10. 贈り物
罪悪感に殺されそうだった。
全てゼンの仕業にしてしまった。
彼は心の中でゼンに謝り続けた。
『世界で一番悪いのは俺だ。この世界を壊すのも俺だ。――ゼンじゃない。ゼン はもう、全てを赦したんだ……!!』
ゼンはその度に『大丈夫だ、案ずるな』と言う。
『私はお前でお前は私なのだから、お前の罪は私の罪だ』
血だらけのままウォルターの前に現れ、自ら幽閉を願い出たのも、そうすると決めていたから。芝居は上手くいった。誰一人彼の狂気に気付かない。それがまた、彼を追い詰めた。
かつての熾烈な戦いの中で、彼は孤独な白い竜の記憶を覗き見た。倒すのではなく救う道しかないと、彼は悟った。
同化は……ある種の賭けだった。
この世界から破壊竜を消し去るにはそれしかないと信じていた。
同化ののち、確かに破壊竜ドレグ•ルゴラはその邪悪さを失い、神の化身たる美しい白い竜の姿を取り戻した。しかし、それによって世界を構成する三つが失われることになるなんて、彼には知る由もなかったのだ。
『――なぁ、ゼン。最後まで、俺が俺で居られるように……少し、力を貸してもらえるかな。最後の最後、大河が俺を殺しにくる時までギリギリ意識が持ったら、それで良いからさ。頼むぜ』
『……分かった。大河が約束を果たしてくれるならば、私も力を貸そう』
幽閉されたのは、好都合だった。
危険な白い竜として隔離されたことで、誰の目を気にすることもなく自由に動けるようになったなど、誰が思おうか。
人間達は完璧に彼を封じたと信じ、安堵しているようだったが、千年以上も生き続ける彼にとっては、まるで意味がなかった。
『この程度の魔法で私を封じられると思ったのか……。愚かしいな』
竜石に囲まれた神殿内部、地下の祭壇には、世界を創造したとされる半竜神のモチーフが彫られている。
封印などされなくても、彼は彼なりに力を封じることが出来ていた。
暴走するなど有り得るはずもなかった。
『この後はほぼ芝山頼みになる。彼の正義を祈るしかない。白い竜には……、孤独な白い竜には無償の愛が必要だ。どうか、大河を愛してくれたら……』
目下、問題なのは大河だ。
予定外の潜在能力は、彼でさえ封じるのがやっと。本来ならば、そばにいて力の使い方を教えてやりたいのに、それが出来ないのがもどかしい。
『恐らくは私より強大な力を秘めた大河は、きっと私とは違う理由で苦しみ続けるはずだ。どうにかして、あの強過ぎる力を制御しなければ、芝山がどんなに愛情を注いでも、破壊竜になってしまうかも知れない。それだけは避けなければ』
光も差さない真っ暗闇の中で、彼は遠い地に置き去りにした息子の身を案じていた。
魔法を使い過ぎて魔力が減少していたのは事実だった。
リアレイトへの干渉がままならなくなったのは、恐らくそれが原因かと思われる。
回復させるにはそれ相応の時間が必要になる。身体を癒やして魔力が元に戻るまでの間、彼はじっと神殿内部にとどまり続けることにした。
干渉自体、相当の魔力を消費する。魔力を消費し続ければ、ゼンとの同化は更に進み、凌としての意識が完全に消えてしまうことにも繋がる。ただ、凌の身体をリアレイトで実体化することは難しいが、意識を飛ばして知りたい情報を得るくらいならばどうにかなった。
彼は神殿の中から密かに、リアレイトの大河の様子を見守った。
全てを忘れているはずの大河が、なかなか哲弥を父と呼ばないことにやきもきし、少しずつ成長して出来ることが増えていく度に、実体化出来ない身体で大河を抱き締めようとした。
大河は順調に大きくなった。
全てを封じ込めたはずなのに、それでも相手の心の色は見える、記憶は見えてしまうという特性を残したまま。
グロリア・グレイの洞穴にこっそりと出入りするようになったのは、幽閉ののち数年が経過した頃から。
『
突然洞穴の中に現れた彼に、グロリア・グレイは酷く困惑していた。
