10. 戦闘開始
僕は、僕のことが世界で一番嫌いだった。
人間じゃない癖に未練がましく人間の振りをして過ごしてて、力だけは化け物級なのに全然使いこなせなくて暴走してばかりで、支えてくれる人達に感謝どころか危害を加えてばかりいる。恐ろしい白い竜はこの世に存在すべきじゃない、早く消えてしまわなければと……それは今でも変わらないけど、そうやって自分を追い込んで、否定し続けた。
けれど白い竜ってやつは、神の化身で、破壊と再生、両方の力を持たされた特別な存在でもあって……。約束を、果たさなくちゃならない。塔の魔女との大切な約束だ。何もかも終わらせるための、約束。
逃げてばかりじゃ、駄目なんだ。
受け止めなくちゃ。
僕自身がこの世界のために、徹底的に……非情に、ならなくちゃ。
「……行くよ」
僕はボソリと呟いて、それから思い切り息を吐いた。
……炎が、口から漏れた。
感情を消せ。
心を凍らせろ。
相手は動く石像だ。
躊躇なく壊せ。臆するな。迷うな……！！
「……全部、僕が」
身体の中心部から、力を全部外側に向けて。これ以上竜化しないよう、理性を保ちつつ、一気に魔力を……放出する！！
「ぶっ壊してやる……！！」
ブワッと風が僕の中から吹き出して、砂埃が高く舞った。――それが、合図。
ギュッと砂を踏み込む大きな音があちこちから聞こえたかと思うと、砂埃の向こう側で
「フンッ！！」
地面に向かって一気に振り下ろされるのが見えた。
ドオッと重々しい音と振動。同時に、砂の底からゴゴゴと音を立てて巨大な岩が急速に迫り出してきた。砂埃を上げながら、岩の塊が徐々に高さを増して僕に迫ってくる。
「効くかよ！」
僕は両手を突き出し、シールド魔法で岩を食い止めた。弾かれた岩は垂直に伸びて壁になり、更に上へ伸びていく。――と、頭上に気配を感じ、空を見上げる。
「ガラ空きだ！！」
炎を纏った大剣を握り締め、ルベールが空高く飛び上がって、僕を真上から狙っていた。
具現化能力、守護竜にもあったのか！ 不意を突かれた。
「クソッ！！」
剣には剣を。僕も負けじと巨大な剣を具現化させ、ルベールを迎え撃つ。
――ガキンッと、金属がぶつかり合う鈍い音。ルベールの全体重が剣に乗り、僕の身体は思い切り砂に沈んだ。手に痺れを感じる。が、怯んでる場合じゃない。ルベールに対抗して、僕も剣に炎を纏わせる。
「相手の属性を考えて攻撃しろ！」
「考えてるよ。ルベールより強い火力を出せば良いんだろ……？」
炎を纏った二つの剣が、何度も視界の中で交差した。剣を振るう度に、僕らはどんどん火力を上げた。僕の吐く息と僕自身から出た炎、ルベールの炎が混ざり合い、渦となって辺りの空気を熱し始める。
剣と剣とがぶつかり合い、弾かれ、そしてまた向かって息を繰り返す。垂直に築かれたニグ・ドラコの岩壁は、僕らが足場にしたり、或いはぶつかったりして徐々に崩れ、終いには只の瓦礫になった。
ニグ・ドラコは壁が崩れていく度に地面を打ち、地面のあちこちを壁状に隆起させる。僕とルベールはそれらをビュンビュン飛び越えては剣を交え、踏みつけては崩しまくった。
ルベールの森で戦っていた時みたいに周辺に木々があったらこんな戦い方はしなかった。砂漠に飛んで貰って正解だ。何かが巻き込まれるような環境じゃ、僕が本気を出せないのを彼らは良く知ってるから。
「うるぁあぁああっ！！！！」
ルベールの剣を叩き落とす。咄嗟にルベールは僕の眼前に手のひらを向けた。爆発系魔法でも放つつもりか？ ルベールの手の中心に魔力が集中していくのを、僕は鼻で笑った。効く訳がない。意味がない、そんなもの。
丸腰になったルベールを叩き斬るつもりで、僕は剣を高く掲げ――……。
「今だ！」
ルベールの声が先か、背後に大きな何かの気配を感じたのが先か。
振り向き、僕はウッと息を呑んだ。
「水竜……」
水で出来た巨大な竜が、巨大な口を開けて僕を見下ろしている。これ、僕がルベールと戦った時にやった、水蛇のと同じ……いや、それ以上。
一瞬気を緩めた、その瞬間に、僕の身体は水竜に全部呑み込まれた。
「うぐぁっ……！！」
突然プールに沈められたみたいに息が出来なくなる。
加えて水は凍るように冷たくて、燃え盛っていた身体を急激に冷やしていった。
