6. 邪魔はさせない
人間が、もう人間に見えてない。
僕の中で人間の命の価値が凄く低くなっている。
この一瞬で、何十人かの命を奪った。罪悪感なんかない。虚無ばかりが僕を支配していく。
誰が誰なのかも判別出来なくなるくらいに損傷した遺体の山に目を落として、僕は項垂れた。
血の臭いに反応してよだれが止まらない自分が、凄く嫌だった。
この惨状が世界中に伝えられれば、もうこの塔には誰も来ないと信じたいけれど、人間の中には拗らせた正義感を振りかざして堂々と火中の栗を拾おうとしてくる奇特なヤツが存在する。
塔の魔女という、絶対に失ってはならない存在を人質に閉じ籠った僕を、ヤツらは放っておいてはくれないだろう。
それどころか、本当の事情を知る数人が止めてかかったところで、僕がこの世界のためだけに動いているなんて誰も信じてくれないはずだ。
あと何回か、こうやって人間を殺さなくちゃならないかも知れない。
アナベルには見られたくない。
必死に僕を肯定してくれる彼女を、僕は絶望に突き落とすことになる。
「あと少しなんだ。絶対に……邪魔は、させない」
自分の意思を確認するように呟いて、僕はギリリと奥歯を噛んだ。
*
全身の汚れを落とし、血の臭いを消す。
シャワーを浴びたとか着替えたとかそういうのじゃなくて、身体に付いた汚れを全部綺麗にした状態を思い描いて実行する。多分今の僕は、血と脳髄と自分の汗とよだれ、竜独特の臭いが混ざって酷い状態だろうから、アナベルに嫌われないよう、気を遣わなければならない。
展望台の桟橋に続く扉と、地上から繋がるエレベーター、階段付近にも結界を張り、誰かが近付けば容易に僕が察知出来るようにした。侵入したら殺す。容赦はしない、絶対に。
見回りついでに、防犯カメラや通信機器は手当たり次第破壊した。
普段相当数の人間が出入りするオフィスゾーンにも入り込み、パソコンから何から何まで全部ぶっ壊した。
展望台から上の部分にあるものは大抵壊したはずだ。
アナベルの部屋に戻ると、未だ彼女らは寝静まっている。彼女の執務机や壁、テーブルに置かれた機器類も全部壊した。
外部との連絡を取られるのは困るから。
例えば今ノーラウェブを見てしまえば、僕の蛮行が繰り返し再生されているはずだ。頭を吹っ飛ばす映像や、血まみれの展望台から僕がヘリコプターを睨み付けるのを見てしまったら、彼女はきっと卒倒してしまう。……儀式に、支障が出る。
シバが戻ってくるのは恐らく日没のギリギリになるだろう。それまでに……僕は儀式の邪魔をしようとする連中からアナベルと塔を守らなければならないんだ。
「……タイガ?」
リサの眠るソファの前に戻って考え事をしていたところに、ようやく眠りから覚めたアナベルが現れた。目を擦りながら現れた彼女に、「休めた?」と聞くと、こくりと小さく頷いてくる。
「運んでくれてありがとう。身支度……済ませてくる」
彼女はそう言って、部屋の奥に引っ込んだ。
塔の魔女と白い竜はいつも対極にある。汚れ役は僕の仕事だ。塔の魔女は何も知らない方がいい。
リサが寝ているところから離れたところにある別のテーブルに、簡易的な朝食を用意しておく。身支度を終えて戻ってきたアナベルは、今度は警戒することなくすんなり食事を採ってくれる。
「私だけじゃ少し多いかも。タイガもどう?」
けれど僕は首を振った。
死体の山を前に、人肉を喰らいたいのを堪えてきたばかりだ。食べるという行為の延長線でアナベルを襲ったら大変だから、僕は遠慮した。
「多いなら、消せばいい。食べたいものだけ食べてくれれば」
そんなものなの、とアナベルはキョトンとする。
「凄い力よね。普通の干渉者じゃ、ここまで出来ない。相当な魔力と想像力がなければ、味や食感まで再現出来ないもの。……タイガの力、使いようによっては、世界、救えそうなのに」
「あいつも僕も、壊す方が長けてるからね」
「レグル様は、リサをお作りになったじゃない。そして、守護竜像に命を吹き込んだ。タイガも帆船を」
「壊す方が得意なんだ」
「姿を変えるのも得意なんでしょ」
「壊す力の方が強い。……僕に傾倒するな。全部終わったら僕を殺せって言ったの、忘れたのか」
アナベルは肩を竦めた。
