6. 冷静になれ

 隠しているつもりだったのに、全然隠し切れてない。

 十何年も僕を実子同様に育てたんだから、まぁ、シバにバレない方がおかしいわけで。


「……図星か。何を見た」


 怖かった。

 シバの話を聞いて、急に不安の色が辺りに立ちこめるのも、皆の視線も。

 僕は目を閉じた。

 そのまま頭を抱えて、椅子の上で身体を丸めた。


「あいつ……、キースの姿を、手に入れたんだ」


 ガタッと、シバが立ち上がる音。


「き、キースの……?」

「シバ、キースって誰」


 ノエルが聞く。

 シバはしばらく言い淀んだ。言えない……、言えるはずがない。塔の五傑に数えられたシバの、唯一の汚点のようなものだから。


「キースは、かつて存在した救世主。かの竜ドレグ・ルゴラを封じたとされる異界の干渉者だよ」


 シバとの接点に触れないようにして、僕は言った。


「その身体を、あいつは奪い取ったんだ。人間と同化すると、竜の力は急激に増加する。当時最強だった救世主キースの身体と同化して……、元々化け物級だったあいつは、更に強くなった。シバと凌が知ってるドレグ・ルゴラの人化後の姿は、黒髪碧眼だったよね。本来……、色素の薄い白い竜は、人化しても白髪赤目の僕みたいな格好になるはずなんだよ。――これで、あいつは人間達に警戒されにくくなった。キースとの戦いで力尽きて、黒い湖に落ちたけど……、別に、倒されたわけでも封印されたわけでもなかった。力を回復させるための、長い眠りに就いただけだった」


 僕は頭を伏せたまま、大きくため息をついた。


「……多分、復活してからの方が、格段にヤバい。人間を食うとか殺すとか、そういうんじゃなくて、もっと違うベクトルに向かってヤバくなるんじゃないの……? 人間の振りをして過ごすのは勿論、警戒されないのをいい事に、もっと深いところまで踏み込んで行くんだよね? だって、どうにかして美幸に近付いて、子どもまで産ませてる。恐らくリアレイトにも平気で侵攻していくはずだ。東京の街が壊されてるのを、誰かの記憶で見た事がある。僕はそれを……、あいつの目線で辿り続けなくちゃならない。正直、耐えられる自信はない」


 気が付くと、僕は震えていた。

 怖くて堪らない気持ちを、少しだけだけど口にしてしまったことで、緊張の糸がほつれてしまったみたいに。


「よく……耐えてる」


 シバに言われ、僕は頭を抱えたまま頷いた。


「――記憶が、どんどん現代に近付いてきてて。もう少しで追い付くんだよ。そのうち、凌や美桜も記憶に出てくるかも知れないって思うと……、頭が、ぐるぐるする」

「不安定な気持ちの原因の一つが……、それか」


 シバの手が、僕の背中を擦る。

 柔らかいリサの手とは違い、ちょっと無骨で、神経質な手が背中を伝っていく。


「やっぱり、今ルベールと戦うのは無理だな」

「は?」


 顔を上げると、シバの困ったような顔が目に入った。


「『巨大化せずに傷を付けて見せろ。そうしたら、杭を倒す権利を与える』――だそうだ。好戦的に見えるが、冷静さもしっかり持ち合わせている半竜に見えた。力をきちんと制御出来なければ……、恐らくルベールは倒せない」


 シバの頭には、真っ赤な髪を逆立てた赤い鱗の半竜、ルベールの姿が浮かんでいる。

 大聖堂で僕を見下したあの時のまま、強そうで……ゾクッとした。


「ルベールと……、話せたんだ」

「彼によれば、柱のそばでずっと待っていたと……。神の子以外の人間と話をしてくれるか半信半疑だったが、下見は正解だった」

「巨大化せずにルベールに傷を付ければ良いだけなら、どうにかなりそうだけど……」

「――いや、そう簡単にはいかないだろう。あまりの力の差に、私は話を聞くので精一杯だった。グリンもシオンも、近付くことすら拒否した。ドレグ・ルゴラ程ではないが……、それに準ずる力を持ってる。倒すのは難しい。傷付けるのがせいぜいかも知れない」


 最強の干渉者シバの言葉には説得力があった。

 ノエルもグレッグも、頭を抱えている。


「不安定な僕じゃ、ルベールを傷付けるどころか、暴れて終わりかもって……、そういうこと?」

「そうならないように、力をコントロールしろ」


 もっともらしいシバの言葉に、ぐうの音も出ない。

 このままじゃ、アナベルにも会えないし、ルベールも倒せない。石柱を壊せなければ、最悪、また一からやり直しだ。


「ところで、相変わらず竜の肉は食べてるのか」

「うん。朝晩、誰も居ない時間帯に」

「まずはそれをやめろ」

「――はァ?! ご、ご褒美として肉を食べても良いって言ったのはシバだろ?!」


 急に変なことを言い出したシバに、僕はかなり困惑した。

 そうでもしなくちゃ、理性を保てないのに、何を考えて……!!


