8. 仮説

 他の誰とも違うから――、あいつは徐々に追い詰められていった。

 グラントみたいなヤツばかりなら、何か違ったかも知れない。

 ニールみたいに親身になっていたら。

 リサみたいに話を聞いてくれたら。

 拒絶と否定の繰り返しで、あいつはどんどんおかしくなっていった。……今の、僕みたいに。


「だからって、余りにも酷過ぎない? ただただ地獄を、見せ付けられる方の身にもなってみてよ。僕が何度も混乱したり、おかしくなったりするの、面白がってるとしか思えないんだけど」


 僕が言うと、そうかなとレンは首を傾げた。


「なんだかんだ言っても、レグル様の半分は、君の父親だろ? どうにかして……、白い竜の力を使いこなして、強くなって欲しかったんじゃないのかな。かの竜の力を抑え込んでいるうちに……、君を、かの竜より強くしなくちゃならないんだから」

「確かに……、その通りなんだけど……」


 次から次へと再生される地獄のような記憶の波は、確実に僕を蝕んでいく。

 まさかレンが言うように、前向きな理由でこんなことをしているのだとしたら……、わざわざ凌やレグルの格好で現れて、僕や周囲の人間を焚き付けるような言い方、するだろうか。

 分からない。

 多分、凌の意思で行われてることだと、それだけは何となく分かるけど、どれくらいドレグ・ルゴラの意思が反映されていたのか、……多分、あいつに会うまで、結論は出せないんだと思う。


「レンは……、どう思う? その悲惨で地獄みたいな過去を目の当たりにして、あいつに同調して、あいつのことを自分のことだと何度も勘違いするくらいには影響を受けてる。それでも、破壊竜にならずに済むと思う……?」


 恐る恐る尋ねると、レンは笑った。


「タイガは、破壊竜にはならないよ」

「ほ、本当に?!」

「さっきも言ったけど、白い竜だからって、破壊竜になるなんて決まってない。“破壊と再生”……、だっけ? そう言われた方が確かにしっくりくる。多分、白い竜はその両方を持ち合わせてる存在なんだ。かの竜は破壊の方に大きく振れた。レグル様は中立を保った。タイガは……、創造とか再生の方に大きく振れれば……どうだろう」


 思いも寄らなかったことを言われて、僕は正直面食らった。

 確かに、あいつは最初、ただの竜の子どもだった。

 鱗の色が珍しいだけの竜の子が――、絶望し、全てを恨み、破壊の限りを尽くすまでになっていったのは、決してあいつだけのせいじゃないと思った。


「白い竜は破壊竜じゃないから。タイガは、タイガのなりたい自分になれば良いんだよ」

「なりたい……自分? そんなの、考えたこともない」

「君が白い竜なのは紛れもない事実だろ? かの竜の記憶に引き摺られたり、わざわざ化け物になろうとしたりとか、そういうの、全然要らないと思う。タイガの考える、全く新しい白い竜になれば良いんだよ」


 何だか……、変な感じがする。

 朝の陽射しが明る過ぎるからかも知れないし、聞いたことのない考えを聞かされてるからかも知れない。


「レン、面白いこと言うね」


 顔を上げてレンを褒めたのに、レンは呆れたような顔をしてきた。


「面白くも何ともないって。君は真面目過ぎるし、優し過ぎるんだよ。全部自分一人で解決しようとするだろ? で、気が付くと取り返しの付かないところまで突き進んでる。もっと周囲を頼ったり、信じたりして欲しいところだけど、……無理?」

「いや、無理……ではない、けど」

「だったら頼れよ! 水臭いなぁ」


 バンッと僕の肩を、レンは強く叩いた。

 思わず目をそらした。

 絶対に頼らないって分かってるクセに、レンは直ぐにそういうことを。


「気持ちだけ、頂戴しとく」


 これが、僕が言える精一杯。

 けれどレンは、少し安心したように話を続けた。


「――仮説だけど、白い竜は本当に古代神の血を引いていて……、まぁ、あくまで古代神ってのが存在したって仮定で話を進めるけど、それが本当だとして、だよ。古代神たる白い竜が、卵を一つ、森に産み落としたとする。卵から白い竜の子どもが孵ってから先、どんな生き物が、どんな風に育てるか、関わっていくか……、どこか遠い空の上からでも見てるのかなって、ふとそんなことを考えたんだけど」

「科学者の割に、ロマンチストだね、レンは」

「うぅん、まぁ、科学者は皆ロマンチストだよ。失礼だな。――で、かの竜は最悪な条件で育って、誰も信じられなくなって、とうとう破壊竜になった。バッドエンドだ。けど、それじゃあ面白くない。次の代ではどうなるか、古代神は知りたいと思った。そこで今度は、愛情たっぷり注いで、平和な世界で育ててみた。……どうなると思う?」


「何? それが僕だって言いたいの?」

「まぁまぁ。そうなんだけど。仮説ね? 古代神は実験を始めるんだよ。この悪意を知らない子に、破壊竜のなんたるかを教えたらどうなるか。育った環境や境遇が違えば、何か変わるのか。やはり……、白い竜は破壊竜にしかならないのか。それとも、別の何かになるのか」