『幽閉などされてはいない。そう思わせておいたほうが、人間達は静かに暮らせると思ったまで。私の存在は、誰も歓迎しない』
力を押し込め寂しげに立つ彼を、グロリア・グレイはどうやら、あの森で共に過ごした白い髪の少年と重ねたようだ。
『我は歓迎するぞ。……レグル、だったな。ようやく
目を潤ませ、彼女は彼を快く迎え入れた。
彼が洞穴を訪れた目的は、竜石。相談したいことがあると、彼はグレイに打ち明けた。
『私の息子、大河の力を……制御してやりたい』
大河の、他人の心を垣間見る特性は強くなるばかりだった。人とは違う特性に大河が追い詰められることが多くなったのを、彼は見ていたのだ。
『なるほど。竜石は確かに力を蓄えたり放出させたりする。魔法を持続させる効果もある。使い方次第で、
『場所を貸して貰えるだろうか。それから知恵も』
『構わん。我もまた、時間を持て余しておるのでな』
グロリア・グレイと彼との日々は、こうして始まった。
普通の大きさの竜石で大河の力を調整するのは難しい。
例えば彼が金色竜と同化して戦っていた時分は、指先程の大きさの竜石で力をコントロールしていた。しかしそれは力の弱い金色竜だからこそ、それで済んでいたということ。
大河は、彼の魔力が底をついてしまうくらいの魔力をあの小さな身体に秘めている。
『私の魔法の効果が切れた後も、誰かが大河の力を制御し続けなくてはならない。竜石の力を借りるにしても、相当量の石が必要になるだろう。問題は、そんな大量の竜石をどう持ち運ぶか、だ……』
『竜石製の装飾具を大量に身に付けるという訳にはいかんのか? 防具に加工して、常に身に付けさせる、というのは?』
『……それでは普通に暮らせない。なるべく大河の自由を奪わないような方法を探りたい』
『つまりアレか?
グレイは呆れたようにため息をついている。
それでも……譲歩出来ない理由が、彼にはあった。
『私はいずれ大河に殺されなければならない。私が死んでも大河が自分の力に苦しまないようにしてやりたい。私は、他に何もしてやれない……』
何もかも奪ったくせに。
悲惨な結末しか用意出来ないくせに。
彼は目を細め、静かに笑うのだった。
グロリア・グレイの洞穴には頻繁に竜達が出入りした。
彼の正体を知らない竜達は、竜石の掘削をする彼を率先して手伝い、彼と会話を交わす。
白い半竜である彼を、初めこそ竜達は怖がった。が、グレイが彼を受け入れていること、敵意も悪意もなく接してくれることを知ると、徐々に竜達の警戒は解けていった。
彼は穏やかで、いつも寂しげだった。
自分のことを語ろうとしない彼が、唯一竜達に教えたのは、『息子への贈り物を作っている』ということだけ。
何も知らない竜達は、孤独で寡黙な白い半竜を、次第に手伝うようになっていった。
竜石の加工には時間がかかる。
掘削は勿論だが、一番大変なのは加工すること。硬く、思うように削れない。
彼は白い法衣を脱ぎ捨て、長く白い髪を一括りにして汗を垂らしながら、黙々とノミで竜石を削り続けた。
『魔法で削ってしまえば良いものを』
グロリア・グレイが言うと、彼は首を横に振った。
『竜石に余計な魔法を浴びせたくない。幸い私にはたっぷり時間がある。最後の最後、仕上げに大事な魔法を掛けるまで、こうしてゆっくりと削ろうと思っている』
『そこまで大事な息子ならば、こんなことをせずに会いに行ってやれば良かろう?』
『……いや、ダメだ。私は恐ろしい存在でなければならない。大河は私を殺したいくらいに憎まなければならないのだ。私は大河にとって、忌むべき存在。母親を殺し、記憶と力を奪った悪者でなければならない』
――そうして五年以上の月日が流れた。
もうすぐ完成かと思っていたところに、神の子騒動が勃発する。
かつての救世主・凌とよく似た気配を持つ干渉者が、レグルノーラに干渉を始めた、というものだった。
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