第38話:「ヒントは諏訪君も知ってる人!」
「
偶然同じ車両に乗り合わせて、一緒に
「ちぇすたーこーと? そういうの? これ」
「うん、そうだよ。わたしのこれもチェスターコート」
そう言って自分のコートをひらひらとさせる。たしかに似た形をしている。
そう話す吉野は白いニットに黒いスカート、上にはベージュのチェスターコート(覚えた言葉をすぐに使うスタイル)を
「ほお……、まあ、おれのはユニクロだけど……。でも、ありがとう」
「なんかすっごく嬉しそう」
「ああ、いや、ちょっと今日はなんというか、出る前にいろいろ考えたから……」
「ふーん? 諏訪君って自分で服選んでるの? それともマネキン
「まねきんがい?」
チェスターコートに引き続いて、またしても謎の単語が出てきてしまった。ファッションの用語は全然分からない。
「服屋さんでマネキンが着てる服をそのまま買うことだよー。諏訪君って結構知らないこと多いんだね! 勉強できるし、なんでも知ってそうなのに」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
「なにそれ?」
「何でもないわよ。ちょっとふざけただけ」
……そうだった、この人にこの手のギャグは通用しないんだった。
「へえ……まあ、なんかそういうのがあるんだね。アニメのセリフかなにか?」
「相変わらず飲み込みが早いな……」
おれのことを勉強ができると
「それで、自分で服装選んでるの?」
「うーん……」
なんとなく言い
「ってマネキン買いを知らないならそういうことになるのかあ。それでそんな服選べるならすごいね。センスあるんだ」
「いや、まあ……。家族にアドバイスしてもらったりしてるから、おれっていうよりはそっちのセンスだな」
せっかく褒められてるが、これは芽衣の功績なので、あまりそのままおれの
「へえ! ご家族と仲良いんだね! お母さん? きょうだいいるんだっけ?」
「まあ、姉はいるけど……」
「そうなんだー」
直接の嘘はついていないが、ここで『家族』の内容にあまり
「あ、そういえばそれギターでしょ? 今日バンドの練習?」
すると、ちょうどよく吉野が自分で話題を変えてくれた。
「うん、まあ」
ギター自体を初めて見るわけでもないのに、やけに物珍しそうにしている。
「わたし、あれから結構練習してるんだよ」
「あれからって、あれ、
手をわきわきとさせながらアピールしてくる吉野にツッコミを入れる。もう練習してなかったら
「あはは、そうだね。でもやっぱりFが押さえづらいんだよねえ……」
「まあ、ギター初心者あるあるだな」
ギターを始めた人にとって、Fコードを押さえるのは誰しもが一番最初に
しかも吉野はエレキギターよりも押さえづらいアコースティックギターを
「やっぱり
「おれはその人のこと知らないから聞かれても分からないけど……。まあ、
「え? そんなのあるの? 今教えて欲しいんだけど」
「いや、まだだめだ」
「鬼教官……?」
吉野が
実は『簡易F』という、押さえる弦を減らしてもっと簡単に押さえるやり方が存在するというだけの話なのだが、簡易Fに甘えてしまうとなまじ曲が弾けてしまい、いつまでも本物のFを押さえることが出来なくなるため、吉野のためにならないだろう。
「まあ、まだ今日で3日目だろ? Fはみんなそんなすぐには押さえられないよ」
「うーん、それもそうだね」
ふむ、と頷いてから、吉野は突然パン!と小さく手を叩く。
「ところで! わたしはこれから誰と会うために池袋に向かってるでしょうか?」
「え?」
いきなり謎のクイズタイムが始まってしまった。
しかも、答えを知っているだけに答えられないタイプの、正解を出してはいけないクイズだ。
「ヒントは諏訪君も知ってる人!」
ニコニコ笑顔の吉野。無邪気だなあ……。ヒントいらないなあ……。
「そ、そっか……。誰だろうなー。赤崎、とか?」
そのヒントだとほとんど赤崎か
「ぶっぶー。ななみんじゃないよ」
「わー、外したー……」
とはいえ、なんとかうまく答えを外すことができた。気がする。
「はい、
手で
「いやー、もういいよ。外したし、ほら、男に
「男って……結構古い考え方なんだね、諏訪君って」
純粋に意外そうにこちらを見上げてくる。
「いや、そういう話じゃなくて……」
おれが言葉を
「じゃあ、現地で答え合わせにしよっか!」
「現地……?」
「うん!」
……余計にややこしいことになった気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます