7. 自分のために
「大聖堂に参拝者が増えるのは喜ばしいことだが、そういうことではないのだ、ウォルター司祭。教会は神の子に大聖堂を貸し与えた覚えはないと、何度言えば」
「アーロン枢機卿、お言葉ですが、我が神は何者も拒みません。大聖堂はその象徴。ここは祈りの場であり、悩める者が救いを求める場所なのですから、そういうことは是非参拝者のいないところで仰って頂けませんかね」
いつも通りのやりとりが側廊からはみ出して、会衆席の方まで聞こえてくる。
参拝者の男性はギョッとした顔をして声の方に目をやった。
「いつものことです。お気になさらず。話、続けてください」
僕は一応のフォローをしてから男性に向き直り、彼の目を見てゆっくりと話を聞く。それから僕も言葉を返して、相手が納得するまで話をしたら、次の人と交代する。
居場所のない僕とリサは、しばらく教会の厄介になることになった。これまで同様、僕は祈りの館の地下で、リサは女性用の居所を間借りしている。
それが今の状況とどう結びつくかというと、どうもオリエ修道院での会見が原因らしい。
らしい、と歯切れの悪い言い方しか出来ないのは、僕はその映像を見ていないからだ。
どう編集されて、どう伝わったのかは知らないが、翌日から大聖堂が大変なことになった。朝からひっきりなしに参拝者が現れて、神の子と話がしたいと言い寄ってきたらしい。
教会上層部は今でも僕の存在を認めていない。
僕が唯一の白い竜ドレグ・ルゴラになったという話も、上層部を怒らせた。
教義上、白い半竜の雄神である古代神レグルは、破壊と再生を司り、気高く慈悲深いとされている。それが、本来の意味から脱して、破壊竜の意味合いを多く含んでしまったドレグ・ルゴラという恐ろしい竜と同義とされてしまってはたまったものではない、という見解だ。
だのに参拝者達は何故か僕を神聖視して、是非お会いしたいと願い出てくる。
どうしようもないので、大聖堂の一角をお借りして参拝者達と話をすることになった。話したいことを話したら、満足して帰ってくれるんじゃないかと、最初はそういうつもりで引き受けたのだけど、これがどうも悪かった。
気が付くと毎朝長蛇の列が出来ていて、それが夜まで全然引かない。休憩を挟んで喋り通しで、トイレに行くのも憚られるくらいには大盛況だった。
デモ隊よりはマシだろうと、教会側もしばらくは放置していたのだけれど、列は一向に短くならない。神教騎士を呼び出して整理券を配ったり、外に椅子を用意してみたりと、色んな手を使ったようだ。
結局、時間毎に区切って整理券を配り、入り口で神教騎士がチェックして一定人数を中に案内する……という、テーマパークの入場制限みたいなやり方に落ち着いた。お陰で一般の参拝者達も遠慮せずに大聖堂を利用出来るようになったのは良かったんだけど。
「ありがとうございます。良いお話を聞かせていただきました。神の子にお会い出来たこと、感謝します」
何故かしら、参拝者達は似たような言葉で締める。
「こちらこそ。大聖堂は祈りの場です、いつでもいらしてくださいね」
……多分、この締め方が悪いんだというのは自覚している。
一ヶ月、同じことを繰り返した。
最初は誰でも彼でも話を聞こうとする僕に付き合ってくれていたリサも、途中からすっかり飽きて、最近は教会の雑務を手伝っている。
明確な敵意を持って現れるヤツも当然いる。
平均して毎日一人以上は武器を持って現れ、或いは魔法を仕掛けて僕を殺そうとする。
けれど殺意は僕に見えるし、大抵の武器や魔法は効かない。剣はへし折れる、銃は握り潰せる、魔法は発動前に止められる。
凄く……やりづらい相手だろうなと思う。
「いつまで続ける気ですか、こんなこと」
夜、最後の参拝者が居なくなった大聖堂に、ウォルターが迎えに来てくれた。
僕は何時間かぶりに立ち上がって、グイッと背伸びをする。
