7. 疑問

 それから三日間は、生き地獄だった。

 ノエルとグレッグのアドバイスを受けて、気分を晴らす目的で組み手の練習をして過ごした。

 監視小屋周辺の開けたところで、色んなヤツらに指導を受けた。

 元々身体を動かすのが得意って訳じゃなかった僕が初めてそういう練習をしたのは、確か穴に飛び込んで直ぐのこと。それからはほぼ実戦で、……あとは感覚で動いてたから。


「動きに無駄があり過ぎる。これでは、直ぐにやられてしまう」


 何度かグレッグに注意された。

 魔法も火炎攻撃も封じられてしまえば、まともに攻撃が当たらない。巨大化は避けなければならないから、竜の力は使わない方向にしたいけど、素の僕はてんで弱いのだ。

 加えて、本能との戦いとか言うのだろうか、ずっと頭がぼうっとしていて、思考回路がまともに働かない状態が続いていた。

 レドの肉を放棄してから、とにかく腹が減って、よだれが出っ放し。気を抜くと化け物になりかかっていて、何度か人間を襲いかけた。

 唯一の白い竜にならなければならないのに、シバはそれを封じようとしてくる。

 眼鏡のこともそうだ。

 僕が人間であることを忘れようとすると、無理やり引き戻そうとしてくる。

 だけど確かに、このままじゃ、 アナベルに会った途端彼女を襲う。食おうとするのか、殺そうとするのか、それとも穢そうとしてしまうのか分からないくらい、僕は不安定だった。


「苦しくても、竜にはなるなよ」


 常に荒く息をして目をギラギラさせる僕を、ノエルは何度も牽制した。

 興奮状態では、鱗はなかなか消せなかった。竜の一歩手前までは常に変化へんげしかかって、訓練相手をしてくれていた市民部隊の兵士や神教騎士達は、僕を心の中で化け物扱いした。


「誰が化け物だよ!! ああぁ?!」


 怖がらせるつもりはなくても、僕は恐怖の対象だった。


「タイガ! 落ち着くんだ!! 誰も、君を責めてはいない!!」


 グレッグは盾になって僕を庇った。

 森の竜達すら僕を恐れ、距離を取った。

 どいつもこいつも、心の中では僕を恐れてる。

 理解なんてされたくないし、同情もされたくない。

 僕が何を考え、何のためにこんな苦しみを甘受しているかなんて、誰にも分かるはずがないんだ。


「責めてなくても、頭の中では存在を否定してるだろ。僕はここに居る……!! あんたらが怖がろうと、嫌がろうと、僕はここに居て、必死に呪われた力をどうにかしようとしてんのが、見て分かんねぇのかよ……!!!!」


 興奮して炎を吐いた。

 魔力が暴走して、木々をなぎ倒した。

 僕は、手の付けられない魔獣そのものだった。

 期限まで間に合わないかも知れない焦りと空腹で、僕は自分を見失っていた。






 *






 泣きたいのを我慢して、襲いたいのを我慢して。

 頭の中でずっと、ごめんなさいを繰り返して。

 弱音を吐けば誰かが助けてくれるなんてことは絶対にないって分かってるから、あとは出来るだけみんなを巻き込まないように、僕から離れてくれるように。

 僕は傷付く前提で。

 犠牲は……、少ない方がいい。

 苦しむのは僕だけでいい。

 けど…………、しんどい。

 誰にも何も言えないから、必死に立っているだけで。

 楽に……なりたい。

 その為にも、この不安定な力を制御しないと。






 *






 寝ている間、随分うなされていたらしく、朝起きると小屋は半壊状態だった。

 記憶にない。

 ガックリと肩を落とし、魔法で修復する。

 全く、魔法の精度だけはやたらと上がっている。割れた窓ガラスも、ひしゃげた床も、ぶっ飛んだ壁も家具も、あっという間に元通りになる。

 資料が無くなるのだけは怖くて、金庫の中。この金庫だって、僕が具現化させたものだ。万能過ぎて反吐が出る。

 僕は頭をぐしゃぐしゃ掻いて、大きくため息をついた。


「お、直ってる直ってる。今日も派手に壊してたもんな」


 小屋の真ん中に突っ立った僕に、軽く挨拶をして中に入ってきたのはレンだった。


「タイガ! 残念そうな顔するなよ!」

「別にそんな顔してるつもりないんだけど。シバは?」

「シバはまだ来てない。結構疲れ溜まってるみたいだよ。誰かさんのせいで」


 僕のそばにはいつも二号がいて、プカプカ浮きながら監視を続けている。グリン達の隠れ家に泊まってる夜間も、レンはタブレットや機材で、僕の様子をチェックしているのだ。

 まぁ、つまり、夜中暴れた所もしっかり見られてる訳で。


「うっさいな。僕だって頑張って抑えてんだよ。生肉断ちしてから、まだ人間襲ってない。偉いでしょ?」

「偉い偉い」

「適当に言いやがって。むしゃくしゃする」


 レンは良いヤツだ。

 僕のくだらない呟きにも嫌な顔ひとつしないし、ヒアシンス色も淀まない。

 心にもない言葉しか吐かない僕の顔見て、レンはふぅと息を吐いた。


「死にたくないって叫んでた」

「えっ?!」


 僕はギョッとしてレンを見た。

 

「ここしばらく、夜中の様子、こっそり見てたんだよ。何の夢見てたか知らないけど、怯え方が異常だ。リョウ……って、レグル様のことだっけ。殺したくないなら、他の方法を探れば良いんじゃないの」


