったような顔をする。
「言っておくけど、煽てられてるって分かってるんだからね? 分かってて、シャノン様が可哀想だから、助けてあげてるだけなんだからね?」
「うむ、本当に感謝している」
「……だったらいいけど」
いいらしい。
「……でも、さすがに訓練所を作るのは無理だからね?」
「分かっている。そなたに頼むのは脅威の一掃のみだ」
訓練所の設置はディアーナに頼むつもりだ――などと余計なことは口にしない。決して仲が悪い訳ではないが、彼女達のあいだにはライバル心のような感情が存在しているからだ。
という訳で、シャスティアに脅威の一掃を命じて送り出した後、シャノンは続けてディアーナを召喚して、勇者訓練所の設営を命じる。
「……勇者を育てる、ですか?」
「その下りはもう終わった。心配せずとも我らが被害を受けるようなことにはならぬ」
「承りました」
即座にシャノンの思惑を理解したディアーナがかしこまる。
「いまはちょうど、脅威の一掃をおこなっている。しばらくしてから向かうがよい。その前にいくつか訪ねたいこともあるからな」
「なんでしょう?」
「まずはイチゴの件だ。そなたが持ち込んだのか?」
「はい。シャノン様がショートケーキのレシピをご所望でしたので。交易商を装い、この国に持ち込みました。……問題ありましたでしょうか?」
「いや、そういうことであればかまわぬ」
花音が日持ちから輸送に疑問を抱いていたが、バレなければ問題ないと判断する。
「では、鍛冶師に作らせているポンプの再現率についてはどうなっている?」
「やはり、彼らに我が国の技術をすべて再現するのは難しいようで、我が国から連れてきた職人を紛れ込ませ、その部品の製造をさせています。ほどなく試作品が出来るでしょう」
「ふむ。よくやってくれた」
シャノンの手足となって働くディアーナを労い、その後もディアーナが招き入れた行商人などについて確認。改めて、勇者訓練所の設置に向かわせた。
◆◆◆
翌朝、女性用の軽鎧を身に着けた花音は城の北にある門にいた。指南役でも有り、護衛でもある騎士達を引き連れた花音の旅立ちを、城の重鎮達が見送りに来てくれたのだ。
「花音様、くれぐれもお気を付けください」
「ありがとうございます、フラウ様。護衛のみなさんがいるから平気です」
そう強がってみせるが、花音は最近まで普通の女子高生だった。普通の訓練ならまだしも、実戦による訓練となると勝手が違う。
不安なのは当然で、その顔はわずかながらも強張っている。無意識に視線を巡らせた花音は、その視線の先にシャノンがいるのを見つけて駆け寄った。
「シャノン、実地訓練、頑張ってくるからね!」
シャノンは召喚に巻き込まれた被害者だ。
おまけに、現状では彼女を元の世界に戻すことも出来ないらしい。それを知っても、彼女は嫌な顔一つせずに、悪いのは花音じゃないと励ましてくれる。
花音はそんな彼女を元の世界に帰すために頑張ると決めたのだ。だから、こんなところで足踏みなんてしていられないと、自分を奮い立たせた。
「うむ、気を付けていってくるのだぞ。それから……これを持っていくといい」
シャノンが花音の手を取って、その手のひらにネックレスを乗せる。小さな紅い宝石が台座に収められた、美しいデザインのネックレスだ。
「……これは?」
「お守りだ。必ず花音のことを護ってくれるだろう」
「え、でも……なんだか、凄く高そうな宝石じゃない? 戦いの中で落としたり傷付けたりしないか、心配になっちゃうよ」
「お守りとは元からそういうものだ。花音を護って壊れるのならなんの問題もない」
でもと迷う花音を、シャノンが静かに見つめた。自分を心配してくれている。それに気付いた花音は、彼女の好意と受け取ることにする。
「……シャノン、ありがとう。ありがたく使わせてもらうね」
お礼をいって、首に付けようとする。けれどネックレスを付けたことのない花音は上手く付けられない。焦り始めたところで「私が付けてやろう」とシャノンがネックレスを取った。
「少し髪の毛を退かせてくれ」
言われるがままに長い髪の毛を片方に寄せると、背後に回ったシャノンが首に掛けてくれた。背後から回される指が首に触れてくすぐったい。
「これで大丈夫だ。この世界を救う第一歩、いまこそ踏み出すがいい」
耳元でシャノンが励ましの言葉を口にして、その背中を押してくれる。いつの間にか震えは止まっていた。花音は振り返り、シャノンに向かってにぃっと笑ってみせる。
「ありがとう。行ってくるね!」
馬車で城下町を出て、ダンジョンの近くに着いたら徒歩に切り替える。太陽が真上に昇る前には目的地へとたどり着いた。
ダンジョンの入り口を囲むように、石レンガの壁が広がっている。そして入り口には金属製の門扉。金属の格子が模様になったような、美しいデザインの扉だ。
石壁は人の高さほどで、厚さは20センチ程度。中に鉄筋でも入っていなければ簡単に倒れてしまうだろう。意外と建築技術が進んでいるのだなと感心する。
「ここがダンジョンですか、思ったよりも綺麗ですね」
花音が護衛の騎士達を見ると、彼らは一様に困惑していた。
「……どうしました?」