「そういう無意味な実験されてるの? 最悪」

「だから、仮説だってば。――タイガは、この妙な実験に負けるつもり?」

「それは……、負けたくはない、けど……」


 言葉を濁すと、レンはニヤリと笑った。


「だったら、最初から破壊竜になる前提で動くの、やめた方がいい。君は、君だよ」


 “破壊竜になる前提で”――。

 そんなつもりは毛頭ない。

 けど、僕の態度が悪すぎて、そういうふうにしか見えなかったのが、苦しいところ。


「なりたくなくても、現に破壊竜に近づいてきてる。破壊衝動が抑えきれなくなると……、もう、コントロールが効かなくて」

「――それ! 多分、記憶の影響を受け過ぎた結果だと思う」


 レンはバンとテーブルに手を付き、前のめりになった。


「影響? これは僕の身体の問題でしょ?」

「いや、そうとも限らない。君、白い竜をとかく危険な生き物、化け物だと信じ込んでるよね? まっさらじゃないんだよ。事前に、“白い竜とはこういうものだ”って固定概念があって、無意識に自分をそれに当てはめようとしてる。誰かの記憶で見た白い竜が、どれもこれも危険で恐ろしくて、……だから自分もそうなると決めつけてる。それでいいの? 君は君だし、ドレグ・ルゴラとタイガは同じじゃない。そこ、しっかり頭に入れておかないと、飲み込まれるだけじゃなくて、本当にもう一匹の破壊竜になってしまうんじゃないの?」


 レンの目に、僕の呆けた顔が映っていた。

 固定……概念。

 頭のどこかで、こうあるべきって……、確かに、そんな気がする。

 化け物である必要はない……、僕は、……僕。


「記憶で……、人間を襲って食ってたから、白い竜は人間を食べるものだと勘違いしてる……?」

「だと思うよ」

「何もかも壊したくなるのは、あいつの気持ちに入り込みすぎてるから……?」

「そう考えてみたら、そんな気がしてこない?」

「僕は、おぞましい姿をしてる。炎も吐く。何でも壊す。それでも、破壊竜にはならないって言える……?」

「冷静に見ればそんなにおぞましくもないし、竜なんだから炎くらい吐くよね? 壊すのは、力が強いからであって、それを別のベクトルに使えば、良いだけだと思うよ」


 頭の中で、何かがパンと弾けたような気がする。

 僕は一体、何に囚われて。

 急に身体が軽くなって、視界が広くなったような。


「タイガは具現化能力が強すぎるから、自分の姿も全部、想像したとおりに変えてしまうんじゃないかと推測してる。変身術、得意だよね? それも全部、君の想像力が暴走した結果引き起こしている事態だとしたら……。どう? 君は邪悪じゃない。破壊竜にはならない。説得力、出てきた?」


「……出てきた。大丈夫な、気がしてきた」


 大丈夫だと思うと、急に力が抜けた。

 僕は椅子に身を預けて、天井を仰ぎ見た。

 唯一の白い竜になったとしても、破壊竜にはならなくていい……。そういうこと……?


「まぁ、あくまで仮定の話ね。暗黒魔法の影響は全く考慮してないから、参考程度にしとけよ」


 レンは言ったけど、僕は結構当たってるんじゃないかと思った。






 *






 気持ちが軽くなると、動きも良くなる。

 僕はもしかしたら、自分は恐ろしい存在だと信じ込んで、そういうふうに見えるよう、無意識に竜化していたんじゃないかと……そう思い始めたら、発作も起きにくくなった気がする。

 確かに、魔法を帯びた人間特有の甘い香りはするけれど、だからって、やたらとよだれを出さずに済んでいる。


「何か、今日のタイガ、調子良いな」


 ノエルに言われ、僕はフフンと口角を上げた。


「まぁね。ちょっとは成長してるでしょ」


 組み手の訓練をしていても、気分が高揚しても、やたらと人間を襲うこともなくなってきた。

 お陰で訓練に身が入る。

 目を見ることで思考を読んでしまう特性があるからか、相手の動きを予測するときに、無意識にその人の目を追ってしまうことに気付かされた。そういうのじゃなくて、全体的な流れで動きを推測するように、目だけじゃなくて相手の身体全部見るようにと、これは市民部隊の人から教わったこと。

 組み手から魔法攻撃へ移るとき、無駄な動きを挟むから、数拍発動が遅くなるというのは、神教騎士の数人に指摘されたこと。詠唱や魔法陣は使わないんだから、変な思考を挟まず、直ぐに魔法攻撃に移れば相手を出し抜けるとか何とか。


「昨日までとは別人みたいだ。一体、何があったのか……」


 グレッグは僕の変わりように首を傾げていた。

 やらなければならないこと、最後に待ち受けているものは変わらない。

 だけど、レンの仮説がもし正しかったなら――、僕は少しだけだけど、報われるような気がしたんだ。

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