 レンの目が、見れない。


「――全部、決まってることだから。僕に選択権はない」


 胸が痛む。

 こういう話をしているとき、胸がずっとチクチク痛んでる。


「二人っきりだから言うけどさ。タイガ、無理してない?」


 レンは、荷物をテーブルの上に置いて、心配してるときの深い青色を出した。


「無理なんかしてないよ。強いて言うなら、僕っていう存在がもう、無理だよね。気持ち悪くて、恐ろしくて、ホント、居なくなれば良いのに」

「そういう負の感情だけで動いているような人間が、世界を救えるとでも? ……無理するなよ。三年前まで、何も知らない、ただのリアレイトの少年だった君が、急にこんな運命背負わされて、何もかも失って。運命を受け入れたつもりでいるかも知れないけど、そうやって自分を騙すの……、辛いだろ」


 レンは……、僕が弱くて頼りない少年だったことを知らない。

 昏睡状態が続いてた僕をどうにかしなくちゃと、教会がビビワークスに頼んでから、初めて僕の存在を知ったらしい。

 意識がないのに暴れたり、竜化しかけたり、そういう危ういところを間近でずっと見ていてくれたこと、目を覚ましてからも、不安定で我がままな僕の言動を、しっかり受け止めてくれていること、凄く……感謝してる。

 一歩離れたところから僕を見ているから、他の人に言われるより、胸にグサグサくる訳で。


「僕だって……、嫌だよ。ハッピーエンドにならない話を延々読まされてる感じ? どこに僕が救われる要素があるのかなってさ、……ずっと、思ってる。白い竜になって、僕は僕であることを忘れて、どうにか世界が救われたとして、その先に僕は居ないんだ」

「……やっぱり、全部終わったら、死ぬつもりでいるんだ?」

「さぁ、どうかな。僕の存在を世界が許すなら、生きていけるかも知れないけど。嫌いでしょ? 気持ち悪いし。殺されても全然構わないよ。殺せるなら……、だけど」


 後ろ向きな僕の言葉に、レンはあからさまにムッとしたらしい。

 それでもグッと堪えるようにして、次のセリフを吐いた。


「神の子の力……、決して破壊のためだけにあるとは思えない」

「どういう意味?」

「最近、具現化魔法の精度が凄く上がってるだろ? 壊した小屋も直ぐに元通り。それを、造作もなくやってる。変身術も得意だよな?」

「あいつが出来ることは、どうやら大抵、僕にも出来るらしいから」

「……それなんだよ」


 レンはドンと椅子に腰を下ろし、テーブルに肘をつけて首を捻った。


「白い竜って、邪悪な生き物なのかな?」

「はァ?」


 僕は思わず、変な声を出した。


「確かに、白い竜は人間も竜も襲う。脅威だと思う。けど、そもそも、白い竜自体が、僕達の常識から外れたところに存在してる生物だとしたら? ちょっと見方が変わるんじゃないかな 」

「……それって、どういう意味?」

「前に、付箋で記憶整理してただろ? あの時、白い竜の出生について知ってることを書き出してたの見たんだけど、全く“不明”なんだよね?」

「うん……」


 森の中、老竜のグラントが見つけてくれるまで、ひとりだった。

 卵の殻はあった。

 親竜は居なかった。

 白い竜は他に存在しない。

 突然変異だとしても、親が不明なのは不自然だった。


「白い竜って……、本当にただの、竜なのか?」


 レンは、僕の顔を覗き込んだ。

 同じ話を前にもした。

 自分が誰か分からなくなってたとき、色々調べて……。違うな。

 アレは確か、リアレイトの……。


「『創造の神、一方では破壊と再生の神』……だったかな」

「タイガ、なんだそれ」

「古代神レグルのこと、シバもずっと調べてて。同じ白い竜なのに、ドレグ・ルゴラは破壊竜で、古代神はそういうふうに呼ばれてるの、変だよねって」

「シバも同じことを考えたんだ……。レグル様の力は本物だったようだし、間近で見てて、違和感があったのかな……」


 急に何を言い出すんだろう。

 僕は首を傾げながら、レンの近くの椅子に腰を下ろした。


「ウォルター司祭だけじゃない。教会関係者が挙って言うんだよ。『確かに白い竜だけど、タイガは邪悪からは程遠い』って」

「何それ。笑えない」

「まぁ、聞けよ。司祭曰く、タイガは自分の力に呑み込まれてる節はあるけど、自分から相手を傷付けるのを極端に嫌がって、避けてるって。僕もそう思う。理由もなく襲うような化け物とは違うんだ。身体と力のバランスがちぐはぐで、混乱してるだけなんだとずっと思ってる。……多分、その原因のひとつが、白い竜の記憶だ」


 レンは人差し指を立てて僕に向けた。


「記憶? あれって、僕をもう一匹の破壊竜にするための何かじゃないの?」

「それ、多分違うと思うよ。例えば……、しっかりとした目的があって君に与えられているものだと仮定してみたらどうだろう。記憶の進み具合によって、君は混乱したり、感化されたりしてるみたいだけど、それはあくまで副産物で……」

「副産物で苦しめられてんの? 困るんだけど」

「同時に、使える力も増えてるじゃないか。そのお陰もあって、目が覚めた直後より、君は格段に強くなってる。他に白い竜は存在しないんだから、君はかの竜以外の誰からも、その力の使い方を学べないんだよ」


「な……、何それ。その為にわざわざ、記憶を流し込んで来てんの? 意味が分からない」

「教えたくても、かの竜は……、レグル様は今、動けない」

「遺跡に自らを幽閉しているから……? まさか」

「かの竜がどうして破壊竜と呼ばれるまでになったのか、タイガはもう答えを見てるんだろ? 最初から悪いヤツじゃなかったって……、あの時、訴えてた。つまり、白い竜はイコール破壊竜って訳じゃない。悲惨な過去がかの竜を破壊竜にしてしまったってことじゃないのかな」

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