熟女エルフ奥さまのビキニアーマー着こなし不能ダンナ再起動絶倫コーデ
これで何度目の対決だろう。対峙しては引き分け、また新たな生を受ける。
刹那的に剣を抜いては際どいピンチを女エルフに救われ逃げるように束の間の生を終える。無意味な転生と死を反復する二人にどんな理由付けがあるのか。
勇者が兜を被っている。鎧甲冑を着る手が止まる。
「もう少し急いでくれないか」
女エルフの口元からもれた声は、勇者によって遮られた。
「疲れているんだ」
勇者がポツリと呟く。顔から血の気が引くのが自分でもわかる。身体が鉛のように重い。頭の芯が疼く。転生の疲労が蓄積している。
「大丈夫」
女エルフは革袋からビキニアーマー一式を取り出した。勇者にはこれを女性メンバーに着せたがる趣味があった。
勇者はやつれ果てた姿を背伸びした影法師で隠した。
日が暮れる前でよかった。こんな時間なら人通りも少ない。ここは街道の宿場町から徒歩で半日かかる寂れた砦。
女エルフであり妻のアイヴィ・カルバにアイヴィという娘がいた。単純に肖っただけでなく、カルバの接尾語は妻の里の方言で「やや」とか「控えめな」という形容詞をあらわす。つまり単なるアイヴィは「真の女傑」の意になる。
後ろにいたのはそのちいさな女騎士アイヴィであった。
「それじゃ後で。私は娘を連れて先に魔王軍の城へ行きますので」
妻はそう言って勇者(アイヴィ)の手を引いた。
「お待ちを、お母様。」
そう言ったアイヴィに、母は向き直った。
「ああ、そうする」
アイヴィはビキニアーマーの装着を手伝ってもらった。
日は傾き、月は雲に隠れ、風は凪いでいる。夜も更けてきた。
小勇者と女騎士は並走して、山の中腹に位置する洞窟に入った。
『
「この扉を出て魔王を倒したら、屋敷に帰りましょう。
私も衰えている。いつまでも魔王討伐を続けられるかわかりませんので。私の身に何かあれば、あなたが留守を守りなさい」
アイヴィ・カルバが扉の鍵を開けた。
扉は音もなく開いた。
扉は軽やかに開いた。
そこはとても広い部屋だった。
魔王城は、城というよりは『砦』。巨大な砦。高さ、長さ、それに奥行き。すべてが城と呼ぶにふさわしい、巨大なものだった。扉を潜ると、空気がとても冷たい。風が、肌を撫でる。アイヴィ・カルバの顔に影が差すのを感じた。
「……ありがとう。ごめんね」
ぽつり、とアイヴィは呟いた。魔王城は人里離れた山林の中。夜が、深い。勇者の娘は、彼女一人だ。小さな体をかがめれば、父である勇者には、到底及ばない。
「大丈夫。これは私の意志。行くべき所へ行く、それだけです。」
彼女、アイヴィは
「……ありがとうね」
彼女は顔を上げて、目を伏せた。「それでもあなたが必要なの。……あなたが私のパートナーだから」
魔王城への扉を入った。中は、広く。天井にも、床も、どこもかしこも白銀だった。
「……うん、わかった」
相手は頷き、扉に手を掛けて押し開ける。
中から白い光がまとわりつく。奥まで入った時、目を瞑った「父上、ここは……?」
アイヴィは目を開いた。そこに居る人物は、確かに威風堂々の勇者、そのものであった。キリリと鍛え上げた筋肉質にビキニアーマーが食い込んでいる。彼は胸当てのずれを気にしつつ
「洞窟」
とただそれだけいう、そこはかつて確かにそう呼ばれていた。
日は落ちた後でなお、暗闇が支配していた。夜気は重く。
「母上、ここは……?」
暗闇に、彼女は声を漏らす。「真っ白い白い部屋です」
暗闇に同化した、真っ白な部屋。
その部屋の奥には、白い光がちらつく。
アイヴィは、包み込まれた。
「ううっ、これは…」
勇者がうめく。
「あなたは何か勘違いしているのでしょうか?」
声を失う彼を横目に、女騎士は白い壁を撫でた。「あなたはこの地下のことには触れないと約束しましたからね」
白い廊下に、人の気配を感じた。白い光に包み込まれたアイヴィ。しかし、彼女は顔を上げる。
「あ、ああ」
男はただただ怯えるばかりだ。メンズ用のビキニアーマーが逆光に揺れる。
