第23話 村長の自白

 もう抵抗しないだろうと村長と重役の縄を解いたあと。村長から告げられた自白は、コーランが先程話した内容と同じだった。

 痩せた田畑。飢えに苦しむ住民。どうすることもできない現状。そんなある日、マルカ村を訪れた旅人から魔石と魔道具をもらい、村を飢餓から救ったこと。


「だが魔道具を使うための代償は大きかった。一つの願いを叶えるためには、一人の人間を犠牲にする必要があったんだ。願いもずっと続くわけではなかった。持続させるためには新しく生贄を捧げ続けないと、途中で効力が切れてしまうんだ」

「なっ!? じゃあこの村が豊かになったのは全部魔道具の効果ってことかよ!」

「仕方がなかったんだ。魔道具の力がないともうあとがない。だからといって一気に村人がいなくなれば大事件になる。そこで、あたかも向こうから村を去ったように見せかけるため、毎回少しずつ生贄を捧げていったんだ。以前はあんな状態だったから、ことを運ぶのは難しくなかった。だが、いざ村が豊かになるとそういうわけにもいかなくなる。この村を去る理由がなくなるからだ」


 至極当然の理由に一同は沈黙すると、村長はルクスたちを見て続ける。


「このお二方が来たのは、丁度そんなときだった」

「え。私たち?」


 突然矛先を向けられるとシアは目をパチクリさせた。村長はこれから告げることに後ろめたさを感じているのか、言いにくそうに口をもごもごさせながら白状する。


「丁度次の生贄をどう捧げようか迷っていたときだったから、罪を擦りつけるのに打ってつけだと思った。もし村で大人数が消息を絶ったと問題になったら、二人が問題を起こしたことにすればいいと……」

「だから昨日しつこく泊まってけって言ったのね。アリバイを作るために」


 説明を聞いて昨夜の出来事に得心が行くとシアは頷いた。


「そして次、またいつ好機が訪れるかもわからなかったから欲張ってしまった。魔力のストックは多い方がいいと思い、一気に14人も魔道具の犠牲にしてしまったんだ……。二人に濡れ衣を着せて処刑するときも、魔道具の犠牲にすれば16人分が確保できると」

「なっ……!?」


 自分たちも魔道具の餌食になる予定だったと聞きシアは息を呑んだ。さすがにそこまでは考えていなかったのだろう。すると村長は息を吐く。


「だが、まさかギルドの者たちだとは思わなかった。希望が絶たれたと思ったよ。思えば、お二人がコーランの案内から帰ってきたとき、雑木林の方から戻って来た時点で暗に気づいていたんだ。もしや禁足地に向かったのではないかと」

「あ」


 シアはすぐに村長の言っていることを理解すると声を出した。ルクスはやはりといった表情で昨夜のことを思い出しながら、コーランに目を向ける。


「コーラン。もしかしてそのことを知っていたから、俺たちを禁足地に——」

「いえ、禁足地に魔道具があることは僕も知りませんでした。あれは本当に偶然です」


 すぐに首を振ってコーランが否定すると、村長は続けた。


「禁足地には元々言い伝えがあったから隠すのに都合がよかった。だがバレたかもしれないとなると、そういうわけにもいかない。私はお二人を見張る必要があったから、あのあとすぐに他の者に魔道具の移動を頼んでおいたんだ。そして夜お二人が寝静まったか確認しに部屋に入ったら、姿がないではないか! すぐにコーランを起こして姿を見ていないか確認した。そして禁足地方面から戻ってくるのを見つけたときは心からホッとしたよ。移動させておいてよかったという点と、大事な容疑者候補が戻ってきてよかったという二重の意味でな」

「つまり、そのときにはもう被害者たちはすでに……」


 ルクスの発言に誰もがハッとした。指摘された村長は素直に首肯する。


「今回は大人数だったから行動を起こすのは深夜の時間帯が都合よかった。そのときお二方が現場を目撃しなかったのは偶然だが」


 と、そこで村長は一際大きく息を吐くと、安心した瞳をそっと伏せた。


「正直、捕まってホッとしている。やはり罪というのは積み重ねて行くものではない。誰かを利用するときも、そのことを隠すことも精神的に苦痛だった。本来なら、こういうことは村のみんなで決めるべきことだったのに……」


 その言葉はきっと本心だったのだろう。しでかしたことは決して許されることではないが、村長が悪人でないことはひしひしと伝わってきた。

 落ち込んでいた村長の視線がルクスたちに向く。今にも泣きだしそうな瞳には一度罪悪感が引っ込み、代わりに別の感情が宿っていた。


「私の罪を暴いてくれてありがとうございます……。なにより、コーランを救ってくれたことには本当に心から感謝しています。面目上、自分たちだけ特別扱いするわけにはいかないとコーランにも魔石を持たせましたが……正直、息子が森の中を彷徨っていたと聞いたときは気が気じゃなかったっ」


 一気に息を吐き出すように村長は告げた。それは今までの中で村長が一番感情的に自分の気持ちを吐露した瞬間だった。

 すると村長は縋りつくようにコーランを抱き締める。


「すまん、すまなかったコーラン! お父さんのせいでお母さんを死なせてしまった……自分で決めたことなのに、多くの人々を犠牲にしたのに、イルゼとお前だけは——自分の家族だけは、どうしても失いたくないと思ってしまった。決心のつけられない情けない父親で、本当にすまない……っ!」

「お、父さん……」


 今にも咽び泣きそうな勢いで縋りついて来る父親に、コーランまで泣き崩れるわけにはいかなかった。今父親を支えてあげられるのは自分だけだから。

 きっとこのあと、父は厳しく裁かれるだろう。

 最悪の場合、もう二度と感じることができなくなるかもしれない温もりを、全身を使って覚えておくために、今この瞬間をなによりも大切にするため、コーランも強く自分の父親を抱き返した。


 その様子を見ていた村人たちは、なんとも言えない表情で親子を見つめていた。

 村長が苦渋の決断を下した理由もわかる。そうしなければ村が滅んでいたことも。

 だが、決して超えてはならない一線を、村長は超えてしまった。亡くなった者は帰ってこない。当然被害に遭った村人たちもそれを許すつもりもない。

 例え、コーランが一人取り残されることになろうとも……。

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