第40話:「私にもまだチャンスあるのかな?」

 いけふくろうまで無事に吉野よしのを送り届けたあと、早歩きでスタジオに向かう。


 別れ際に芽衣めいが『夏織かおりちゃんって勘太郎かんたろうのこと狙ってるの?』とまゆをひそめていたが、その誤解は吉野が生んだものなので自分で処理してもらうことにした。まあ吉野が西山にしやまのことを好きなのは芽衣も知ってるみたいだったから、少し説明したら分かってもらえるだろう。


 駅から10分もかからず目当てのスタジオの前に到着する。


「おーす」


「おー、諏訪すわ」「ギリギリだぞー、諏訪すわっち」「お疲れ、かんちゃん」


 地下のスタジオに続く階段を降りて入っていくと、ロビーにて、先に着いていた白山しろやま陽太ようた(ギターボーカル)、大黒おおぐろ大地だいち(ドラム)、飯田いいだ英太えいた(ベース)が迎えてくれた。


 この3人とおれで4人のバンドだ。


「久しぶり、諏訪」


 そして今日はゲストが1人……あれ?


「どうも、勘太郎かんたろうくん」


 3人の座っている隣のテーブルには、白山の彼女である青井あおい透子とうこさんともう一人黒髪ロングの美少女があざとい微笑ほほえみを顔に貼り付けて座っていた。


「なんで赤崎あかさきがここにいるんだよ……?」


「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。青井あおいの付き添いだよ」


 そう言って赤崎は向かいに座っている青井さんを目線で指し示す。


 おれにも、青井さんがここにいる理由は分かっていた。


 今回、一曲、白山がどうしてもやりたいと言って持ってきた曲に、トランペットのパートがある。それで、白山と恋人同士であり幼馴染であり、吹奏楽部でトランペットを担当していて、さらにはちょうどその吹奏楽部を引退した青井さんに白羽しらはが立ち、その曲だけゲストでバンドに入ってもらうように白山が頼んでくれたというわけだ。


 だけど、それが赤崎がここにいる理由にうまくつながらない。


「付き添いって?」


「いや、すまんすまん。透子とうこが、『あたしが一人で行ったら陽太ようたが彼女を連れ込んだ感じになっちゃって印象悪くない?』って言って、急遽きゅうきょ赤崎を連れてきたんだよ」


 おれが首をかしげていると、白山が答えてくれた。


「そういうこと! オファーさえあればちゃんと演奏もしますよ? 私も一応トランペット担当なので。楽器も持ってきたしね。まあ、青井が自分だけで演奏出来そうだったらそれの方がいいんだけど。ね、青井?」


「うん、頑張る。練習もしてきた」


 青井さんは元々口数が多い方ではないが、その言葉少なに力強く頷く様子はなんだかやけに強い決意みたいなものを感じさせた。なんかこの曲に思い入れでもあるのだろうか? だからこそ白山がやりたがったのかもしれない。まあ、それはそれとして。


「じゃあ本当に青井さんの付き添いなんだ」


「本当にってなーに? 私がいつも嘘ついてるみたいに」


 ねたみたいなフリをして唇をとがらせる。全然ねてないくせに。


「いや、そうじゃなくて、青井さんが吹けたら演奏しないってことだろ? 練習中暇になっちゃうんじゃないの?」


「心配してくれるんだ? 勘太郎くんは優しいねえ。まあ、勘太郎くんの演奏するところ見られるだけで私にとってはすごく価値のあることだよ」


「そうですか……」


 相変わらずの本気なんだかなんなんだかよく分からない軽口かるくちが返ってくる。おれはそれにどう返したらいいのかまだ会得えとくできていないのだが。


「……七海ななみと諏訪って、いつからそんなに仲良くなったの?」


 そんなやりとりを見ていた横から青井さんがいぶかしげに聞いてくる。


「今週くらいから」


「何それ? 変じゃない?」


「まあまあ透子、2人にもいろいろあるらしいぜ?」


 事情を知っている白山がフォローのつもりなのか立ち上がって、質問責めを止めるスイッチかのように、座っている青井さんの頭に手のひらを乗せた。


「ちょっと陽太、髪、乱れちゃうから。その……みんなの前でそういうのしないで」


「はいはい」


「『はいは一回』って、いつも陽太のセリフじゃん」


 迷惑そうに気恥ずかしそうに顔をしかめる青井さんと、あまり気にせずに笑っている白山。そして、そんなやりとりをなんだかやけにうっとりとした表情で見ているのは。


「赤崎……?」


「今ちょっと話しかけないでもらえるかな」


「は、はあ……」


 どうしてそんな顔をしてるのか聞こうとしたら思った以上に強めの言葉でさえぎられてたじろいでしまった。



「よし、そろそろ時間だな」



 白山が気を取り直したように青井さんの頭から手を離して、フロントに向かう。


「すみません、12時からの白山です。あと、水を6本ください」


「あ、おれ大丈夫」


 いつもの流れで人数分の飲み物を買おうとしてくれた白山をめた。


「え? そうなのか?」


「うん、家から持ってきた」


「へえ、珍しい。じゃあ、5本ください。すみません」


 白山はおれの、らしくない行動も大して気にもとめずにフロントに立つお兄さんに訂正してくれた。


 ……が。


「んんー? 飲み物持ってきたの? 勘太郎くん?」


 何かをかぎつけたような顔をして赤崎がおれの顔を覗き込んでくる。


「……青井さんの鑑賞は終わったのか?」


「うん、充分じゅうぶん堪能たんのうしたよ。それで、何持ってきたの?」


「堪能したってなんだよ……? いや、持ってきたのははちみつレモンだけど」


「わあ……!」


 赤崎が目を見開く。


「ねえ、あったかいやつ? 冷たいやつ?」


「あったかいやつ」


 芽衣が熱湯ねっとうを混ぜると作り方を教えてくれていたから、あったかいやつだろう。


「へえ? 演奏してたら暑くなっちゃうものじゃないの?」


「……別にいいだろ」


「別にいいけど? でもはちみつレモンってさ」


「ん?」


 おれが首をかしげると、赤崎が赤い唇を震わせて意味ありげにささやく。




「去年の秋頃から春まで、芽衣ちゃんが毎日練習に作って持ってきてたのもあったかいはちみつレモンだったなあって思って」




「え、そ、そうなの……?」


 おれとしたことがそんなことを知らないままベラベラと……!


「ねえ、やっぱりさあ……」


「は、はい……?」


 芽衣が作ったものだと感づかれたか……!?





「幼馴染だとそういう習慣みたいなものって似るものなんだ?」




 なぜか瞳を輝かせてにこーっと笑う赤崎。……ん、これはどういう意味だ?


「そ、そうなの、かな……?」


「同じレシピだったりするの?」


「さ、さあ、どうだろう……?」


 なんか想像と違うところにやけに食いつかれてどう答えたらいいか分からずドギマギするおれ。


 その時、白山から声がかかる。


「おーい、諏訪、赤崎、いちゃついてないでいくぞ」


「あ、はーい!」


「い、いちゃついてねえし」


 悪態をつきながらもとりあえず窮地きゅうちを脱することに成功したことにほっとする。


「あれあれ勘太郎くん、中学生みたいに顔真っ赤だよ? やっと私にもどきっとしてくれた?」


「そういうんじゃねえし……!」


「へえ? 私にもまだチャンスあるのかな?」



 本当にそういうんじゃなくて、単純にピンチかと思って焦ってドキドキしていただけなのだが、赤崎はやけに嬉しそうにニタニタと笑顔を浮かべていた。

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