第66話:「せっかく似合うし勘太郎も気に入ってくれたのにね」

 一度行った店も含めて、再度芽衣めいとショッピングモールを巡る。


 おれに服をあてがうたび、微笑ほほえんだり首をかしげたり、「なるほど、そういう感じになるのか……」と呟いたり。


 芽衣の百面相ひゃくめんそうを見ているのも役得やくとくなので、恥ずかしい気持ちを押し殺して身も心もマネキンになり、いろいろな格好かっこうをさせられてみた。


「なるほど、帽子とかかぶるとファッション男子っぽくなるのかも……」


 途中、店と店のあいだで芽衣はスマホの画面を見ながら眉間みけんにシワを寄せてつぶやく。


「芽衣、歩きスマホ」


「あ、ごめん」


 おれの注意に素直に顔をあげる。


「で、帽子って?」


「こういうの」


 芽衣がスマホを画面を見せてくれた。


 そこにはキャップをかぶったイケメンの高校生男子が載っている。ファッション雑誌かなんかのインスタのアカウントらしい。


「いけてるとされている男子高校生がどんな格好してるのかなって思って。ハザマケンジくん、だってさ。高校二年生。同い年だね」


 うつっているイケメンがハザマケンジくんという名前らしい。


「知らんけど……モデルの人?」


どくモじゃないかな」


「ふーん……」


 相槌あいづちを打ってみるも、イマイチ『どくモ』という人がなんなのかよく分かっていない。


「ていうか、こういうのはさすがに無理かも……。こういう必要最低限じゃないオシャレアイテムは相当自分に自信があるやつにしか許されないって」


「必要最低限じゃないオシャレアイテムって?」


「帽子かぶる理由ってファッション95%に日除ひよけ5%くらいだろ? つまり、なんていうか、帽子をかぶる自分がかっこいいと思ってかぶってる感が出るっていうか」


 なぜか早口はやくちになってしまう。今日、現時点でユニクロの服しか持っていないおれにはハードルが高いことだ。


「んー、分からなくはないけど……。でも、似合うと思うんだけどなあ」


「だから、こういうのはイケメンがかぶるから良いんであって」


「まあ、キャップよりはハットの方が似合うかもね」


「かぶらないってば……」


 芽衣もさほどかぶらせようと思っていたわけでもないらしく、「あはは、ごめんごめん大丈夫だよ安心してよ」と笑いながら次の店に入った。


「あっ、勘太郎! これ良さそう!」


 そして、そこに置いてあった紺色のひざかけ(?)を広げる。


 芽衣が自分の前にばっと広げるのでその顔が隠れた。


「おお、何それ……?」


「これはストールかな。マフラーみたいに首に巻くものだよ」


 布の向こうから芽衣の声。


「あ、でも、こういうのはオシャレな人しか着られないアイテムに含まれる?」


 そう言いながら芽衣はひょこっとストールとやらのわきからひょこっと顔を出す。


「い、いや、マフラーは防寒具だからけてても変じゃない……と思う」


「へえ、線引きがよくわかんないね……。ん、どうしたの? あたし、なんか恥ずかしいこと言った?」


「なんでもない、言ってない。芽衣はそのままでいい」


「はあ……?」


 顔を出した芽衣の仕草と表情がなんか異常に可愛かったので、噛み締めていたら心配された。


「で、どうかな? これ」


「さあ、どうやってつけるもんなの?」


 おれが渡してもらおうと手を差し出すと、それを無視して芽衣はメダルを優勝選手にかけるみたいに向かい合ったままストールをおれの首にかけてくれる。


 その一瞬、芽衣との距離がかなり近づくが、当の本人は全然気にしていないらしい。


「め、芽衣……」


「んー?」


 ニコニコしながらぐるぐるとおれの首にストールをやわらかく巻いてくれる。


 なんだか自分だけ意識しているのが恥ずかしくて、


「なんでも……」


 とにごした。


「そう? ほら、できた」


 芽衣は一歩後ろに下がっておれをみる。


「ほー、似合うじゃん!」


「そ、そうですか……?」


「うん! 鏡見てみなよ、ほら」


 その両手でおれの両方の二の腕をあたりおさえて90度回転させる。すると壁に貼ってある鏡の中の自分と向き合う形になった。


「おお、なるほど……!」


「お、その反応、今日イチじゃない?」


 鏡の中でおれの隣にいる芽衣がにひひと笑う。これまで着けたことのないものだったが、思ったよりも違和感がない。だし、肌触りの良い生地きじで口元近くまで隠れるのは妙な安心感がある。忍者みたい。いや忍者に憧れてるわけじゃないんだけど。


「……いくらだろう?」


「今日初めて勘太郎が値段に興味を持った! いいねいいね」


 そう言いながら二人でストールの値札を覗き込んでみると。(芽衣はおれの首元をみるためにちょっと背伸びしている)


「「おぅ……!」」


 7800円+税。


「ちょっと手が出ないかもな……」


「そうだね……」


 あはは、と残念そうに笑う芽衣。


「せっかく似合うし勘太郎も気に入ってくれたのにね」


「いや、まあ、そうだなあ……」


 せっかく見つけてくれたのに申し訳なく、近くにあった同じ色の別のマフラー(ストールではなくおれの知っている細長いマフラー)を、こっちだったらいくらだろうかと手にとってみる。


「7800円かあ……。うん、でも年明けにもしかしたら……」


 おっ。


「こっちのだったら同じ色で2500円だ。生地きじが違うのかな?」


 着けてみようかと手に取ると、


「ううん、マフラーはやめとこ?」


 芽衣がおれの手首の上に手を乗せる。


「ん、なんで?」


 おれが聞くと、芽衣は視線をそらしながらぶつぶつとなぜか言い訳するみたいにつぶやく。


「ほら、その……ってもまだそんなに寒くないし、冬本番にとっておいてもいいんじゃないかというか……」


「そう……?」


「うん、マフラーとかストールとかは、まだ買わないで」


「うん、まあ、芽衣がそう言うなら……」


 首をかしげながらもマフラーをたたまれたまま元の場所に戻す。


「ほら、次のお店行こ?」


「おう」


 


「冷えてきたねえ」


 次の店は屋外おくがいからしか入れないので、いったん外に出ると、芽衣が手のひらにほおっと息を吐く。


「そろそろ夕方だもんな。家出た時は結構あったかかったけど」


「ね。油断して薄着うすぎで来ちゃった。こんなにいられると思わなかったから」


「そうだよな……すまん」


「ううん」


 そのまま手のひらで口元を隠す。


「ありがとう」


 その声音こわねが明るかったので、おれもほっと息をつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る