【34】唯一の白い竜
1. 全部壊せ
ニグ・ドラコの森は、炎に包まれた。
以前別の森が焼かれた時鎮火に苦労したくせに、僕は何の反省も何の躊躇もなく炎を吐いた。
レグルと呼ばれていた白い髪の男を喰って遂に唯一の白い竜と化した僕は、溢れ出す強大な力に酷く興奮し、一切の歯止めが効かなくなっていた。
この森は他の森よりも背丈の高い木が多い。大抵の竜は巨大な木々に守られるようひっそり暮らすのに、僕の巨体は木々の背丈を遥かに超え、眼下に樹海が広がるのを見下ろせる程だった。
もし神話の通りなら、この世界を構築した白い竜は僕よりもさらに巨大だった。その屍は大地となった。地中に大量の竜石が眠るのは、死に場所を求めた竜達の死骸が一箇所に纏まったのと同時に、
僕の身体は、最初からそうするつもりだったみたいに暴れまくった。
長い尾を振り回すと森が抉れた。大地を踏みしめれば地震が起こった。炎を含んだ吐息は森を焼き、咆哮は嵐を巻き起こした。
この世界で僕を止められる者がいるとしたら、そいつこそが救世主だ。
あと一つで条件が揃う。
世界の窮地を救うために現れるというそいつを目覚めさせるために、僕は恐らく竜になった。本気で世界をぶっ壊そうとする白い破壊竜に。
僕とあいつが悩んで苦しんで、結局辿り着いたのはこういう結末。
「怯むな!! 神の子を止めろ!!」
飛竜に跨った銀ジャケットの竜騎兵の一団が転移魔法で次々に現れ、僕の周辺をビュンビュン飛び回る。大量の魔法が放たれる。効かない。僕は炎を吐き出して、そいつらを撃退する。
散り散りに落ちてゆく飛竜を、緑色の光を纏った数体の巨人が両手で必死に受け止めるのが見えた。地上で誰かが魔法で生成した巨人だ。確か、そういう力を持った能力者がいた。
次から次へ様々な能力をもつ人間や竜が、僕を攻撃する。大量の銃器や爆薬までもが魔法で森に運ばれて、市民部隊が慣れた様子で次々にミサイルや爆弾を撃ち込んでくる。まるでこうなることを予め分かってたみたいに迅速に。
「躊躇するな!! 神の子を殺す気で止めるんだ!!!!」
集中攻撃を浴びせられたとして、僕には通じないことを彼らは知らない。
無駄に死人が増える。無駄に犠牲が増える。
僕はこの世界で唯一の白い竜で、神の化身で、この世界を本気で救いたいと思っていることなんて、理解される訳がない。
人間共は
装甲のような鱗は一切の攻撃を弾き、分厚い皮膚は弾丸さえ通さない。
いつだったか、人間がフィギュア程度に小さく見えた。両手で掴めば直ぐに握り潰せる状態だった。――今は、片手で簡単に握り潰せる大きさだ。
この巨体は、ここで生きていくために与えられたものじゃない。
何もかも壊すために与えられたんだ。
異端者を拒み、蔑み、呪ってきた人間と竜に、僕は今天罰を下している。
空には暗雲が立ち込め、雷鳴が轟いた。
僕の唸りや叫びが嵐を呼び起こした。
炎は瞬く間に森を焼いて、都市部にも広がっていく。
たとえばそれでたくさんの命が失われたとして、竜と人間の住処が奪われたとして、……だから何だ。
――壊せ、全部壊せ。
僕の意識とは違うところで何かが激しく訴える。
これはもう、僕という個体の意識じゃない。
とてつもなく大きな何かが、白い竜の巨体を動かしてるんだ。
壊されたくなかったら、僕を止めろ。
レグルノーラに全てを捧げ、その身を擲つ覚悟で僕を止めに来い……!!
「――――――――たぁあぁぁいぃぃぃぃ……がぁああああああ!!!!」
自分の目線よりも高いところから声が聞こえて、僕は思わず空を仰ぎ見た。
そいつは曇天を裂くような目映く青白い光を身に纏い、僕の真上に急降下した。
「待たせたな、大河!! 私が……止めてやる……!!!!」
ぞわりと悪寒が走る。
それは、僕が待ち焦がれた――、
「グォォオォォオオオオオ……!!!!」
興奮のあまり雄叫びを上げると、激しく空気が振動した。
揺れが波のように樹海を伝播して、炎と共に葉や枝が高く舞い上がった。
「……ぐあッ!!」
風圧で飛ばされそうになりながらも、シバは空中で必死に体勢を維持して巨大な魔法陣を展開させた。青色の魔法陣。細かく神経質な彼の資質を体現したようなそれは、僕の眼前で眩い光を放ち始めた。
「正気に戻れ、大河!! これは本当にお前が望んだ未来なのか?! 破壊竜に身をやつして、それで世界が救えるとでも思っているのか??!!」
後ろで一括りにした金髪を振り乱し、声を振り絞って、シバはタイガに訴える。
「約束を……儀式を行って世界を救うんじゃなかったのか?! 来澄を殺してどうする気だ……!! 何もかも、自分の手でめちゃくちゃにするのか!!!!」
浮遊魔法で上空にとどまりながら、シバは魔法を発動させた。得意属性は水魔法。僕と真逆。それで僕を……止められるとでも、思っているのか――――?!