「続けても良いし、やめても良いし。なんで僕なんかがそんなありがたがられるのか、全然分からないけど、それで救われる人が居るなら、それで……良いかな」
「曜日を決めるとか、時間を決めるとか。とにかく私は、今のままではいけないと思いますね」
腰に手を当て、ウォルターはふぅと息をついた。
「自分が犠牲になれば良いという考え方、捨てませんか」
僕は伸ばしていた腕を戻して、ウォルターに向き直った。
「ダメかな」
「ダメですね。捨てましょう、そういう考えは」
僕は頭をボリボリ掻いて、うん……と曖昧な返事をした。
「誰かのためになっているようで、誰のためにもなりません。あの会見は十分に世界の正常化に役立ちました。暴動は止まりました。復興のため、世の中の仕組みを変えるために動き出した人達も多くいます。白い竜の脅威など、もうどこにもないのですから、貴殿は堂々と、自分のために生きるべきです」
ズキッと、胸が痛む。
自分のために。
そういうこと、言われても。
「貴殿はまだ若い。今しか出来ないこともたくさんあるはずです。前を向いてください。しがらみはなくなったのですから、貴殿はもっと自由にやりたいことを、今まで出来なかったことをやれば良いのです。――とにかく、明日からは人数と時間帯を半分以下に制限します。徐々に減らして、数日以内にこうした面談は全て中止します。良いですね」
ウォルターは怒っていた。
いや……怒っていたと言うよりは、憤っていた。
*
僕目的の参拝者の受け入れが中止されると、いきなり身体が空いた。
することがない……なんてことはないんだけれど、何をすれば良いのか、分からなかった。
「空気が抜けた風船みたい」
ガラス張りのいつもの部屋でベッドに寝転ぶ僕に、リサが言う。
監視チームは解散した。ビビワークスも撤退して、監視室にも誰もいなくなった。
儀式から先、僕の数値はかなり安定していたし、破壊衝動もなくなった。半竜の姿には戻れるけれど、力はちゃんとセーブされていて、余程のことがなければ巨大な白い竜にはならずに済みそうだった。
もうここは、ガラス張りなだけの、僕の部屋だ。
「ずっと張り詰めてたからね」
「そう言えばアナベル様は、慰問活動に精を出してらっしゃるみたいだよ」
「へぇ……そうなんだ」
「元々聖職者だし、物腰も柔らかいじゃない? 各地の教会を転々としてお忙しいみたい。大河君の会見の話も、需要があれば解説して回ってるって話」
「そっか……凄いな、アナベルは」
ごろんと寝返りを打って、リサと反対方向を向く。
ガラスの壁にリサのムッとした顔が映って見える。
「司祭も言ってたけど、やりたいこと、やればいいじゃない。だらだらしちゃってさ!」
「やりたいことなんかないよ……。死ぬつもりだったんだから」
「ほらまた! 気を抜くと直ぐ死ぬって言う!!」
「消えたかった」
「言い方変えてるだけで、一緒だからね!!」
怒られてもあんまり怒られた感じがしないのは、リサが優しいからだ。
こんな僕を放っとかないで、ちゃんと相手をしてくれる。
「塔の惨殺現場も見たし、ぶっ壊した遺跡にも、この前行った。グロリア・グレイにも会ってきた。守護竜像も回収して直して、大聖堂に戻しといた。あと……何すれば良いのか、分かんない」
頭を抱えて丸まって、僕はそのまま押し黙った。
本当は頭の隅っこにある、やりたいこと、行きたいところ……そういうの、口にしたらダメな気がして。
「今更、我慢なんかしなくていいのに」
バフッとベッドが沈んだ。リサがベッドの縁に腰掛けて、僕の髪を撫でてきた。
「帰りたいんでしょ、リアレイトに。干渉……してみればいいじゃない。干渉者なんだし」
しばらく、返事が出来なかった。
色々と考えを巡らして、リサにしばらく撫でて貰ってから、僕は「うん」と小さく返事した。
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