3. 助けて欲しい
僕が突然現れたせいで、シスター達が驚いて会衆席の椅子が何脚か壊れた。説教台もひっくり返っていたし、柱や壁も一部壊れていた。
「怖がらせてしまって、本当に……ごめんなさい!!!!」
九十度近くまで腰を折って謝って、聖職者達にドン引きされる。
壊れたものは魔法で修復した。中には、大聖堂で魔法を使うなどと怒り出す人も居たけれど、元に戻すのだからそこは勘弁して欲しい。
リサに助けて貰ったこともあり、どうにか人間の姿を取り戻したものの、未だ鱗が浮き出て不安定な僕を見て、聖職者達は不安そうにしていた。僕なりに頑張って押し込めてはいるんだけど、やっぱり聖なる魔法の力は刺激が強すぎる。汗が止まらない。興奮状態にならないよう気を張ってるんだけど、何かがあればまた竜になりそうな感じがする。
「また、強くなってる。前と雰囲気が全然違う」
「あれから……二本壊したからね」
リサは何かを感じ取って、眉を顰めた。
僕は平気な振りをして、口角を上げて見せた。
「暗黒魔法の影響で、僕、だいぶ闇属性が強くなってるみたいでさ。だから大聖堂に満ちた聖魔法に強烈に反応しちゃうんだ」
「でも、まだちゃんと大河君は大河君のままなんだね。そこは安心した」
「いつおかしくなるか分からない状態だけど、どうにか耐えてる。リサはいつこっちに?」
「大河君が居なくなって直ぐ。教会側もじっとしては居られないから、遺跡の方、調査してみようかって話になってて」
「遺跡に? 危なくない?」
「うん……でも、手をこまねいてても始まらないでしょ? 元々教会の監視下にあるわけだし」
レグルは、古代神教会が管理するニグ・ドラコの森の古代遺跡に居るはずだ。抜け出して僕を揶揄ったり、焚き付けたりしたけれど、本体はそこに留まっていると仮定して話は進んでる。僕がルベール地区から東回りに杭を壊してるのは、最終目的地を北のニグ・ドラコに据えてるから。最後の杭を壊したら直ぐに、レグルを倒しに行く。……その心積りでいるからだ。
確かに、先回りして様子を見てくれるのは嬉しいけど、何があるのか予想もつかない訳で。
「……大河君、震えてる」
リサは目線を落として、僕の拳を見つめている。僕は慌てて反対の手で拳を隠した。その手も、白い鱗で覆われている。
「な、情けないんだけど、りゅ、竜にならないよう、相当頑張っててもコレなんだ。誰か……呼んでくれない? まだ地下室が機能してるなら、僕のこと、閉じ込めてくれないかな。みんなのこと、お、襲いたくない。話……話がしたいんだ、お願い」
出来るだけ穏やかに話したつもりなのに、壁際のシスター達は青ざめてへたり込んだり失神して倒れたりしていた。リサの……胸の魔法陣も僕の力に強く反応してる。
僕は会衆席にでんと腰を下ろして、必死に息を整えた。
「分かった。……耐えてて」
「うん」
リサは大急ぎで教会本部へと戻って行った。
大きく息を整え、口から漏れ出そうになる炎を飲み込んで、背中を丸めて座ったままリサを待った。なるべく誰とも目を合わせたくなくて、下を向いた。不安の色が大聖堂中に漂って、空気を濁らせる。そこに、僕自身から立ち上る黒いもやが混ざって見えた。
レグルは……こんなふうにはならなかった。僕は未熟だから、自身の闇を閉じ込めておけない。あいつと僕の決定的に違うところ。僕は……、弱い。あの境地に辿り着くには、まだまだ修行が……。
「――神の子。悪いが」
声を掛けられ視線を上げると、剣を構えた十数人の神教騎士達がぐるっと僕を囲っている。知らない顔ばかり。僕は目を伏せる。
「警戒はするに越したことはないと思うよ。暴れたら殺す気で止めて。そうならないよう努力するけど」
魔法を帯びた人間特有の甘い臭いが漂ってきて、僕はじゅるっとよだれを啜った。
神教騎士達は更に警戒色を強めて、僕の一挙手一投足を観察している。妙な動きをしたら、大聖堂なんて関係なく僕を斬る覚悟らしい。
僕はそれ以上何も言わず、黒いもやを立ち上らせたままじっとリサを待った。
膠着状態が続く。
十分程経過したところで、外から軽快な足音が聞こえてきた。
パンパンと、手を叩く音。
「皆さん、落ち着いて。古代神レグルは争いを好みません。それに、大聖堂は誰の参拝も拒まない。剣を下ろすのです。怯えも警戒も不要ですよ」
張りのある声が響き渡ると、神教騎士達は一斉に剣を下げた。妙な説得力のある落ち着いた言い回し。彼は僕の隣に座り、白い鱗で覆われた手に、優しく手を添えた。
「おかえりなさい、タイガ。貴殿の頑張りは私の耳にもしっかり届いていますよ。どうなさいました? そんなに辛そうな顔をして」
僕は、恐る恐る顔を上げた。
ウォルターのほんのり紫色の入った銀髪が目に入る。穏やかで、敵意も警戒感もなくて、優しい銀鼠色が彼を包んでいる。
「助けて……欲しい」
自然と、何の抵抗感もなく、僕は呟いた。
「世界を、救うために……どうしても聖魔法を、会得……したいんだ。なのに、暗黒魔法を浴び過ぎて、僕……すっかり、化け物に、なってて。……前、より、酷いと思う。もう……人間じゃないし、いつみんなを襲うかも知れないし、自分を制御……出来なくなる。りゅ、竜化しないよう、が、頑張っててもこの有様で。はは。あんなふうに出ていって、今更……こんなこと、頼みたくなかった。でも、自分だけじゃ絶対どうにもならないから……諦めて、頼みに来た。お願い、僕に、聖魔法の使い方、教えて……」
震える声で何とか言葉を捻り出して。
それを、ウォルターはしっかりと感じ取ったらしい。添えていた手を、僕の腕から肩へと少しずつ這わせていく。袖の下、鱗と角の感触が生々しいだろうに、ウォルターは表情ひとつ変えずに優しく僕を撫でてくれた。それが頭部まで達したところで、
「安心なさい。誰も、貴殿を拒みません。幾らでも協力しましょう」
僕は、耐えきれずにウォルターの胸に顔を埋めていた。
*
前は何ともなかった教会の空気が、毒素を孕んでるみたいに息苦しいのは、僕が闇に冒されてるからだ。
地下のガラス張りの部屋は前のままだった。僕が書いた付箋がベタベタ貼ってあって、資料も……幾つか置きっぱなし。僕が着ていた服が綺麗に畳んでベッドの上に置かれている。
懐かしい。まだ
『タイガ……随分、変わったね』
部屋の中には僕とリサ、ウォルター。ガラスの向こうで、ビビワークスの三人が不安そうに中を覗いている。
半竜姿に戻ってしまった僕が怖いのか、スピーカー越しに聞こえるビビの声は震えていた。
レンもフィルも言葉を失っているのが見えた。
「どう? レン。森に居た頃より凶悪でしょ? 近付かない方がいいよ。うっかり殺したら嫌だし」
制御装置フル稼働でも値は下がらないのか、ずっと二号がピーピー音を出している。レンがふざけて作った、白い竜をモチーフにした移動型監視装置。僕、こんなに可愛い形してないよ。竜化が進んで耳まで裂けた口を、僕はギュッと結んだ。
「平常時は見ての通り半竜なんだ。気合い入れて人間の姿にしてる時が多いけど、ここは……聖魔法が強くて。怖いと思うけど、慣れるまで我慢して」
『話は……出来るのね。数値を見ると、ここに居た時とは比べ物にならないくらい、とんでもないことになってる』
「そりゃあね。全部で九本壊したから、仕方ないよ」
『リサはともかく、司祭は大丈夫なの? 同じ空間は危険じゃ……』
「私は大丈夫。タイガは良い子です。私を食べたら自分が一番困るんですから、食べたりしませんよ。ね?」
ニコリと笑いかけてくるウォルターを横目に、僕はジュルッとよだれを啜った。
「た……食べるわけないじゃん。耐えてやるよ、これくらい」
余裕たっぷりに笑って見せたつもりだったのに、僕の声は震えてて、ビビは悲鳴を上げた。警戒の赤が強過ぎる。もう彼女は……僕が化け物にしか見えてない。
「タイガには敵意も襲う気もないのですから問題ありませんよ。ところで、聖魔法が必要……とは、なかなか難しいことを仰いますね。今の貴殿には厳しいのでは」
「ウォルターもそう思う?」
ベッドの縁に腰を掛けると、ウォルターは折り畳み椅子を引っ張り出して僕の向かい側に座った。
「聖魔法と闇魔法は対極にあります。通常はどちらかの力しか使えない。確か……塔の五傑の中に全属性の魔法を操れる方がいらっしゃったように記憶していますが、本当に稀なのです」
「ルークかな。あいつ、あんまり好きじゃない」
「切れ者だそうですよ。好きかどうかはともかくとして、力の使い方を聞いてみるのも良いのでは」
悪気もなく聞いてくるあたり、とてもウォルターらしいけど。
「嫌だ。……ウォルターに、教わりたい」
「私に?」
「ウォルターは信用出来る。ルークは信用出来ない」
「大河君、言い方」
「あいつ、僕のことをずっと敵視してる。そんなヤツから教わるなんて嫌だね」
ガラスの壁に寄りかかっていたリサを、僕はギロリと睨み付けた。
「大河君の真意が見えないから、みんな警戒してるんだよ。やっぱり何か隠してるんでしょ?」
「隠してるよ。それの、何が悪いの」
開き直ったように言うと、リサが沸騰したような顔をして、ズンッと僕の真ん前に押し迫った。
「僕が何をしようとしてるのか、知りたいならアナベルに聞きなよ。秘密の開示は彼女に一任してる」
「……どういうこと?」
「教えない。誰にも教えるつもりはないから」
「――はいはい、タイガもリサもそこまでにしましょう」
椅子から立ち上がってウォルターが僕とリサの間に無理やり割って入った。ムッとしつつ、僕もリサもプイッとそっぽを向く。
「分かりました。私に出来るかどうか、自信はありませんが協力しましょう。……他の聖職者にも手伝って貰うことになるでしょうが、構いませんね?」
ウォルターは僕の気持ちを確かめるように、首を傾げた。
「良いよ。お願い」
「では早速、手配しますね 。……が、その前に。お腹が空いているでしょうから、何か用意しますね。空腹で私達が食べ物に見えたら困りますし」
「うん。ありがとう。助かる」
ホッとする。
レグルもきっと、ウォルターのこういうところが好きだったんだと、今更のようにそう思った。
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