第25話 別れのとき
「ほんと、あんたってそういうところよねぇー」
準備が済み、魔道具と魔石を荷馬車に積み終わったところで、不意にシアが呟いた。振り向くとシアは呆れたような顔をし、しかし満足げにふっと微笑んでいる。
「なんのことだ?」
「いや別に、こっちの話。まあそういう私も、あんたのそういうところが気に入ってるんだけどね。だからなにも気にしなくていいわよ」
「? ……まあいい。準備もできたし出発しよう。シアも荷台に——」
「よかった、まだ行ってねぇ!」
「もう出るところだぞ、みんな急げ!」
今まさに出発しようと手綱を持って荷台に乗りかけたときだった。後方の声と大勢の気配に気づくと、ルクスとシアは騒がしい方に顔を向ける。
そこには大急ぎでこちらにかけてくる十数人の村人たち——と、コーランの姿があった。
さすがに全員とはいかなかったようで、その後ろでは破壊された民家や村全体に散らばった瓦礫の後片づけをしている者たちが見受けられる。
当然ながら村長や重役たちの姿はない。今頃どこかに幽閉されているのだろうか。
「うっわぁ、見れば見るほど罪悪感しか湧いてこない……」
ぽつりとシアが漏らす。どうやら未だに村人たちに申し訳ないと思っているようだ。そうこうしている間に村人たちがルクスの前に到着する。
「なんだコーラン、わざわざ見送りに来てくれたのか? 父親の傍にいなくていいのか?」
「これ、もらってください!」
答えるより先にコーランは、魔石の入っている革袋と同じ大きさの、色の違うパンパンの革袋を突き出した。ルクスは言われるがまま受け取ると中を覗く。
詰め込まれていたのは大量の金貨だった。村中から搔き集めたのだろうか、その量はマルカ村の規模を考慮すれば決してポンと出せる金額ではない。
「あの、他のみんなと一緒に決めたことだから気にしなくていいです。ルクスさんとシアさんには助けてもらっただけじゃなく、迷惑もかけちゃったので。それは僕たちの気持ちです」
「なっ——こんなのもらえるわけないだろうっ。これは自分たちのために使え。だいたい俺は村に働きに来たわけじゃないんだ。金ならギルドから出るから、お前たちが出す必要ない」
普段落ち着きのあるルクスにしては珍しく興奮していた。それだけ村人たちがやっていることは非常識だったのだろう。
すると今度は村人たちがふっと破顔する。
「いいんだよ別に。俺たちに今必要なのは金じゃなくて、食うもんと家と、そして村のみんなだ。それにあんたがギルドに報告して、援助金が出るよう申請してくれんだろ?」
「お前たち……俺を信用し過ぎじゃないか?」
住民たちの安直な考えにルクスは不安を覚えた。
だが若者を筆頭に、後ろにいる全員が笑みを浮かべる。
「あんたなら絶対に約束は破らないって、そう信じられるもんを見せてくれたからな。だから頼む、それはもらってくれ。じゃないと俺たちの気が済まないんだ」
「いやでもこういうのは蓄えていた方が——」
「そこまで言うなら仕方ないわね」
ルクスが返答に困ってたじろいでいると、そんな声とともに横から伸びた手がルクスの持っている金貨の入った革袋を奪った。
「ありがとうねコーラン。大切に使わせてもらうわ」
「シアさん……」
シアは悪びれもせず革袋の口を締めると毅然とした態度で胸に抱え、笑顔でコーランにお礼を言った。コーランもつられて口元を緩める。
「おいシア」
「いいのよこれで。こうすることで向こうの罪悪感を軽くしてあげられるんだから。そのために気持ちを汲むのも大切なことよ」
ルクスがなにか言いかけると、シアはすぐに遮って小声で告げた。もっともらしい意見に納得しかけるが、それでもルクスは眉を顰めたまま沈黙する。
対するコーランを含めた村人たちは、どこか安心したような、スッキリした表情でこちらを見ていた。
そんなコーランに水を差すようで悪いと思いつつも、ルクスは気になっていたことを訪ねる。
「……父親のことは大丈夫か?」
その問いには様々な意味が含まれていた。コーランにもそれが伝わったようでわずかに目を伏せる。しかしその瞳には揺るぎない決心が宿っていた。
「大丈夫……とは言えません。このあとお父さんの処罰が決まるみたいですが……それでも僕は全部受け入れようと思います。お父さんもそれを望んでると思うから」
口ではそう言いつつも、声は震えていた。
ただでさえ母親を失って間もないというのに、これからたった一人の肉親が裁かれるのは、年端も行かない子どもには過酷な運命だった。下される判決によっては天涯孤独になるかもしれないのだ。本来なら取り乱してもおかしくない。
それでも泣き言を言わないのは両親の教育が行き届き、その両親も愛情を持ってコーランをここまで育てたという、なによりの証拠だ。
「……コーラン」
シアは金貨の入った革袋を地面に置くとそのまましゃがみ、慈しみの表情でコーランをそっと抱き寄せた。そして慰めるような優しい声音でそっと囁く。
「どんな結末が待っていようと、私たちはあなたの友達だからね。それにきっと村のみんなだって理解してくれてるはず。だってさっきも一度、みんなはあなたのお父さんと同じ道を選ぼうとしたんだから。あの瞬間は、みんなお父さんと同じ気持ちになったはずよ」
それは父の安全を決定づけるものではなかった。
だがコーランにとって大切なのは、ほんの一瞬でも誰もが父の決断に共感し、その苦悩を理解してもらうことだった。
「はい……そう、思ってくれたら……嬉しいです」
希望的観測でしかなかったシアの言葉に、コーランは子どもらしからぬ、審判のときを待つことしかできぬ諦めた者のような哀愁の漂う返事をした。
別れの挨拶を済ますと、今度こそルクスたちは荷馬車に乗る。手綱を引くと馬はすぐに歩き出し、村人たちとの距離が開いて行った。
「本当にお世話になりました! ありがとうございます!」
「帰り道に気をつけてね」
ルクスがちらりと横目で、シアがルクスの隣に来てコーランたちを見やると、数名が軽い挨拶をして送り出してくれた。
そんな中、コーランは一人静かに頭を下げたまま沈黙する。
その様子は誰よりも大人びており、年端もいかない少年の人生に、いい意味でも悪い意味でも強烈なショックを与えたことを物語っていた。
アンチゲノム・レコード 智二香苓 @57pt6mj
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