「その……我々が知る限り、ダンジョンの入り口にこのような外装はありませんでした」
「……どういうことですか? 来る場所を間違えた、とかですか?」
「い、いえ、場所はあっています、間違いなく。ですが、入り口はもっと殺伐とした感じで、このように綺麗に整えられてなどいなかったんです」
「言われてみると……凄く新しいですね」
まるで昨日今日建てられたような真っ新な外壁だ。
「城の誰かが、今日のために作り替えた、とかではないのですか?」
「どう、でしょう? 普通であれば我々が知らぬはずはないのですが……ですが、絶対にないとは言いきれませんな。現に、こうして作り替えられている訳ですし」
腑に落ちないという顔の騎士が迂遠な言葉でいうには、王族で勝手なことをするのは初日に自室での謹慎を申しつけられた第一王子くらいだそうだ。
だが、王子は例の件で監視を付けられているので、このような真似は出来ないとのことだ。
「よく分からないですね。ひとまず、中を覗いてみますか?」
「不測の事態で不用意に動くのは危険です」
「でも、あれだけ大々的に見送られて、なにもせずに戻って大丈夫ですか?」
王族や城の重鎮達によって大々的に見送られた。にもかかわらず、ダンジョンの入り口が綺麗になっていたので逃げ帰りました――なんて言えるはずがない。
花音の言葉には、騎士達も同意見のようで考え込んでしまった。
騎士達が判断を仰ぐように一人の騎士に視線を向ける。注目を浴びたのは顔立ちの整った騎士、花音を護る騎士達の隊長であるカーティスが口を開く。
「偵察を出しますので、勇者様は我々とここで待機してください」
ということで、護衛の騎士達から数名が選ばれて偵察に出される。本来は弱い魔物しか出現しないはずの入り口付近だが、この状態ではなにが起きるか分からない。
彼らは極度の緊張を抱きながら、ゆっくりと内部へ潜入していった。
ほどなく、偵察をおこなっていた騎士達が戻ってくる。一人が水に濡れているが、特に傷を負っているようには見えない。
全員が無事――だが、彼らは一様に複雑そうな顔をしていた。
「どうした、なにがあった?」
「いえ……その、奥には手頃な魔物がいました。勇者様にとっては弱すぎず強すぎず、おそらくは良い訓練相手になるでしょう」
「では、なぜそのような顔をしている? というか、なぜ濡れた?」
カーティス隊長が眉をひそめる。
「なんと報告をすれば良いものか……実際に見てもらった方が速いかと思われます」
「ふむ……勇者様に危険はないのだな?」
「奥に魔物がいる以外は、トラップなども認められませんでした」
「分かった、では二人ほど入り口の見張りに残し、残りで内部へと入ろう」
カーティス隊長の指示によって、花音達はダンジョンへと足を踏み入れる。入り口が綺麗になっていると言っていたが、内部は更に綺麗になっていた。
最初は地下へと続く階段。
壁や天井は綺麗に整えられていて、謎の光源がダンジョンの通路を照らしている。床も綺麗に磨かれた石の階段による緩やかな降下が続いている。
ここが日本なら、花音はテーマパークの入り口と誤解しただろう。
「この内装も……前とは違っているのですか?」
「はい、このように手入れされてなどいませんでした。ただの巨大な洞窟といった感じで、階段はもちろん、あのような光源もありませんでした」
「……不思議、ですね」
「不思議なんてモノではありませんよ、勇者様。入り口どころか中の通路まで。大規模な工事を何年もおこなわなければ不可能です。一体、誰がどうやって……」
花音にとっては、これも召喚と同レベルの不思議な現象――くらいに思っていたのだが、魔術のある世界で暮らすカーティス隊長達にとってもあり得ないことらしい。
どういうことなんだろうと考えながら階段を降りきると、奥へと続くまっすぐな廊下。それに左右にそれぞれ小さな廊下が延びていた。
それぞれの廊下の前には、なにやら案内板のようなモノが貼り付けてある。
そこに書かれた文字を目にした花音はパチパチと瞬いた。
「あの……私は召喚されたときに、この国の言葉や文字を理解できるようになったんですよね? ということは、あそこに書かれている文字は、私が読めるとおりの意味、ですよね?」
「はい、勇者様の読み取ったままの意味であっているはずです」
偵察のときに、なぜかずぶ濡れになっていた騎士が答えてくれる。
「……休憩室、シャワールーム、勇者訓練所と書かれているように見えるのですけど?」
「休憩室は、いくつか部屋が用意されており、トイレや炊事場はもちろん、ベッドも用意されています。またシャワールームなる部屋では、本当にお湯が降ってまいりました」
「じゃあ勇者訓練所というのは……?」
「勇者様にちょうど手頃な魔物が出現するようです」
「……よく分からないけど、至れり尽くせりですね」
「そういう問題ではありません、勇者様」
騎士達はかなり動揺しているようだが、もともとを知らない花音にとってはやっぱりちょっと不思議な現象なんだね。くらいの感覚だった。
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