4. 何でもお見通し
三十分程すると、ウォルターは抱えきれないくらいの揚げパンとドーナッツを持ってきてくれた。ベッドテーブルの上に置かれた瞬間、甘い香りと油の匂いによだれが止まらなくなって、僕は夢中で頬張った。
「お店の人に驚かれましたよ。全部買い占めましたから、好きなだけお上がりください」
「美味い。ありがとう。ここんところ、まともなもの、あまり食べてなくて。助かる」
揚げパンの中身はチーズカレー風味とトマトソース風味で、外側のカリカリとした衣ともっちりなパンとの相性が堪らない。もっと味わって食えば良いのに、腹が減り過ぎて抑えきれなくて、次から次へと口に放り込んでいく。
白い半竜姿の化け物がパクパク揚げパンを食べている様子は滑稽に違いなかったけど、僕はもう腹が空きすぎて、相手の目なんか気にせずに、どんどん食べ進めた。
「食べ物、どうしてたの?」とリサ。
「具現化魔法で生成してた。思い浮かべるだけで出てくるんだ。コーラ飲みたいって思うと、ほら、もう手の中にある」
リサとウォルターは僕の白い手に握られたコーラのペットボトルに目を白黒させた。
「ぐ、具現化のスピードも精度も上がってる。普通の干渉者のレベルじゃないよ、大河君」
「らしいね。自覚はないけど、こんな感じで食べ物は大抵出せる。……けど、例えば唐揚げを具現化させたとして、これが何の肉でどうやって作られたのかは分からない」
コンビニの紙ケースに入った唐揚げが既に手の中に具現化されていて、僕はそれをポイポイと口の中に放り込んだ。
「干渉者はより本物に近い形で具現化させますからね。難しいことは分かりませんが、実際の動植物や原材料を元にしているわけではないと聞きます。気にしなくても大丈夫では?」
「ウォルターがそう言うなら信じるけど。僕の知らないところで犠牲が増えていたらヤダなって。どこかから盗んで来てる訳じゃないのなら、それで良いよ」
モグモグと食べ進め、コーラでぐびぐび流し込む。足りなくなると追加のコーラを具現化させる、この繰り返し。
リサとウォルターは僕の無尽蔵な食欲に驚きつつも、向かいに座ってじっと見守ってくれている。
「今も人間を襲いたくなるのですか?」
ウォルターはなるべく自然に聞こえるよう気を使ったような聞き方をしてきた。
「なるよ。だって、実際一番美味い」
口元をおしぼりで拭い取りながら、僕は言った。
「だから戻らないつもりだった。僕はもう、人間にとって脅威でしかない。人間も竜も魔物も、全部食った。食い物にしか見えなくなった。こんな状態の僕が居る場所なんて、世界中のどこにもない。なのに、エルーレがとんでもない課題をふっかけてきた。僕には聖魔法は使えない。湖の浄化なんて不可能だ。けど、それじゃあ世界が滅ぶ。……最悪だよ。凌のやつ、僕の弱点を確実に突いてくる。古代神の化身のレグル様は、何でもお見通しなんだ」
「一連の出来事はリョウの意思だと?」
「最初からずっと、凌が全部仕掛けてる。あいつは僕を使って、ドレグ・ルゴラを倒したい。僕が絶対諦めないつて知ってるから、どんどん難しい事を求めてくるんだ。巨大化したら制御不能になるのを知ってるから、巨大化せずに戦えって言ってきたり、戦闘がそもそも好きじゃないのを知ってて、魔物を千体殺せと言ったり。僕が……闇属性に傾いてるのを知ってて聖魔法を使わせようとしたり。レグルでもドレグ・ルゴラでもない。凌だよ。あいつ、僕を必死に強くしようとしてるんだ。僕は……それに応えないと」
ぐびぐびとコーラを飲み干し、ペットボトルをグシャッと潰す。そのまま両手で丸めて押し込むと、元の形が分からないくらい小さなプラスチック塊になる。
揚げパンがなくなるのと逆に、その妙なプラスチック塊が増えていくのを見て、僕はため息をついた。
「だけど、どんどん人間じゃなくなってくのは、嫌だな。何も知らなかった頃には絶対に戻れないんだけど。僕みたいなヤツは、存在しちゃいけない。全部終わらして、少しでも早く消えないとね」
あははと乾いた笑い。
リサもウォルターも笑ってない。
「存在してはいけないなんて、誰が決めるのです?」
食べ終えた揚げパンとドーナッツの包み紙を片付けながら、ウォルターは眉尻を上げた。