「安心して。きっと私があなたの力になります」
女は妻として彼の肩を支えた。
白い床、白い天井、白く壁。そこはアイヴィの記憶に無い部屋であった
魔方陣が空中で歯車のように絡み合って何かが外れる音がした。
母子は家長に成り代わって封印に呪文を浴びせ倒しことごとく解除した。
「では、さっそく中に入りますか」
アイヴィは、女騎士の言葉にうなずいた。
「どうして!この洞窟を中から調べるの!」
アイヴィは、アイヴィ・カルバの声を振り絞る。
「ま、まおうを…感じる」
肌も露わな男が震え声で言った。
「ええ、行きましょう。魔王の反応を」
女騎士は一家を率いて部屋を出た。
*
『…………!』
その部屋は空っぽだった。続いて父が部屋に入った。
ぼうっと魔王の肖像が浮かんでいる。ホログラムだ。不審者を畏怖させるに足る迫力だ。
「なにも感じない」
勇者が呟いた。指を這わせてみると確かな質感がある。幻影でなく実体を伴った影だ。
魔王を倒せれば、魔王は消えるのだろうか。いや、消える前に復活しないだけだ。ここに魔王がいると知っていて、彼は闖入者どもにその体に触れさせることができた。魔王の肉体は硬い。その硬さゆえの自身から、彼らにも触らせたというわけだ。
中層の最奥部まで降りて来た。宿屋で得た情報によればこの部屋が地元を脅かす元凶だという。
「魔王……?いない……?」
部屋の中央に立って、勇者はつぶやいた。
『…………? ……? …………』
カルバの唇が二やッと歪む。
彼の問いに答えてしまった。
魔王、か。
思い返せば、ずっと彼女のことを考えていた時期があった。だが、どこにいるかもわからない魔王が現れるなんておそろしく、頭が痛くなってしまう。それでも、もうあの頃には戻れていないような気がしてならなかった。
そいつが、今、妻の肉体を借りて、ここにいる。
エルフの女のまま殺気をまき散らす。バスタードソードが鞘ごとガチャガチャ揺れた。
「まあ、今の私には魔王の復活は望めない。だから、あなたに協力してもらうしかない。そういうことでどうですか、ランスロット?」
本名で呼ばれて勇者が息を吞む。
魔王復活の話は、ランスロットにエルバインに打ち明けたところだった。
「なるほど、そういうわけでしたか」
父の、大きな独り言。部屋の中にはアイヴィ。そして、魔王が憑いたアイヴィ・カルバ。
『? ……? …………』
唐突に、アイヴィは声を上げた。
「…………」
魔王の体が、再び動く。魔王が、その華奢なエルフの体のまま、しかし、力強く動き始めた。
『あ、あの……?』
沈黙してしまった。アイヴィは魔王以外の何者かが白い部屋にいることだけは、感じる。
父は何もかもが、おかしいと言うことには気づいていないらしい。
「……どうしたんですか? 父上」
『え?いや、あの、なにが……?』
「……なんでもない」
『なんでもなくはないじゃない!』
そういえば、母は昔、ランスロットとのことをよく話してくれた。
父は、いつのころからか、自分はこのような発作を起こすようになった。
魔王だの、なんだのと主張しているが、パニック発作のようなもので、憑依したように見えるだけだ。気にするな、と。
それなら納得はいくが、何かいつもとは違うような――?
魔王討伐が体力的に無理、という話はこういうことだったのか。アイヴィは落ち着き払って【テーム】の呪文を準備した。これは龍や翼竜など獰猛なモンスターを飼い馴らす手段でありバーサーク状態になった勇者にも効く。
『そ……そんなことより! とにかく、ランスロットに協力すること。協力してあげて!』
魔王と化したアイヴィ・カルバが命令する。勇者の夫婦に頼ってまで復活したいとは、どういう神経をしているのだ。アイヴィは理解に苦しむ。
「それで、解決ですか?」
小さな勇者はランスロットのへっぴり腰からバスタードソードを抜いた。
うるせえ!ぜんぶよこせ 水原麻以 @maimizuhara
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