7. 白い竜を倒すには
『ごめん、ゼン。また……嫌な思いをさせる』
『大丈夫だ、気にするな凌。嫌われるのは慣れている。そんなことより、その方法で成功するのか?』
『成功させる。絶対に。悪役は俺が引き受けるから、お前は表に出てくんなよ?』
『何故だ。私の方が自然に悪役を演じられるが?』
『……じゃあ、すんげぇ悪者演じなきゃなんない時は頼むわ』
『了解した』
『人間達はお前を未だ警戒してる。それを利用させて貰う形になるから、多分お前に対しての暴言も口にしなくちゃならないし、ヤバそうなことは全部お前のせいにしてごまかすことになる。それも、分かって欲しい』
『ああ、勿論だとも』
『レグルの時も、基本同じようなスタンスで動くってことで頼むぜ』
『――すまない、凌。塔の魔女すら覚えているか分からないような約束のために、お前は何もかも失うことになる』
『何もかも失ってんのはお前だ、ゼン。俺はお前の苦しみの原因をどうにか取っ払ってやりたいんだよ』
『だとして、血塗られた道を自ら選ぶ必要は』
『ここで迷ったら、あと何百年先になるかも分からない。終わらせようぜ、俺達で。この……理不尽な地獄の連鎖を』
相手が超弩級のクズ野郎なら、貶しても罪悪感なんて感じないはずだ。
古代神レグルと同じ姿をしていながらも、中身は破壊竜。同化した救世主の意識を徐々に乗っ取って、世界を再び地獄へ突き落とそうとしているらしいと噂を立てる。
『愚かな人間共は、未だ私を信じない。壊そうと思えばいつでも壊せるのをじっと耐えているのが分からないのか』
美しい姿をしていても、中身が中身だと揶揄されるのはいつものこと。
本当はとっくにそういうのは許容していて、言われたところで何とも思っていないのに、苛々する振りをした。
『れ、レグル様。何を仰って……』
誰かに聞かれているのを知っていて、わざと暴言を吐く。
噂は一人歩きし、塔の魔女の耳にも届く。
ローラは自室に彼を呼んで、厳しい目を向けた。
『あなたは誰?』
彼は無表情で彼女を見つめ返す。
『誰だと思う?』
『質問に質問で返さないで。全てを赦したと聞いていたけど、ドレグ・ルゴラはまだあなたの中で燻っていて、世界をめちゃくちゃにしようとしてるってことなの……?』
『だとしたら?』
『あなたを、倒すしかなくなる。世界を救ったあなたを、今度は私達が倒すしかなくなってしまう。そんなことは絶対』
『絶対に、倒せない。お前達に私は倒せない。弱過ぎる。私が竜の姿になれば、誰にも私を止められない』
怒りと恐怖で、ローラは震えだした。
彼は目を細めて、ゆっくり口角を上げた。
『救世主にも私は止められなかった。だから同化して内側から止めようとした。だがそれもまた無駄だった。白い竜を倒すには、白い竜を用いるほかない』
綺麗な姿をした最低最悪のクズを演じる。
相手が自然とレグルを怪しむように。
いずれ何の疑いもなく、レグルを悪だと思い込むように。
『もっと時間があれば良いのに。凌と居られる時間、どんどん減ってく』
目に見えて干渉出来る時間が短くなると、美桜に焦りが見えてくる。
日中帯にはどうにか干渉出来ていても、夜になると集中力が切れてレグルノーラに戻ってしまう。同棲しているからと言って、いつでも一緒に居られるわけではないのを、彼女はとても残念がった。
『仕方ないだろ。俺の意識はそのうち消える。分かってたことだし』
『そう……なんだけど』
両家への挨拶も済ませ、籍を入れた。挙式はしなかった。
『普通の生活に憧れてたのに、全然上手く行かないね、私達』
『普通に大学行って、普通に就職したじゃん』
『結婚して……子ども、二人とか三人とか産んで、おじいちゃんおばあちゃんになるまで凌と一緒に過ごすのが夢だった。無理でしょ、そんなの』
『俺の意識、そんなに持たないよ』