「ダメだな。お前は化け物じゃない。竜だって、同族の肉は食わないとグリンやシオンに聞いた。食うなら、人間が食う肉と同じものを食べろ。生で肉を食うのもやめろ。自ら地獄に堕ちるようなことをするな。人間だってことを、否定するな」

「に、人間じゃない!! こんな……、凶暴で制御の効かない白い竜の、どこが人間なんだよ……!! 人間も竜も襲う、人類に、……いや、世界中に恐れられる化け物のどこがどうなったら、人間だなんて言えるんだ!!」

「化け物をアナベルに会わせる訳にはいかない。冷静になれ。わざわざ人間の敵になろうとする理由を私にも教えてくれ」


 ……シバは、僕に迫った。

 僕は牙を剥き出しにして、シバを睨み返した。


「アナベルには言えるけど、私には言えないのか。良いか、大河。何度も言う。お前は、白い竜の血を引いてしまった人間だ。白い竜の血と記憶に惑わされて、第二の破壊竜になろうとするな」

「なろうとなんかしてない!! そんなものになるくらいなら、死んだ方がマシだ!!」

「死んだらアナベルに会えないぞ?」

「……っ!!」

「今のお前は、どうにかして自分を、恐ろしい白い竜だと思い込もうとしている節がある。世界を救いたいって気持ちに嘘がないなら、どうして自分を人間じゃなくて白い竜として数えるんだ。アナベルにしか言えない隠し事と何か関係はあるのか……?!」

「――うるさい!! うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい…………!! 言うもんか!! アナベルが良いよって言うまで絶対に言わない!!」


 僕は興奮して……、立ち上がってシバを怒鳴りつけていた。

 鱗は全身に浮かんでいるし、呼吸も荒い。竜化しかかった状態でシバを睨み、必死に凄んだのに、シバは表情も心の色も変えずに、呆れたような顔で僕を見ている。


「自制心が足りなさ過ぎて、見ていられないな。……とりあえず、石柱の場所は把握した。一度行きさえすれば、あとは転移魔法で飛べる。期限は延ばせない。もっと冷静になれ、大河」


 シバは立ち上がって、僕を一瞥し。出口の方へと向かって行った。


「シバ! どこ行くんだ?」


 ノエルが声をかけると、シバは軽く手を上げた。


「周辺の散策と情報収集。エンジ達の所へ行ってみる。大河も、寝る時以外は無理にここに居なくていいぞ。気晴らしにあちこち行ってみればいい」

「あちこちって……。監視は?」


 と、レン。


「二号を引き連れて行かせればいい。離れ過ぎなければ、ここでデータは確認出来るはず。でなければ、リサが同行するか。アナベルに会う覚悟があるなら、大河も暴れたりはしないだろう?」

「……だってよ。どうなの? タイガ」


 レンが僕に視線を向ける。

 悔しい。

 こんなに一生懸命頑張ってるのに、認めてもくれない。

 畜生。こうなったら意地でも眼鏡を奪ってやる。


「暴れないよ。レドの肉ももう食わない。リアレイトで首洗って待ってろ!!」


 出入り口で少し止まって、シバはプッと吹き出した。

 それがまた、癪に障る。


「ああ、楽しみに待ってる。けど、その格好では現れるなよ。母さんがビックリする」

「ウッ……!!」


 僕は慌てて竜化を解き、人間の姿に戻った。

 シバのペースに完全に乗せられてる気がする。

 手を軽く振って、シバは軽快な足取りで小屋から出て行った。転移魔法で飛べば良いのに、シバは言葉通り散策するつもりらしい。窓からのんびり歩くシバの後ろ姿が、どんどん小さくなるのが見えた。


「シバには敵わないな」


 レンがポリポリと頭を掻いた。


「大河君のこと、どうにかしたくて一番必死なの、シバ様だもんね……」


 リサもレンに同調している。

 ずっと何か思案するように黙っていたグレッグが、うぅんと唸り声を上げながら、ポツリと言った。


「巨大化せずにルベールを傷付ける必要があるなら、半竜か……、小型竜程度の大きさまでで竜化を止めて戦わなければならないと言うこと。タイガの今までの戦い方では、ルベールには勝てない。組み手と、魔法の訓練をした方がいいと思うが……、ノエルはどう思う?」

「オレも賛成。力に任せて、動きが雑なんだよ。気を紛らわすのにも丁度良いし、本を読むのも飽きたろ。しかも、途中で寝落ちすると起きたときに大抵おかしくなってる」


 ノエルに言われて、僕は肩をすくめた。

 睡眠と記憶の再生は連動してるから、まぁ……、その通りなんだけど。


「お願い出来るなら……、嬉しい。僕も、なるべく怖がらせないように……、頑張るから」


 シバはさておき、こんな僕のこと、放っとけば良いのに、皆やたらと協力的で。

 だから尚更、本当のことを話したくなくなるってことも、理解……して欲しいだなんていうのは、僕の、我が儘なんだろうか。

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