第64話:「……私も、本気出したくなっちゃったから」

「……私、貸せるよ」


 小佐田おさださんおすすめの漫画『もう一度、恋した。』の話をしていると赤崎あかさきが小さくつぶやいた。


「「……え?」」


 赤崎がその漫画を持っているらしいこと自体はなんとも思わないのだが、その声量のあまりの小ささに、芽衣めいそろって同じ方向に耳をかたむけてしまう。


「だから……持ってるの、漫画を。貸せるよ」


七海ななみちゃんがあたしにってこと?」


「うん。まあ、流行はやっているし」


「うん、そうだよね……?」


 なんだかいつもよりも早口で逆に赤崎はなんでこんなに焦ってるんだろう? もしかして……。


「なあ、そのマンガって、えーっと……」


 おれは言葉を選ぼうと逡巡しゅんじゅんするが、結局語彙ごいがなかったため諦めた。


「……エロいの?」


「「はい!?」」


 小佐田さんと赤崎が目をかっぴらいて抗議こうぎの視線を向けてくる。


「そんなシーンはまったくないですよっ! なんでそんなこと言うんですか!?」


「そうだよ勘太郎かんたろうくん、幼馴染同士の物理的には付かず離れずだけど心はどこかでずっと繋がってるって、そういう純愛の話なんだから……!」


 従姉妹いとこたちが口々におれを口撃こうげきしてきた。


「いや、別におれだって元々そう思ってるわけじゃないけど、赤崎がやけに恥ずかしそうにしてるからそういうことなのかなって思って……」


 たじろぎながらも自分を守るために説明する。


「そ、そりゃあ……」


 水を向けられた赤崎が失速しっそくして、少しうつむく。


「……少女漫画好きなのって私のキャラじゃないかなって」


「いや、たしかに意外っちゃ意外だけど、面白いんだろ? それ」


「うん……」


「じゃあ、いいじゃん。キャラとか関係ないだろ」


「そう、かな……?」


 赤崎が顔を上げてこちらをうかがってくる。


「そりゃそうだろ」


 おれがうなずくと、


「七海ちゃん、明日学校で借りてもいい?」


 芽衣が横から笑顔で尋ねる。


「うん……!」


 赤崎は何かを噛み締めるように頷いてから、くいくいと小佐田さんの裾を引っ張る。


「ねえ、なっちゃん。その……こういうのって最新巻まで一気に持ってきていいものなの?」


「うん、いいんじゃない? 芽衣さんがよければですけど」


 小佐田さんが嬉しそうに微笑んだ。


「うん、もちろん!」


「そっか……そうなんだ」


 なんかいきなり初々ういういしいな、赤崎。


「じゃあ、持っていくね。明日」


「ありがとう、七海ちゃん。えっと、それで、菜摘ちゃんの質問っていうのは?」


「あー……」


 芽衣が聞くと、小佐田さんがバツが悪そうに頬をかく。


「えっと、騙して連れてきちゃったみたいな感じなんですけど、本当に聞いてもいいんでしょうか……?」


「うん! ……変な質問じゃなければ」


 いや、幼馴染について質問するって時点で変だけどな……。


「本当ですか? それじゃあ、2、3個だけ……!」


 そう言いながら小佐田さんがもう一度ノートを取り出すので、なんとなくおれと芽衣が姿勢を正して身構える。


「では、一つ目です。お互いのラインって知っていますか?」


「ラインって、アプリのラインだよね? 知ってるよ? ね、勘太郎」


「うん」


 思ったより変な質問じゃなくて安心した。なんでそんなことが知りたいんだか?