激しく吹き荒れる風と共に、大量の水が砲弾のように塊で白い竜の身体に打ち付けられる。
人間共の放つ砲弾とは違って、シバの操る水の量はその数十倍。僕の拳よりも大きな水の塊が容赦なく繰り返し打ち付けられると、流石に足元がよろめいて数歩後退った。
「効いてる!! リサ、次だ!! 頼んだぞ……!!」
「任せて!!」
――リサ。
竜石で出来た少女の名前だ。
姿は見えないのに、どうして声が……?!
「大河君、聞こえる?」
頭を左右に振る。確かに、近くで声が。
「きゃあっ!! そ、そんなに激しく動かないでってば!!」
ど、どこだ。
「えへへ……。小さくて分かんないでしょ。シバ様と一緒にさっき転移魔法で飛んできたの。大河君の頭の上。君の角のどこかに掴まってる。振り落とされないよう、鱗と角に工具引っかけてきっちり固定してるから安心して」
慌てて頭部に手を伸ばそうとしたけれど、竜化した僕の腕はそういう仕様になってない。頭を上下させて必死に振り落とそうとしたが、その動きすら、僕の巨体を無駄に揺らすばかりだった。
「大河君!! 動かないでって言ったのに……! 私達、敵じゃないよ。君を助けに来たの」
リサは慌てる様子もなく、声の調子も穏やかだった。
シバの水責めで荒くなった息を整えている間に、彼女は僕の耳に相当近い場所から声を掛けてくる。
「ごめんね。直ぐに駆けつけられなくて。――君が、君でなくなってくのを見るの、本当に辛い……。あんなに世界を救おうとして頑張ってたのに、君に与えられた運命がこんなことなのだとしたら、君は辛くて心を壊してしまうのも無理ないと思うんだ。君が……自分の意思で壊してるのかどうか分からないけど、みんな君を救いたがってる。君を苦しめたのは私達。追い詰めたのも私達。誰かに守って貰うのが当たり前だとか、誰かに押しつければ良いとか、そういう甘い考えがこの事態を引き起こしたんだと思う。だから……今度は私達の出番だよ。――君を、救う」
何を言わんとしているのか、僕には分からなかった。
救う……? 誰を。
僕を救おうとしてるのか? 何もかもめちゃめちゃにぶっ壊すしか能のない、白い竜である僕を――?
「手始めに君の力、吸い取らせて貰うから!! ――シバ様!! 次の魔法、撃って!!」
「承知した!! リサ、防御も忘れるな!!!!」
「はい!! 善処します……!!」
リサが僕の見えないところで何かを始めた。
魔法だと気付いたのは、空気の流れが変わったからだ。
何が起きているのか分からず、必死にリサの動きを探る僕。
未だ宙にとどまるシバは、青と銀の光を纏った魔法陣を展開させている。――魔法陣に、氷結、の文字。
凍らせる気か。凍らされて、堪るか――!!
僕は大きく息を吸い込み、シバ目掛けて炎を吐いた。シバは直ぐさま魔法陣を発動させ、氷結魔法を撃ち込んでくる。
僕の炎とシバの氷が拮抗し、周囲が蒸気で満たされていく……!!
「お前の炎、私が全部、凍らせてやる……!!!!」
人間のクセに、シバは一歩も引かなかった。僕の炎を全部受け止めて、その上で凄まじい勢いで魔法を撃ってくる。
「リサ!! 遠慮せずもっと吸い取れ!! そして私に、大河の魔力を寄越せ!!!!」
――竜石の……!!!!
そういうことか。
竜石で作られたリサは、竜である僕の力を吸い取る。そして体内で変換し、別の魔法を発動させる。
僕の白い竜の力を利用してシバに魔力を供給すれば、永久機関みたいになって僕を攻撃し続けるのが可能になる。
……シバが、壊れるぞ?
確かにあいつが認める、予備的存在ではあるけれど。
生身の人間が、竜と同等に戦える程の魔法を放ち続けたらどうなるか。
吐き続けていた炎を、僕は一瞬引っ込めた。
シバは激痛に耐えるようにして魔法を撃ち続けている。
こんな戦い方、有り得ない。絶対おかしい。
何でそんなに必死になれるんだ。
相手は自分より巨大で凶暴で凶悪な白い竜なのに。
人間共が束になってかかっても、一切怯まなかった竜なのに。
「大河ぁッ!! 目を、覚ませぇぇ――ッ!!!!」
一瞬の気の迷いが、全てを狂わせる。
強烈な氷の嵐が、僕の全身を凄まじい勢いで殴りつけた。凍っていく。体温が急激に下がった。――身体が、縮み始める。明らかに小さく……。
「シバ様!! 効いてます!!」
「元の大きさに戻るまで続ける!! リサ、死ぬなよ……!!!!」
ヤバい、力が、入らな――……
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