6. 会見

「待っていましたよ、こっちです」


 詰所に入ると、談話室の扉を開けてウォルターがおいでおいでと手を振っている。

 まるで僕が来るのを待ってたみたいだ。

 早く言ってくださいと数人の聖職者に急かされて、僕とリサは談話室に入っていった。

 室内には、教会とは無関係そうな大人が十数人程立っていて、ウォルターは一人でその人達の相手をしているようだった。


「良かった。貴殿がこちらに向かっていると本部から聞いた時は心底ホッとしました。私一人では大変でしたので」


 僕はギョッとした。

 テレビカメラや録音用の資材、照明……。

 断られるだろうからと、ウォルターは僕に悟られる前に談話室に招き入れたんだ。

 やられた。この人は本当に、聖職者らしからぬ……。


「ウォルター司祭、これって」


 僕より先にリサがウォルターに突っかかった。


「取材です、取材。塔がめちゃくちゃになったのと、市民部隊は忙しくて相手にしてくれない、騎士団長も副団長も行方不明。それで私が相手をすることになったのです。他に適任者がいないのですから、仕方ありません」

「だからって……!」


 怒りを滲ませるリサの肩をポンと叩いて、僕は「やるよ」と小さく笑った。

 取材陣の顔や資材を見渡す。フラウ工業地域のインタビューでやたらと元気の良かったノーラウェブニュースのキャスター、ノーラTVナイトニュースのロゴマークが入ったジャンパー、カメラ、日刊フラウ通信のハリルもいる。


「心配しないでいいよ、リサ。さっき空を飛んでみて、思ったんだ。みんな不安なんでしょ。でっかい白い竜が森を焼いて、天変地異が起きたみたいになって、塔で惨殺事件が起きて、組織を解体しなくちゃならないところまで追い詰められて。喋れないことが多過ぎて、だからって、みんなを不安にさせるのは良くないよ。僕が喋ってそれで事態が沈静化するなら、その方が良いと思う」


 半ば諦めたような言い方をする僕に、フラウ通信のハリルが恐る恐る声を掛けてくる。


「あ、あの。神の子、よ、よろしいのですか」

「良いよ。セッティングして。生放送にしても良いし。任せる。ただ……僕の発言を変に切り取って不安を煽るのだけはやめて。僕は平穏を望んでる。僕にとっての平穏じゃなくて、みんなにとっての平穏ね」

「わ、分かりました……」


 取材陣はこくこくとお互いの目を見合って頷いている。


「それからもう一つ。怒りの矛先は全部僕に向けて欲しい。どうか、他の誰のことも責めないで。みんな必死だったんだ。守りたいものを必死に守っただけなんだ。僕は逃げも隠れもしないから、そう言うのは全部僕に向けて欲しい。お願いね」


 前に……彼らの取材を受けてから二ヶ月半。

 僕の印象は多分だいぶ変わってしまっていると思う。

 手際よく室内のレイアウトが変更されて、照明やらマイクやらがセットされていく。記者席もしっかりと用意されて、談話室はさながら小さな会見場へと姿を変えていく。


「お手を煩わせてしまって申し訳ありません」


 ウォルターが小さな声で僕に話し掛けてくる。


「どうにかしようと思ったのですが、如何せん……このような状態です。貴殿にお話し頂けるのなら、何よりです」

「うん。大丈夫。それより、後で被害状況教えて。僕、かなりヤバかったんでしょ? ぶち切れると制御出来なくて」

「聞かない方がよろしいと思いますが」

「隠しても無駄だから。記憶探るようなこと、したくないんだ。ちゃんと話して。隠し事したら怒るからね」

「怒られるのは困りますね……。竜に狙われた子鹿の気分になってしまうので」

「鹿肉、美味いからね。――って、真面目に話してるんだから、ホント頼むよ」


 トンッと軽くウォルターの肩を叩くと、彼はニコッと口角を上げた。






 *






 記者会見は昼食を挟んで、午後に行われた。

 三時間に及ぶ、長い会見となった。

 僕はその間、聞かれたことには誠実に答えた。

 ノーラウェブニュースではリアルタイムで視聴者から質問を受け入れていて、僕はその一つ一つにも、出来るだけわかりやすく答えた。

 流れてくるコメントを拾って記者さん達が僕にフィードバックしてくれるので、それに対しても一つずつ返事をした。


「ドレグ・ルゴラはつまり、そういう意味で。だから僕のことをそう呼んでくれて全然構わない。今更実はこうでしたなんて言われたところで、定着するには時間がかかるだろうけど」