「存在自体に意義を持てと言っているわけではありません。そういう卑下が負の感情を増幅させ、ひいては闇の力を強めているのだと思います。元々自己肯定感が低過ぎるのも原因でしょうけれど」
「自分の存在を肯定したことなんて、一度もないからね。仕方ないよ」
手の中の揚げパンをギュッと握り潰すと、中からソースがボタッとテーブルに落ちた。勿体ないと思いつつも、僕は更に力を入れてパンを握り潰した。
「リアレイトに居た頃も、ずっと虐められてたし。友達も居なかった。考えてることが見えるから、誰とも仲良く出来なかった。笑うのが苦手で、いつも下を向いてた。記憶や気持ちが伝わってくるのが嫌だった。みんな、相手の考えてることも分からないのにどうやってコミュニケーションを取ってるんだろうって不思議でならなかった。相手の気持ちが分かるから、僕は誰とも仲良くしない。怖かったんだ。心の中に留め置いている言葉が形になって僕を攻撃してるんだって分かってたから。僕は異質で、どの世界にも居場所がない。消えて良いなら、今すぐにでも消えたいよ」
鱗だらけの指の間にソースがこびり付いたのを、僕は長い舌で舐め取った。
「承認欲求が満たされないと、負の感情が高まります。負の感情はやがて、闇の力の元になる。まるで神に準ずるような力を持ちながら、貴殿はその異常なまでの自己否定感によって、闇の力に支配されかかっています。まずはそれをどうにかしなければなりませんね」
「そんな簡単に僕の気持ちは変わらないよ」
次の揚げパンに手を伸ばしながら、僕はウォルターを睨んだ。
「何度も気持ちを持ち直して、何度も前を向こうとして、その度に自分の凶悪さに打ちのめされてきた。……怖いんだよ。ドレグ・ルゴラを倒したところで、世界は平和にならないんじゃないかって何度も思う。次に……世界を壊すのは僕かも知れない。そう思うと、震えが止まらなくなる。ウォルターはこんなに追い込まれている状態から、僕を救えるの? こうやって揚げパンやドーナッツで満足してる僕は、明日には皆を襲ってるかも知れないんだよ?」
もぐもぐと口を動かしながら喋る僕を見て、ウォルターは口を歪めた。
「どうも締まりませんね。口に食べ物を詰め込んだまま喋るから、緊迫感が伝わってきません」
「僕はずっと真剣だよ。ウォルターだって、わざとカロリー高めのもの選んで買ってきたんでしょ? 僕を効率よく満腹にさせようとして」
「ええ、そうです。今のところ、私に貴殿を抑える手段はこれくらいです。リサの魔法と制御装置があっても貴殿は一切竜化を解かない。今までと違ってごまかしが利かなくなっていることくらい分かっています。鎮静剤なしでここまで持ち堪えられているのを、寧ろ褒めたいくらいですよ」
山のようにあった揚げパンはあと二つ、ドーナッツもあと五つ。全然満腹感がない。再度コーラを具現化させて一気に飲み干し、僕は深く息を吐いた。
「……で、どう? 僕に聖魔法なんて使えると思う?」
ウォルターは銀鼠色を濁らせずに、ニッと笑って見せた。
「貴殿は邪悪ではありません。大丈夫、出来ますよ。ただ、すぐという訳にはいかないでしょう。時間はある程度必要とします」
「ある程度ってどれくらい? さっさと済ましたいんだけど」
「焦りは禁物ですよ。私と……イザベラが中心になって貴殿の相手を致しましょう。念の為、神教騎士が数名待機することもお許し頂けますか?」
「良いよ。その代わり、いざとなったら躊躇なく僕を攻撃しろって伝えといて」
「……分かりました。伝えましょう」
最後の揚げパンを口に詰め込み、僕はドーナッツに手を付けた。これでもかと砂糖がまぶしてあるのも、僕を満腹にさせる作戦だったのかも知れない。
「一秒でも早く……聖魔法を会得するよう頑張るよ。用事が済んだら消えるからさ」
「消えるって、どこに? 今まで大河君はどこに居たの?」
リサが心配そうな色を出して僕を見た。
「砂漠」
「砂漠?」
「あそこにいれば、少なくとも人間を襲わずに済む。早く……戻りたい。ひとりになりたい。狂う前に、早く、戻らなくちゃ……」
目の前のドーナッツを連続で口に押し込めた。
ドーナッツの味は次第に分からなくなった。
僕はまた、コーラのペットボトルを具現化させて一気に飲んだ。
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