『せめて子どもくらい……欲しいって思うの、我が儘かな』
彼はゆっくりと美桜に目を向けた。
『我が儘じゃない。けど、俺が居なくなったら一人で育てられる?』
『そ、それは……』
『伯父さんに助けて貰う? 芝山とか怜依奈に手伝って貰うって手もあるぜ? 一人で抱え込むのは大変だろ?』
『お、伯父さんにはこれ以上頼れない。芝山君や怜依奈になら……頼めるかも』
『じゃあそうしよう。それとなく、話しておかなくちゃな』
『うん』
大聖堂には毎日のように通った。
ウォルターとの会話も楽しみだったが、もうひとつ、用事があった。
――教会の動きを探る。市民生活に根ざす拠り所として広く慕われる一方で、市民生活を脅かす者と戦う神教騎士団はこれまで、レグルに対し強硬的な態度を取ってきた。塔が主催したイベントにも彼の動きを牽制する目的で騎士団員を派遣した。その数は時に塔の用意した警備よりも多いことさえあった。
神の化身などと塔は彼を持て囃したが、それが教会の怒りに触れた。
だから教会は彼を拒んだ。それでも構いなしに大聖堂に現れるレグルを、教会は快くは思っていなかった。
『全く……何を考えているのか。子どもが出来た、そんなこと許されますか? リチャード教皇、我々も早急に追加で声明を出すべきです。塔は“次代の救世主の誕生だ”などと訳の分からぬ言い方をして彼奴らの愚行を賞賛しているのですよ……?』
『アーロン司教、そう焦るでない。我々が声明を出せば世間は混乱するだろう。到底あの偽神の存在は気に食わないが、それは私個人の問題。これから生まれてくる子どもにも罪はない。それに、あの者が神の化身だともそうでないとも言えぬと、そういう判断に落ち着いたではないか』
『しかし教皇、このままでは白い竜がもう一匹――』
『もう一匹増えると、不都合か』
彼は教皇の執務室に現れていた。
アーロン司教とリチャード教皇は、彼の声で初めてその存在に気が付き、ウワッと声を上げた。
『神聖な教会を、貴様、よくもウロチョロと……』
『身構える必要はない。私は大聖堂の雰囲気が好きだ。教会で暴れたりはしない』
両手を挙げて敵意がないと示すが、それでも司教と教皇は警戒を解かなかった。
『我が神を冒涜する輩め! 誰が貴様の言い分に耳を傾けるか!!』
『私は最初から神を冒涜などしていない。人間共が勝手に私をそう呼ぶのだ』
『そのような姿をしておいて、よくもそうしらばっくれて……』
『残念ながら、アーロン司教、私は何かに化けているわけではない。これが私本来の姿。……いや、本来は白い竜だが、竜人化した時は常にこのような姿をしていたはずだ』
『知らんな』
『知るはずもない、もう何百年も前の話』
アーロン司教は聖魔法を発動させようと、必死に魔法陣を展開させている。
白い半竜の男を撃てと、魔法陣にはそう刻まれているのが見えた。だからどうしたと彼は思う。
『教義を……拡大解釈した愚か者共が、暴動を起こしていると聞いた。古代神教会が一体、何をどう触れ回っているのかと思って訪ねてきたのだ。私の存在がそんなにも疎ましいか』
司教の魔法が発動し、大量の銀の矢が彼の全身に降り注ぐ……!
だが、矢は全て彼を突き抜け、そのまま地面や壁へと突き刺さった。
『せ、聖魔法が効かない?! 馬鹿なッ?!』
『私が悪しき存在ではないという証拠であろう?』
彼は屈んで、床に突き刺さった矢を一本引き抜き、片手でバキッと二つに折った。
『白い竜を倒すには、白い竜を用いるほかない。これから私の子が生まれる。その子も恐らく白い竜となるだろう。頭を働かせろ。何が最善か、よく考えた上で行動するんだな』
司教と教皇はハッとして息を呑んだ。
――種は撒いた。
あとは教会側がどう受け取るか、だ。
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