「殺したいくらい僕が憎いなら、僕を殺しに来てもいい。……死なないだろうけど。他の誰かに刃を向けてはいけない。その人は僕じゃない。君の大切な人が苦しむことになる。それは決して、良いことじゃないと思う」


「レグルを恨んではいないよ。彼は彼なりに使命を果たそうとした。僕が未熟だった。もっと強かったら、何もかも壊さずに済んだんだ」


「もし許されるなら、リアレイトに帰りたい。怖いんだ。普通じゃない僕が生きていけるのか、不安で仕方ない」


 最初は淡々と話をしてくれていた記者さん達が、次第に声を詰まらせて、目を赤くするのが見えていた。

 感動するような話をしていたわけじゃない。

 僕は僕の気持ちを正直に話して、これまで言えなかったことを少しずつ、分かりやすく話しただけだった。


 以前のインタビュー時、僕はまだ杭を二本壊したばかりで、白い竜の危険性はそれほど世間に知られていなかったわけだけど、今回は違う。

 僕は凶暴で危険な恐ろしい白い竜として、何もかも壊そうとした。

 なるべく一般人には迷惑を掛けたくなくて必死だったけれど、それでもあちこちで被害が出た。

 

 破壊竜ドレグ・ルゴラの出現によって齎された恐怖はレグルノーラ中に暴動を引き起こして、僕の力じゃどうにもならない状態になってしまった。

 これを鎮めるのに、インタビュー三時間なんて、全然足らない。どう考えたって、こんなもので赦されて良いとは思えない。

 それでも、どうにかしたかった。


「……神の子が、全部背負わなければならないなんてことは、ないと思うんですがね」

 

 日刊フラウ通信のハリルが、インタビューの途中でボソリと言った。


「結局、誰の責任でもないんですよ。神の子の責任でもない。神の責任でもない。誰かに押しつけようとするから、こういうことが起きるんです。やめましょう……こういうの。みんなで手を取り合って、生きましょうや……」


 会見の最後は、ハリルのそんな言葉が締めたようなものだった。






 *






 その夜は、オリエ修道院の世話になった。

 インタビュー後、遺体安置所になっている寄宿舎の一階で埋葬前の何人かに手を合わせた。

 薄暗くなってから墓地にも行った。新しい墓が並んでいた。花を手向けて、手を合わせた。


「回収不能の遺体に、グレッグとライナスが含まれているとみて間違いないでしょう。前線に残っていたジーク社長とノエルも、姿が見当たりません。塔の五傑だった三人、フュームとルーク、そしてシャノンも……どこかで貴殿と戦って、どこかで消えたのだと思われます」


 話を聞けば聞く程、気分は落ち込んだ。

 僕が何日も眠らずに戦えたのは、多分相当強い魔力を帯びた人間を大量に喰ったからだ。


「消えたい」


 薄暗闇に沈みかけた墓地の真ん中で、僕はボソリと呟いた。

 その向こう、視界いっぱいに広がる小麦畑には、未だ背の低い苗が均等に並んでいて、黄昏の風に吹かれてさやさやと優しい音を立てている。

 屈み込んだ僕の背中を、ウォルターがポンと叩いた。


「消えて終われるなら、消えたかった」


 いつもは『そんなこと言わないで』と止めてくるはずのリサは、僕に何も言わなかった。

 代わりにウォルターが僕の隣によいしょと屈んだ。


「生きるんですよ、タイガ。一緒に生きましょう。大丈夫、私達はずっと、あなたの味方です」


 僕はそのまま、墓地に伏した。

 声を上げて泣く僕の背中を、ウォルターは僕が落ち着くまでずっと、擦り続けてくれた。

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