第65話:「勘太郎は正直だなあ……」

 幼馴染の話をし終わったあとの小佐田おさださんはとにかくまともだった。


 聞き役にてっする彼女は、赤崎や芽衣の吹奏楽部時代の話とかを「へえー……!」とか「そうなんですね」と、ちょうどいい具合の相槌あいづちを打ちながら、「他にはどんなかたがいらっしゃるんですか?」とか「一番思い出深かったのはどんな時ですか?」などの会話を発展させるような質問をしながら終始しゅうしにこやかに微笑ほほえんでいた。


 そのあまりのスマート具合に出会いがしら瞬間的に見せられた狂気きょうきもアクセントくらいに感じられるようになったから不思議だ。


 そういえば、ネットの記事かなんかで「聞き上手は『はい』『いいえ』でしか答えられない質問ではなく、いろいろな答え方のできるオープンクエスチョンが出来る」的なことを読んだことがある気がする。


「小佐田さんって何かコミュニケーション術の本とか読んでたの?」


「へ? いえ、そういうのは特にですが……?」


 気になってたずねてみると、目を丸くされてしまう。まあ、おれよりも年下でそんなの読んでたらちょっと怖いし、その上実践じっせんできていてもなんか怖いか。


「なっちゃんのこれは天然みたいだよ。天然っていうか、環境がそうさせたっていうか」


 様子を見て、赤崎あかさきが横からそっと差し込んでくれた。


「環境って?」


「あー……そういうことで申し上げますと、わたし、人よりもちょっと転校する回数が多かったんです」


 まゆをハの字にして笑う小佐田さん。


「でも、そんな大層たいそうなものではないんですよ。みなさんの話を聞いてると人それぞれにドラマがあるなあと思って楽しいだけです」


「へえ……」


 感心した様子の芽衣に小佐田さんは話を続ける。


「思い出ってきっと、時々でも良いので共有している人とお互いに話して思い出すことで、蓄積ちくせきするんですよね。一人しか持っていない記憶って、わたしが忘れた時点で誰にも思い出させてもらえないまま、いつの間にかどこかへ消えちゃってるんです」


「蓄積かあ……」


 自分はずっと同じところに住んでいるからあまり実感はかないが、転校を繰り返している人がいうならきっとそうなんだろう。


「わたしは、だから思い出ってあんまり多くなくて。だから、みなさんの思い出話を聞いていると、なんだか自分の知らない人生をちょっと体験できたみたいで楽しいんです。多分、物語が好きなのも同じ理由です」


「……うらやましいとかは思わないの?」


 芽衣が聞いていいのか、と少し迷った表情で首を傾げる。


 おれも正直そう思った。吉野よしのだって、幼馴染がいないからこそ幼馴染ものの漫画はあまり読みたくないと言ってたし。


うらやましいって気持ちももちろんありますし、あったんですけど……」


 そこまでいうと、ニコッと笑って、


「今は、そんなこと思わなくなりました」


 そう言い切った。


「『今は』って、何かあったの?」


「秘密ですっ!」


 人差し指を白い歯を覗かせる唇の前に出してそう笑う。なるほど、このある意味でのあざとさは赤崎と血が繋がってるだけあるな。


「なっちゃん、そのことは私にも教えてくれないの。というか私には特に教えられないとかなんとか」


「なんだそりゃ……?」


 赤崎が残念そうに肩をすくめる。


「秘密ですよ、秘密っ! なんにしても、」


 小佐田さんはミルクティーに少しだけ口をつけてから、続ける。


「将来、あの時も良かったなって思えるように、今こそ、思い出をたくさん作りたいなって思ったんです。未来から見た過去の今に、誰かと一緒の思い出を、なるべくたくさん」


「へえ……!」


 芽衣が感嘆かんたんのため息を漏らす。


 吹奏楽部の写真の件もあったし、思うところがあったのかも知れない。


「……じゃ、そろそろ行こうか、なっちゃん」


 姉のように微笑ほほえんだ赤崎が空になった4つのカップを見て、提案をする。


「うん! すみません、幼馴染水入らずの貴重なお時間をありがとうございました」


「いえいえ……」


 ……やっぱりそこへの執着だけはちょっと怖いけどな。





 店の外で手を振って解散する。


菜摘なつみちゃん、すごいなあ……」


 二人の後ろ姿を見ながら、芽衣がつぶやいた。まだ小佐田さんへの感心が続いているらしい。


「まあ、最初はちょっとびびったけど」


 おれはほほをかいて答える。


「あはは。……それにしても、」


「ん?」


 芽衣の顔が少し引き締まる。


「途中の七海ちゃん、見たことない表情してたなあ……」


 おそらく、『……私も、本気出したくなっちゃったから』と赤崎が言った時のことだろう。



「ああ……。あれ、なんだろうな……?」


「……でも、もしそう・・なら、あたしのしてることって本当に最低だよね」


「まあ、なんとも言えないな……最低って思われるかもしれない」


 芽衣の言う『そう』というのが何かはあえてただして明らかにしないまま、それとなく同意する。


勘太郎かんたろうは正直だなあ……」


 ちょっと寂しそうに笑う芽衣と目があって、肩をすくめた。


「勘太郎見てると、あたしは自分のことずるいなって思う」


「ずるい?」


 おれが聞き返すのに曖昧あいまいにうなずいて、


「ねえ、勘太郎」


 とおれの名前を呼び直す。


「うん、どうした」


「その……もし、七海ちゃんが本当にそう・・だったらさ」


 そして、おれの目をまっすぐに見つめてくる。


「あたしは勘太郎を見習って、全部、正直に話したいと思うんだけど、いいかな?」


「おれだって別に正直に言えてないんだけど……」


 おれの何をそんなに買ってくれているのやら。でも。


「いずれにせよ、芽衣のいいようでいいと思うよ」


「そう? ……分かってる? 勘太郎の問題でもあるんだよ?」


「うん、分かってるよ。まあ、なんというか」


 ほおっと吐いた息が白い。


「赤崎とはそんなに長い付き合いじゃないけど、信用出来るやつだと思う」


 きっと、誰かを不幸にするために自分の得た情報や武器を使う人間じゃないだろう。


「ふーん……?」


「……なんだよ?」


 芽衣は、穏やかな笑顔を作る。


「ううん、勘太郎がそう言うなら、きっとそうなんだよ」


「ん……?」


「よしっ! じゃあ、勘太郎の服選び、セカンドシーズンだ!」


 戸惑うおれをおいて芽衣が威勢いせいよく声を張り上げる。


「どこに出しても恥ずかしくない男子にしてあげないと……!」


「今は恥ずかしいですか……」


「……そんなわけないじゃん」

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