第13話:「勘太郎が見てるのを横で見たい」

「ひまだなあ……」


 カレーを食べ終えてから、ソファにぐでーっと座って天井てんじょうを見上げている芽衣めいがぼやいた。


「昨日まではご飯食べ終わったら部屋に上がってたじゃん」


 おれはダイニングから声をかける。


「さすがに居候いそうろうはじめて数日でこんなだらしないところを見せる勇気はないよ」


「へえ、じゃあ今日から解禁ってこと?」


「今は勘太郎しかいないからいいの」


 芽衣は、子供っぽくねたように唇をとがらせる。


「そういうとこも、段々見せられるといいな。自分ちだと思って過ごさないと疲れちゃうだろ」


「うん……ありがとう。ねえ勘太郎、ゲームしようよ」


「お、いいな!」


 おれはダイニングの脇にある物置の扉を開けて、ゲーム箱を取り出す。


「二人用だと……メジャーどころだと囲碁と将棋とオセロとチェス、まあ他にもガイスターとかワードバスケットとかクアルトとか色々あるけど、どれがいい?」


「……全部、勘太郎が強いからやらない。そうだ、この家でゲームって言ったらテレビゲームじゃないんだった」


 芽衣が苦笑いする。なんだよ、ゲームやんないのかよ。


「テレビゲームないのって、おじさんとおばさんの方針なの?」


「別に方針とかじゃなくて、おれが欲しがらなかっただけ。アナログゲームが好きなんだよ、昔から」


「そうだよね。クリスマスもサンタさんに毎年アナログゲームもらってたもんね」


 今度は微笑ましいものを見るように優しく笑った。なんだし……。


「んー、じゃあ勘太郎、アマプラで何か見てよ」


「なんでおれだよ。なんか芽衣じぶんが見たいものみろよ」


「勘太郎が見てるのを横で見たい」


「それ、どういう願望……?」


 まゆをひそめる。


「勘太郎、なんか見たいのないの?」


「うん、別に……」


 正確にはなくもないのだが、続き物のドラマとかアニメの途中の話数からになってしまうので、どういう状況かを芽衣に説明するのが面倒だ。


「ふーん、じゃあ、勘太郎の学園祭のライブでも見ようかな」


 そう言ってスマホを取り出す芽衣。テレビに動画をうつすためのアプリを起動しているらしい。


「……おれは見ないからな。なんで自分のバンドのライブなんか人と一緒に見なきゃいけないんだよ」


「えーいいじゃん。見ようよ」


「そういうこと言ってると吹奏楽部の学園祭の演奏会の写真流すよ?」


「それはまじでいやだ……」


 うげえ、と芽衣が顔をしかめた。


 芽衣は本当に学園祭の演奏会の写真を見るのを嫌がる。


 それは別に芽衣が大きなミスをしたからとか演奏会が失敗に終わったからとかではない。


 ただ、学園祭の演奏会が芽衣や赤崎の引退だったのだ。そのせいで、涙もろい芽衣は感情がたかぶりすぎて終始泣いていたのが気に入らないらしい。


『あたしの泣き顔、ほんとブサイクだから……』


『いやまあ、いい思い出になるだろ』


『そうかなあ……それにしても、笑顔の写真が一枚もないことある!?』


『そりゃあ、一回も笑ってなければ笑顔の写真は一枚もないだろ』


『正論です……』


 的な会話を以前いぜんしたことがある。


 泣いてしまうほど大事な部活の引退の瞬間なのに、見返すのがいやだというのはすごく気の毒だなあと思っていたから強く印象に残っていた。なんならなんとかしてやりたいとすら思っている。


 おれの内心などどこ吹く風で、芽衣はリモコンでアマプラを起動した。


「えーじゃあ、映画見ようかな。さっきサンタの話したからクリスマスの映画見たい……」


「そうしな」


 カチカチと映画を選ぶ芽衣の横にそっと座る。


 芽衣はやがて気になる作品を見つけたらしく、それを再生し始めた。


「ていうか、芽衣はクリスマス好きだよなあ」


「うん、大好き」


「なんで?」


「そ、それは……」


 芽衣は自分の髪を少しくしくしと触ってから、


「イルミネーションとか、綺麗じゃん」


 という。


「そんなもんかなあ」


「……うん、そんなもんだよ」 




 映画を見進めていると、さっき『勘太郎が見てるのを横で見たい』と言っていた芽衣の気持ちがわかる気がした。自分が見る作品を選んで横でそれを見られるよりこっちの方が気が楽だ。面白くなかったら、「これが見たかったの?」みたいな感じで問い詰められそうな気がしてしまう。


 ふむ、なるほどね……と思っていると、芽衣がぽしょりと、


「……今年はサンタさん来ないなあ」


 とつぶやいた。


「まあ、そうだなあ。ニューヨークにいけば本場のサンタクロースが来てくれたかもしれないのに」


「サンタさんの本場はアメリカじゃなくてフィンランドなんだけど」


 でも、ニューヨークのサンタは日本よりは本場っぽくない?


「……まあ、うちのサンタでよかったら来るかもだし。……いや、おれのところにももうしばらく来てないから分からないけど」


「あはは、そっか。……ありがと」


 芽衣が笑ってくれた。


「あのさ、勘太郎」


「ん?」


 芽衣は画面からは目をそらさず、ちょっと言いにくそうに口を開く。


「その……クリスマスになったらってもう、七海ななみちゃんとの契約も終わってる、かな?」


「まあ、多分な。終業式の方がクリスマスより先だし」


「だよね。それだったら、その……」


 また芽衣が頬を染めた、ちょうどその時。



 ガチャリと玄関で音がした。




「ただいまー!」「飲み会のビンゴ大会でSwitch当てて来たよー!」


「「まじで!?」」


 今年のサンタはかなりあわてんぼうだな……。

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