第24話 みんなの願い
「さて、俺たちは退場させてもらうぞ。あとは村の住民たちで決めてくれ。魔道具はこちらで回収しておく」
潮時を感じるとルクスは早々に踵を返した。これ以上他人である自分が村のことに深入りするわけにはいかないと。ルクスは沈黙する魔道具へと近づく。
「待ってくれ!」
まさに今ルクスが魔道具に手を伸ばしたときだった。村人の一人が声を張り上げる。
声に反応したのはルクスだけではなかった。村人のほとんどが声の方——村人の男性の方へと視線を向けている。取り乱し気味の男性にルクスは眉を顰めた。
「その魔道具。もしそれがなくなったら、またこの村はあの頃に戻るのか……?」
ルクスが口を開く前に男性は聞いた。なにかに怯える口調と、たった今問うた質問にルクスは男性の意図に気づくと、眉をピクリとさせる。
厳しい表情で睨むルクスに、男性の方も、とある行動を取ろうとする前に答えを察する。だがそれでも自分たちの命運がかかった今、怖気づくわけにはいかなかった。
男性は脱力するように膝から崩れると勢いよく両手を地面に着き、頭突きを食らわすように首を垂れて土下座をした。そして声高らかに懇願する。
「頼む、その魔道具をこの村に置いていってくれッ!」
「なっ!? お前なに言ってんだ! これがなんなのかわかってんのかよ!」
「私たちの仲間を呑んだ悪魔の道具よ!? あなたまた犠牲者を出す気なの!?」
誰よりも先に噛みついたのは同じ住民たちだった。正気の沙汰とは思えない提案に一同は声を荒げて男性を非難する。が、それより遥かに大きな怒声が場を沈めた。
「じゃあ他にどうしろってんだよ!! このまま飢えて死ねって言うのか!?」
ほとんど絶叫に近い雄叫びに一同は瞬時に口を閉ざす。厳密には、今もっとも問われるべき問題を突きつけられて、なにも言えなくなったのだ。
魔道具を手放せばもうこれ以上の犠牲を出さなくて済む。だがそれは同時に、マルカ村の住民全員が餓死で全滅することを意味していた。
「村から出ても行く当てはない。でもここにいたらいずれ畑も枯れて家畜も死んで、次は俺たちが順番に死んでいくんだぞ!? お前らそれを受け入れられるのか!?」
「うっ……。いやでも、だからって犠牲を出すのは」
「私は賛成です」
決意に満ちた澄んだ声に、村中の人々が顔を向けた。
そこには赤子を抱いた母親がいる。今も大事そうに腕の中ですぅすぅと寝息を立てる我が子を抱き締めながら、力強い真っ直ぐな眼光で周囲を見やって告げた。
「私はこの子が少しずつ苦しみながら死んでいくところを見たくありません。だからといって、私が手をかけることもできない……。もし誰かの犠牲でこの子が少しでも長く生きることができるというなら、私は喜んで次の——!」
「ギルドには」
女性が声を張り上げたときだった。それまで沈黙を守ってきたルクスが不意に喋りだす。これには女性も、そして村の全住民も顔を向けた。
「旅人からもらった魔道具が暴走したと伝えるつもりだ。魔道具関連の事故であれば、ギルドから援助金を出してもらえる法律がある」
「! で、できるのかそんなこと!? だってこの村はたくさんの人を——」
さすがの村人たちもルクスの提案に戸惑いを覚えた。
が、ルクスは白を切る。
「それは村の問題でギルドが関与してることじゃない。問題があるとすれば、その旅人とやらがどこで魔道具を入手したかくらいだ。それ以外のことは関係性がない」
「け、けど」
「言ったはずだ。あとのことは自分たちで解決しろと」
ルクスはあくまで魔道具による暴走という体裁を保つと、食い下がる声を牽制した。
村人が当惑している隙にルクスは魔道具の横に置いておいた魔石の入った革袋を掴むと、そそくさと村長宅へと踵を返す。
「魔石もこちらで回収させてもらう。俺たちは準備が整い次第出発する予定だから、そのときにこの魔道具を荷馬車に積むのを手伝ってもらえるか?」
「えっ? あ、はい!」
頼まれると、先程魔道具を村に置いてくようお願いした男性が、声を裏返しながら返事をする。ルクスは返事を聞くと早々に立ち去った。
誰もが呆然とする中、シアだけが母親然とした、素直になれない子どもに向けるような仕方ないとでも言いたげな笑みを浮かべていた。
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