温度差に、身体の動きが鈍くなる。ルベールよりも更に高い火力を出していたはずなのに、こんなに一気に温度を下げられるなんて、凄まじい魔力だ。
右手に剣を握り締めたまま、 僕は息を止めて水中からの脱出方法を考える。
水の向こう、既にルベールは僕から離れている。水の竜を操るエルーレの姿が視界に入り、やはり術者を攻撃するのが手っ取り早いんじゃと考えていたところに。
「喰らえ、神の子！！」
バチバチバチッと激しい破裂音。そして目も眩むような光が、視界全部を包み込む――！！
「ぐああぁあぁああっ……！！！！」
雷撃だ！！
水を伝って全身に電流が流れ、僕は思わず溜めていた空気を全部吐き出してしまう。
息が……続かない。苦しい、思った直後に再び雷撃。連続で繰り出される雷撃は骨まで届き、僕を存分に痺れさせた。
フラウだ。フラウの雷撃。砂漠の時は全く手の内を見せずに僕に魔物を殺せとだけ命じたフラウの属性は光で、得意魔法が雷系。水と雷、最悪の組み合わせ。けど……こんな所で足止めされるわけにはいかない……！！
「負けるかぁああぁっ！！！！」
魔力を高め、一気に放出する！
エルーレの水竜を内側から砕いて脱出し、僕の中を何度も駆け巡ったフラウの電流と、ありったけの魔力を剣に全部集めて思い切りぶん回した。
「でやぁあぁあっ！！」
砂嵐が巻き起こり、砕いた岩がゴロゴロと転がり、浮き上がる。それらに砂が何度もぶつかり合って、嵐の中に電流が走る。
バチバチと激しい音がして、それだけで普通なら近付くのを躊躇するはずなのに。
「その程度か、神の子！」
嵐を抜け、再びルベールが迫る。
今度は魔法攻撃。大量の石の
「んなもの、全部止めてやるよ……！！」
礫の一つ一つを砕くよう、右手を突き出し、爆発系の魔法を放ち続けた。ルベールの礫が尽きるのが先か、僕の集中力が途切れるのが先か。――いや、こんなのに付き合ってる場合じゃない。こうしている間にも、残り三体が次の魔法を。
――にわかに、地面が光り出す。魔法陣だ。
しまった。ルベールの魔法に気を取られてまた気付くのが遅れた。
「神の子、視界が狭いですわよ。もっと視野を広くなさい。」
エルーレの言葉に、僕は息を詰まらせる。
青と銀、二つの色が絡み合うように光り、魔法陣の内側が全部水に変わって、僕は足を取られ、またドボンと水に沈んだ。
「うわぁっ！」
透明になった水の向こうにリアレイトの街が見える。魔法陣は湖に繋がってたのか？！ マズい！ また電撃なんか喰らったら！
慌てて這い出そうとすると、視界に数体の人魚が現れ、僕の周りをグルグルと泳ぎ始めた。
湖に……人魚？ あそこには生き物なんか生息していなかったはず。だって、僕が浄化する直前まで、あそこはヘドロだらけで……。
「……ッ！！」
ボゴッと口から大量に空気が漏れ出た。
顔が……ない。人魚達には顔がなかった。生き物じゃなくて、まさか魔法？！
「そう。彼女達はわたくしの魔法によって作られた魔法生物」
人魚の向こうに、水竜エルーレの美しい姿が見えた。
エルーレは長い尾をくねらせ、水中が一番気持ち良いみたいに清々しい顔をして僕を見ていた。
「人魚達は人間の血肉が大好物なの。神の子、あなたにも分かるでしょう？ とっても美味しくて、中毒性があるってことも」
……嫌な、予感がした。
息を止め、水を伝って聞こえてくるエルーレの声に集中しているうちに、何かが横を通り過ぎて、ザクッと僕の右腕を傷付けた。
血が……湖の中に広がっていく。
慌てて左手で傷を抑えたけれど、全く意味がない。じわじわと、指の隙間から血が滲み出ているのが見えた。
「わたくしを倒すまで、人魚は無限に増えていく。神の子、人魚に食べられないよう、せいぜい逃げて、倒しまくって、わたくしを倒してご覧なさい」
人魚達は一斉に僕に顔を向けた。何もなかった顔の中に、耳まで裂けた大きな口が現れた。長い舌と、鮫みたいな鋭い歯。
指先には尖った爪、よく見ると鰭にも大量にトゲがある。
殺される前に、殺せってこと。
自由の利かない水中で、僕は圧倒的不利な状態で、エルーレに追い詰められていた。
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