嫌われたくない気持ちと、嫌って欲しい気持ち。
怖がって欲しくない、怖がられたい。
僕は……変だ。
儀式と、その後。
生きるって何だ。未来……分からない。
タイガは生きたかったんだろうか。僕は……消えたい。
*
午前中に追加で二回、侵入者を殺した。
一回目はやはり桟橋から、二回目は地上からのエレベーター経由。
桟橋から侵入してきたヤツらは、最上階にいる僕らから侵入を悟られないよう、地上付近から塔の壁を這うように飛んで来たようだけれど、気配でバレバレだった。
エレベーターからの侵入者も然り。先回りしてエレベーターのドアをこじ開け、ケーブルを切断して高速で上ってきたエレベーターの箱ごと地上に落っことした。下の方でグシャッと潰れた音を聞いたから、多分全滅したのだと思う。
殺しに行く時は、アナベルに絶対僕のあとを追わないよう念押ししてから転移魔法で現場に直行した。アナベルにも解けない最強クラスの結界で進路を塞いだから、来ようとしても来れなかったはずだ。
問題が起きたのは、昼食挟んで直ぐ、最上階付近に大量のヘリコプターやエアバイクが集合していた時のこと。
塔の魔女の部屋は幾つかに分かれていて、その一つにレグルノーラを一望出来る一面ガラス張りの部屋がある。外があまりに騒がしくて、僕は行くなと言ったのに、アナベルは少し見るだけだからと制止を振り切ってしまった。……それが、マズかった。
「何……これ」
側面に大型ビジョンを積んだヘリコプターが、例の映像を流しながら滞空している。プロペラの音が大きすぎて何も聞こえないけれど、スピーカーをこちらに向けて大音量で何かを訴えている。他のヘリには巨大な横断幕や掲示板。《アナベル様を解放しろ》《神の子は悪だ》《破壊竜死すべし》
「タイガ、一体これは何……?」
アナベルの姿を確認したからか、ヘリはやたらと窓に接近していた。
凄惨な場面に、アナベルは恐怖の色を出して数歩後退った。
嫌な予感がしたから止めたのに、止めきれなかった。部屋の入り口に留まったまま、僕は動けなかった。
「見ての通りだ。僕がやった」
アナベルは困ったような顔をして僕を見ている。
「邪魔をされるわけにはいかない。これを逃したら、あと何百年先になるのか分からない。僕の精神が持たない」
「だからって殺すこと……」
「殺さなければヤツらはこのフロアまでやって来て、ドンパチやったはずだ。僕は君を守らなければならない。儀式を行うためなら、約束を守るためなら何だってやる。僕は白い竜で、君は塔の魔女だ。それ以上の理由はない」
冷淡に放った僕の言葉を、彼女はどこまで理解してくれているだろうか。
彼女はワッと声を上げて両手で顔を隠した。悲しんでいる、悲しませた、だから知られたくなかったのに。
頭を抱えて困り果てる僕の視界の端っこに、赤黒い敵意の色が見えたのはそんな時で。エアバイクに乗った男が僕目掛けて、肩に担いだバズーカ砲を向けている。その周囲には既に黄色の魔法陣が発動していて、砲弾に魔法を乗せて撃ち込もうとしているのが見て取れた。
市民部隊じゃない、多分別の、正義を騙る何かだ。
そいつから僕までの距離と、アナベルとの位置関係、ガラスが割れた時の衝撃、被害、ガラスの飛散状況……考えれば考える程最悪で、僕はこれを看過できるほど大人じゃない……!!
――――ボガァァアァアアン!!!!
爆発音と共にガラスがガタガタと激しく揺れた。
突き出した僕の腕と、ガラスの向こうで爆発した何かを交互に見て、アナベルは叫び声を上げる。
「た、タイガ!! タイガ、何てことを」
アナベルが慌てて僕の右腕を掴んだ。僕は直ぐさま左腕を突き出し、窓の向こうにいるヘリやエアバイクを次々に爆破した。
「やめてタイガ!! 人が、人が乗ってるのよ?!」
「邪魔をしようとした! 僕は君を守った!! それの何が悪いんだ。なあ、僕が全部悪いのか?!」
必死に僕を止めようとするアナベルを振り払い、僕は視界に見えたヘリやエアバイクを全部撃ち落とした。
アナベルは泣いていた。
泣いて泣いて、泣き崩れて、彼女に漂うスノウホワイトには暗い色がどんどん滲んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます