6. 勝機

 闇夜に放たれた光に反応し、それまで気配を消していた魔物達が一斉に動き出す。

 光源の真下、ポツンと立つ僕は明らかなる標的。目をギラギラ光らせてやってくる魔物達を、僕も負けじと睨み返す。


「僕も、覚悟を決めなくちゃ。……強くなる。何よりも、僕が僕であり続けるために」


 グルグルと唸りながらやってくる砂漠狼の群れ。巨大な蠍がハサミを鳴らしながら近付いてくるのも見える。

 右手に力を入れて、巨大な鎌を錬成した。半竜の姿にならないと持ち上げられないくらいズッシリ重い、金属製の鎌だ。


「来いよ。一匹残らず殺してやる」


 片手で鎌を構え、グッと腰を落とした。

 臨戦態勢になった僕に気付いた魔物達が、一斉に襲いかかってくる。


「絶対、負けねぇええええ…………ッ!!!!」


 鎌に炎の魔法を纏わせ、僕は高く砂を蹴り上げた。光に舞う、砂煙。


「うぉおりゃああああぁぁあああぁああ!!!!」


 魔物達の真ん前に降り立ち、僕は鎌を思いっ切り振り続けた。

 分厚い砂漠狼の皮膚に鎌の刃が食い込み、それをむんずと引っ張り上げるようにして肉を断つ。岩蠍の巨大なハサミを打ち砕き、大蝙蝠の群れを切り刻んだ。

 血が飛んだ。焦げた肉の臭いがした。生き物を殺している、傷付けている感覚が生々しくて、何度も逃げたい衝動に駆られた。

 ギャンギャン喚き声がしたし、唸り声も、咆哮も聞こえてた。空を切る爪の音、激しい吐息。興奮して僕に噛みつこうとする大蜥蜴の喉を突き刺すと、血と共に大量のよだれが吹き出した。


 攻撃的になった魔物達は、攻撃の合間合間に僕を襲う。囓られ、皮膚を鱗ごと引き千切られた。鋭い爪や角で、数え切れないくらいあちこち刺されまくった。

 羽を破かれた。尾を噛み千切るヤツもいた。

 魔法攻撃の得意な大蝙蝠には大量の電流を浴びせられたし、大蜥蜴の中には炎を吹き付けてくるヤツもいた。負けじとそいつより強烈な炎を吐き出して丸焦げにしてやったし、鎌でギッタギッタに切り刻んでやった。

 痛いとか苦しいとか、そんな感覚より先に、何体殺したか、そればかりが頭を巡る。

 魔物は殺して良い、大丈夫。魔物は害悪、殲滅すべき。

 何度も何度も、頭の中で反芻した。


 僕の白い鱗を、何種類もの血や体液が濡らしていく。毒性のあるよだれが僕の皮膚をあちこち焼いた。

 感覚はどんどん麻痺した。

 罪悪感はどんどん消えていった。

 巨大化するより効率が良いのは明らかだ。昨日は五時間も暴れてたった三十六体。今日は一時間足らずで三十体を優に超えた。

 次々に、死骸の山が出来た。

 一体一体、確実に仕留めるために、最後に心臓に鎌を突き刺した。蟲型の魔物は徹底的に粉々にした。

 潰す度に毒性を含んだ体液がバシャッと散った。強酸性の体液で、皮膚も鱗もボロボロになった。


 誰も連れて来なくて良かったと、心から思う。

 誰か一人でも僕についてきていたら、こんな僕を見てしまったら、きっと絶望したに違いない。

 神の子だなんて綺麗な言葉とは裏腹に、僕のやっていることは血生臭くて、僕自身がそういう存在で。弱い心を繕うために化け物だなんて嘯いて、だけどもう、それも嘘じゃなくなってきてる。

