第39話:「よし、それじゃあいけふくろうに行こう!」

「じゃあ、現地で答え合わせにしよっか!」


「現地……?」


 ニコニコ笑顔で提案してくる吉野よしのまゆをひそめるおれ。


「うん! というか実は、ちょっと答え合わせがてら、待ち合わせ場所に案内してもらえたら嬉しいんだけど……」


「なんだって? 『がてら』のバランス合ってなくない?」


「ですよねー……」


 吉野の笑顔が苦笑いに変わる。


「待ち合わせ場所分からないのか?」


 芽衣はそんなに難しいところを待ち合わせ場所に指定したんだろうか。


「うん……。『いけふくろうで待ち合わせにしよう』って言われて、わたしあんまり分からなかったんだけどせっかくだから『いけふくろうに行ける吉野よしの夏織かおり』に成長しようかと思って『分かった!』って言っちゃったんだよね」


「吉野って向上心あるよな……」


「あんまり褒められてる感じがしないんだけど……。それで、諏訪君、分かる? いけふくろう」


「まあ、分かるけど……」


「ほんと!?」


 いけふくろうとは、池袋駅の中にある待ち合わせの名所で、ふくろうの石像の前のことだ。渋谷のハチ公前、池袋のいけふくろうだと言ったら過言かごんだけど。


 そんな場所を芽衣が指定した理由は多分、『東口』とかいうと東武とうぶデパートの方面に行っちゃったりすることを危惧きぐしたからだろう。これは池袋の待ち合わせあるあるで、不思議な不思議な池袋はひがし西武せいぶ西にし東武とうぶだということを理解している人は意外と少ない。歌は割と有名なのに。


 あとは、芽衣はふくろうが好きだ。小さい時、ハリーポッターの映画を見た時、本題そっちのけでふくろうが可愛いと言っていた。


「諏訪君お願い! そこまで案内してくれない?」


「まあ、そこ通ってスタジオにも行けるからいいけど、おれが乗り合わせなかったらどうするつもりだったの?」


「そりゃあ、電車の中で検索していく予定だったけど。でも、知ってる人がいるならそっちの方が助かるよ」


「まあ、そりゃそうか……」


 でも、そこで芽衣と本日2回目のご対面するのか……。話を合わせるためにちょっと連絡を入れておいた方がいいかもしれない。


 そう思ってスマホをポケットから取り出すと、


「あれ、行き方調べるの?」


 その画面を無邪気むじゃきのぞき込んでくる吉野。あれ、もしかして吉野さんってパーソナルスペース狭い系女子?


「いや、なんでもない……」


「そう?」


 なんかこの距離感だと悪気わるぎなくLINEの画面まで見てきそうだ。芽衣のアドリブ力に期待しよう……。





 その後もギターの話とか吹奏楽部の話とか、雑談をしている間に池袋駅に到着する。


「よし、それじゃあいけふくろうに行こう!」


「おお……」


 案内される側の吉野がなぜか音頭おんどを取って、おれは小さく腕をあげる。


 答え合わせとやらがなんだか気まずいというか気恥ずかしいので、芽衣よりも先にいけふくろうに行って、「それじゃ」と吉野をそこに置いていくことも考えたのだが、芽衣は後ろの方の車両に乗っていたから、いけふくろうに一番近い階段から出られるだろう。今思えば、だから後ろの車両を選んだんだろうけど。


 そことなるべく真逆になるようにおれは電車に乗ったため、むしろ、いけふくろうから一番遠い位置に今いることになる。芽衣より先に着くのは無理だ。


 あきらめたおれは、それでもそれなりに最短距離になるように吉野をいけふくろうの方へ案内する。




 すると、いけふくろうが視界に入ってきたあたりで、いけふくろうの石像の方を向いて微妙に微笑んでいる芽衣の姿を確認した。


 周りは石像に背を向けて立っているのに、芽衣だけそっちを向いている。あいつ、普通にいけふくろうのビジュアルが好きなんだな……。


「あ、諏訪君、見ちゃった……?」


 はたと立ち止まった吉野が、イタズラがばれたような顔をしてこちらを見上げてくる。


「うん、もう見えてるよ。答えは芽衣だったかー」


 わざとらしく驚いてみせる。


 ナイス。これで、答え合わせのご対面は避けられそうだ。


「んー驚きが薄いなあ……もしかして、答え知ってた?」


「いや、吉野もおれも知ってる人で赤崎じゃなかったらだいたい予想つくだろ……」


 それは事実である。たとえおれが芽衣から聞いていなかったとしても当てられただろう。


「うーん、そうかあ……。あ、じゃあさ……!」


 いいことを思いついたと言うような顔をして、おれに耳打ちをしてくる。


「ええ……? そんなことするの?」


 その『作戦』を聞いて、おれは思い切り顔をしかめた。


「いいからいいから! せっかくたまたま諏訪君と同じ電車だったんだからどっちかを驚かせないと気が済まないよ!」


「ええ……」


 気乗りしないおれの前、吉野がずんずんと歩みを進める。……仕方ない、やるしかないか。


 吉野と二人、そろそろと芽衣の後ろにそっと回り込む。


 そして、ニヤリと笑った吉野に背中を叩かれたおれは。




 芽衣の目を両手で塞いだ。




「ひゃっ!?」




 肩を跳ねさせる芽衣に、すかさず吉野が声をかける。



「だーれだっ?」




 つまり、作戦の内容はこうだ。


 おれが目隠しをして吉野が「だーれだっ?」と問いかける。


 吉野と待ち合わせをしている芽衣は当然「え、夏織かおりちゃんでしょ?」と言うだろう。


 そしたらおれが目隠しを外して「ぶー! なんと諏訪君でした!」という手筈てはずだった。





 ……だったのに、芽衣が口にしたのは。






勘太郎かんたろう、何してんの……!?」





「「ええ!?」」


 目をふさがれたままの芽衣に言い当てられた驚きのあまり、おれと吉野の声がハモる。


「ちょっと、勘太郎、離して……! 暗いの怖い……!」


 もはやなんの揺るぎもなくおれだと断定しながら芽衣がおれの手首を掴んで離させる。


 芽衣は、おれの手首から手を離しながら振り返って、


「ほら、勘太郎じゃん。何してんの?」


 と顔をしかめた。


「え? ねえねえ、メイちゃん」


 なかば呆然ぼうぜんとしながら吉野が芽衣の肩をつつく。


「なに? これ、夏織ちゃんが考えたの……? ていうかなんで二人は一緒に来たの……?」


「いやいやいやいや! そんなことどうでもよくて! 今なんでこの手が諏訪君のだって分かったの!?」


 怪訝けげんな顔をした芽衣の質問をさえぎりながら、吉野がおれの手首を掴んで犯人をつかまえたかのようにぶんぶんと振る。痛いけどそれよりも驚きがまさっていた。


 すると、芽衣はこともなげに、




「いや、手のひらの感触とか、服の匂いとか、どう考えても勘太郎だったし……」




 とのたまった。



 吉野は驚愕きょうがくに目を見開く。ちなみに隣でおれも結構びびってる。




「うひゃー……! 幼馴染、恐ろしすぎるよ……! こんなの、わたし、勝てないよ……!」




「へ? 夏織ちゃんって勘太郎のこと狙ってるの?」

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