 

「へえー……、IDっていつ交換しましたか?」


「二人ともスマホを買ってもらった日。ね、勘太郎」


「うん……」


 そんで芽衣がいちいちおれに同意を求めてくるの可愛いな……。


「え、同じ日にスマホを買ったんですか?」


「「うん」」


「うわあ、本物だあ……!」


「本物って……」


 いや、本物は本物なんだけど。


 ちなみに、同じ日にスマホを買った理由は、うちの親同士が『いつ頃からスマホを持たせるべきか?』という相談的なことをしていたからだ。どちらかが先に持つと後になった方が文句を言うと思ったのだろう。


 結局中1になる前の春休み、ということになり、なんやかんやで同じ日にそれぞれの母親と4人で買いに行ったのだった。


「では、お互いにスマホに最初に入れた連絡先はお互いってことですね……!?」


「うん、そうだよ」


「そういえばそうか……」


 芽衣が即答するがおれは言われてみれば……という感じでうなずく。


 おれの態度が気に入らなかったのか、芽衣に少し不愉快そうに鼻を鳴らされた気がする。なんで?


「なるほどなるほど……。それでは、二つ目です。お互いになんて呼んでいますか?」


「あたしは、勘太郎って。……なんか改めて言うと恥ずかしいなあ」


「おれは、……芽衣」


 たしかに恥ずかしい……。呼んでるだけなのに……。


「なるほどです……! やっぱり下の名前で呼ぶのはテッパンなんでしょうか……?」


「それはそうなんじゃない?」


 なぜか赤崎が横から真顔で差し込んでくる。


「だよねえ……」


 いや、テッパンかは知らないけどな……。調査の標本数ひょうほんすうが少な過ぎる。


「それでは、テッパンついでになのですが、他の人のことは下の名前で呼んだりしますか?」


「呼ばない」


 芽衣がまたしても食い気味に答える。


「答えるのが早いな……」


「だって呼ばないもん」


 そしてまた、なにかねてるように唇をとがらせる。


「そうなんですね……。勘太郎さんはいかがですか?」


「おれはどうだろう……」


 下の名前で呼んでいる人っているかなあと友人の顔を順繰じゅんぐりに思い浮かべていると。


「勘太郎くんは他の人のことは下の名前で呼ばないよね」


 と吐き捨てるように赤崎が言った。


「……あ」


 そうだ、赤崎からはそういう要望を受けているんだもんなあ……。


「なんでななちゃんは不機嫌なの?」


「別に?」


 片眉かたまゆを上げた赤崎がこちらを一瞥いちべつするが、おれは肩をすくめて視線をそらす。


「……? それでは、気を取り直して、次が最後です! お互い疎遠になったりした時期はありますか?」


 最後にしては意外な質問に首を傾げた。


「いや、特にないけど……。どうして?」


「そうですか! あのですね、『もう恋』の二人は男の子の方が海外に引っ越して一時期疎遠になるんです。幼馴染ってそうじゃなくても、男女だと途中から変にお互い意識しちゃって疎遠になったりとかする時期があるってイメージがありまして。お二人はそういう時期はないんですね!」


 嬉しそうに説明してくれる小佐田さん。


「ああ、なるほど……」


 おそらく、おれたちにそれがあるとしたら、今回、芽衣の両親がニューヨークに行くタイミングだったんだろう。


 だけど。


「……あたしはそれが嫌だから、なるべくそうならないようにしてる」


 妙に熱のこもった感じで芽衣がつぶやいた。


 すると、赤崎が腕を組んで顔をしかめた。


「でも、芽衣ちゃん、この間勘太郎くんのこと……」


「あ……」


 赤崎の疑問ももっともだ。芽衣はおれをフった形になっているのに、それはどう説明するのか、という意味だろう。


「それは……」


 おれがフォローしようとすると、


「芽衣ちゃんは、そこまでして現状維持をのぞむってこと……?」


 と一歩先まで解釈したらしい赤崎が質問すると言うよりも自問じもんするように首を傾げた。


「ななちゃん……?」


 目を見開いて少し言葉につまった芽衣を見て、赤崎が、


「……ううん、ごめん! ちょっと聞きたいこと整理して、今度また話すね」


 と手を合わせた。




「……私も、本気出したくなっちゃったから」

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