 この汚れた鱗みたいに、僕はどんどん穢れていって、そうしていずれ化け物どころじゃなくて、破壊竜そのものになってしまうんじゃないかって可能性を多く孕んでて。

 可能なら回避したいとは思う、今でも。

 そうなってしまったら、狩られるのは僕だ。

 今はこうして魔物を狩っている僕が、いずれ狩られる方になる。

 ドレグ・ルゴラの称号を、存在を、結局僕は継ぐんだろうから。


「ああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!!!」


 溢れ出す不安を吹っ切るように、僕は鎌を振りまくった。

 空が白み、夜が明けるまで、僕は休まずに魔物を狩り続けた。






 *






 力という力を使い果たして、僕は砂の上に仰向けに倒れていた。

 辺りには死臭が漂っている。

 乾いた唇をパクパクさせてどうにか息をしている僕のそばに、またしてもフラウとルベールがやって来た。フラウは僕の腕の内側の数字を確認して目を細めた。


「夜明けまでに百体近く殺している。が、ボロボロだな」


 明るくなると、周辺から魔物の気配が一気に消えた。この周辺でこれ以上魔物を狩るのは難しそうだ。


「限界まで身体を痛めつけるような戦い方しか出来ぬのか、貴様は」


 ルベールはそう言って、僕の脇腹を蹴飛ばした。

 返事は出来なかった。

 僕はルベールに担がれて、そのまま意識を失った。











      ・・・・・











 食料を買い込み、部屋へ戻っていくと、ドアの前で黒い肌の女が待っていた。


『まるで普通の人間と同じだな、かの竜よ』


 特徴的な癖っ毛と真っ赤な口紅はそのままに、町の女と同じような質素な服を着た彼女は、紛れもなく塔の魔女ディアナだった。


『会いに来てくれたのか。わざわざ。茶でも淹れよう。さぁ、中へ』


 彼はニヤリと笑って、部屋にディアナを招き入れた。

 殺風景ではあるが、それなりに生活の気配のする部屋に通され、ディアナは少し面食らっていた。しかしキョロキョロと部屋を見渡し、険しい顔を崩さない。


『儀式の要件を満たさない私には、一切用事などないと思っていたが?』


 紙袋から野菜や肉を取り出しては冷蔵庫へ詰め込んでいると、『用があるから来たんだがな』とディアナはつっこんどんに返事した。


『思いのほか文明的な暮らしをしているのだな。人間狩りはやめたのか』

『まさか。人間の姿を保ち続けるには、栄養価の高い人間の肉は欠かせない。定期的に、死んでも構わないような人間を狙って食っている。私とて、飢えたくはないのでね』


 荷物を終い終え立ち上がると、彼はニッとディアナに笑いかけた。


『飢えて、そのまま痩せ細り死ねば良かろう』

『それで死ねるならとうに死んでいる。残念だが飢餓状態になれば、私は自我を失い、人間共を皆殺しにするだろう。そんな結末は、誰も望まない。――違うか?』


 湯を沸かし、彼はそそくさと茶の準備を始めた。

 二人分。ティーパックをカップに入れて、手際よく湯を注ぐ。狭い部屋の中に、お茶の香りが充満していく。


『私ではない、別の白い竜になら、世界を救えるかも知れない。何十年後か、何百年後か。それまで共に、絶望を過ごそうではないか、塔の魔女よ』


 カップを二つテーブルの上に置き、彼はひとり、椅子に掛けた。空いている席へ座るよう、ディアナに目配せしてから入れ立てのお茶を味わう。砂糖気のないシンプルなお茶だ。


『リアレイト人の少女を手籠めにしたな』


 彼はカップをゆっくりとテーブルに戻した。

 ゆっくりと目線を上げると、テーブルの間に立つ、怒り狂ったようなディアナの顔が目に入る。

 彼は小さく吹き出して、肩を震わせた。


『それがどうした』

『……やはりお前か。有り得ないと思っていたが、彼女の記憶に見えた男とお前の姿が合致した。禁忌を犯したな。人間と、しかもリアレイト人とまぐあうなんて』

『愛し合う者同士が交尾するのは至極自然ではないのか? 何百年となく人間に化けて暮らしているが、そうやって子孫を増やし、繁栄してきたことくらい、私だって知っている。私は彼女を愛した。彼女も私を愛した。何も間違ってはいないではないか』

『――そういう問題ではない!!』


 ダンッとディアナはテーブルを強く叩いた。カップが揺れ、お茶が幾らかテーブルに零れたのを、彼はムッと睨んだ。


『お前の正体を知らず、彼女は妊娠した。二つの世界は繋がっている。リアレイトでは一切性経験がないというのに、お前がこちらで彼女を犯したばっかりに、彼女は間違いなく妊娠した。生まれてくるのは禁忌の子だ。災いを呼ぶ。何てことをしてくれたんだ!!』

『妊娠? 私の子が生まれるのか? それは白い竜の血を引く子どもで間違いないな? そうなのだろう、ディアナ……!!』


 彼は興奮気味に満面の笑みをディアナに向ける。

 ディアナは顔を青くして、ゆっくりと数歩後退った。


『人間は通常、一度に複数の子どもは産まない。それがオスならば、リサの予言した白い髪の男になり得るかも知れない。しかしメスなら……? いや待て。早とちりは危険だ。これまで何百年も待ったのだ。私は未だ待てる。メスだったとしても、それに子どもを産ませれば良いだけの話。いずれオスが生まれ白い髪の男となれば、約束を果たせる可能性がある。勝機は見えた。地獄はいずれ終わる……!!』


『な、何を言っている。お前は何を』

『――ああっ!! 終わるかも知れないのだ。全てが。私は待ち侘びた。全てを終わらせなければ。早急に救世主を探さなくてはならない!! そのためにならディアナ、私は喜んで悪者になろう。この世界を終わらせるほど凶悪な破壊竜にならなくては。そうして、リアレイトから救世主を呼び寄せるのだ!!!!』











      ・・・・・











「……泣いているのか」


 船室のベッドの上、僕は寝ながらずっと泣いていたらしい。

 枕は涙でぐちょぐちょで、鼻水は垂れてるし、よだれは垂れてるしで、妙に濡れてて気持ち悪かった。

 その汚れた枕に頭を突っ込んで、僕はわんわんと大声で泣いた。丸めた背中の上で、普段はしゃっきりしている竜の羽が傷だらけで垂れてる感覚があったし、尻尾は地面に垂れていた。

 情けない姿を晒す白い半竜を、ルベールとフラウは静かに見守っていてくれたらしい。

 しばらく泣いて、涙が出なくなった頃に顔を上げると、呆れたような二人の顔が目に入った。


「……ごめん。情緒不安定で」


 言った途端にまた涙がこみ上げてきて、それからしばらくまた泣いた。

 怖かった。

 あいつの理解不能な思考回路と言動が。

 そしてその先に僕の苦しみがあるのかと思うと、それが益々重くのしかかってきて、とても耐えられそうになかった。

 有り得ないくらい、あいつはヤバい。

 けれど、理解出来なくもないと思ってしまう僕が居る。

 解決策としては最悪だ。

 けれど彼には、確かにそれしか方法がなかったのかも知れなかった。

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