3. 監視小屋
隠れ家から出て少し歩いたところに、大きく開けた場所があった。
シバは竜の長老にグリンを通じて許可を貰い、そこに大きめのコンテナハウスを建てていた。
資材の殆どを転移魔法と市民部隊の翼竜による運搬で行い、あとは現地に職人さんを連れてきて組み立てて貰ったようだ。大型のエアカーでの運搬も考えたらしいけど、ここの森の木々はかなり高くて、大きな荷物を詰んだエアカーは地上からの風を受けて高度を保てないとかで、断念したらしい。
簡易的な水回りも付いていて、イメージとしては道路工事の現場事務所みたいな感じだ。
僕が現地に向かうと、組み立て作業は殆ど終わっていて、中を見学出来る状態になっていた。
「いつの間にこんなもの建てたんだね……」
「あの隠れ家を壊すわけにはいかないからな。早い段階でジークにも相談して、手筈を整えて貰っていた。事情を知っているだけに、動きが速くて助かる」
テーブルや椅子、家具も少し。それから簡易ベッドも。
こうしてシバと話している間にも、いろんなものが次々に運ばれていく。
市民部隊や職人さんが中へ荷物を運ぶのを見ていると、彼らも彼らで気になるのか、チラチラと僕を見てくる。どうもと頭を少し下げながら、僕は作業を見守った。
「発作が起きるタイミングは分かるか?」
シバに聞かれ、僕はブンブンと首を横に振った。
「……分かんない。けど、長時間じっとしてたり、人間の姿をしてるヤツと密着してたりすると、空腹でなくてもおかしくなるのは分かってる」
「美味そうな臭いがするんだったな。今も臭うか?」
「臭うよ。シバは魔力が高いから、特に」
「でも、発作は来てない」
「……うん。店の外に美味そうな臭いが漏れてること、あるよね。あんな感じ。余程飢えないと、それくらいではおかしくならないんだけど。発作が来ると、ちょっと臭っただけでも我慢出来なくなる」
「……そうか」
シバは作業の様子を一緒に見守りながら、少し思案していた。
「――大河。しばらくはここで寝泊まりしろ」
「ここで?」
「エンジに聞いたが、泉の畔にテントを張って休んでいるそうだな。ここに監視カメラとセンサーを付ける。都市部にも戻れない、あの隠れ家を壊す訳にもいかない。教会の地下施設にはほど遠いが、ある程度の監視をしたい」
「……僕を、信用していないから?」
「違う。これ以上被害を増やす訳にはいかないからだ。それにこのまま破壊を続ければ、お前の力は破壊竜に近付いてしまう。同じ白い竜ならば――、温和なレグルのような、いわゆる神の化身の方に傾いて欲しい」
神の化身……。
古代神と同じ、白い半竜の姿をしていたレグルを思い出す。
抑圧され、自由を奪われ、それでも必要とされるならと、静かな時間を過ごしていた。
結果……何かが起きて、美桜を殺したんだ。
「温和だったんじゃなくて、全部諦めてただけじゃないの? 結局人間は、偶像としてのレグルしか必要としてなかったんだから」
「平和の象徴……。確かに、レグルの心の中までは分からなかった。来澄もあんな調子だったし。今思えば、心に闇を抱えていたんだろう。気付いて……やれなかった」
「悪いけど、僕は平和の象徴なんかになるつもりはないからね」
「塔も……レグルのことで懲りたはずだ。何度も同じ過ちは犯さないだろう」
「……だといいけど」
シバは僕の言葉に反応して、チラリと僕の方を見た。
それから少し、黙りこくった。
*
「何度も言うが、この建物は強固にお前の行動を制限するための場所じゃない。お前が自分の力を制御するための手助けと、そのための数値の監視、関係者の休憩所も兼ねてる。
壊したら、具現化魔法で修理しろ。今のお前なら造作もないはずだ。グリンとエンジの隠れ家とは違って、稀少なものはないからな」
「……分かった」
心から納得しているわけではないけれど、自分の不安定さを考えると、承諾以外の選択肢がない。
監視小屋には僕とシバの他に、リサとレン、ノエル。それからグリンとエンジも。窓の外に、紫色の鱗をした竜……シオンの姿も見える。
「監視カメラは中と外に。外側には四方向、全部に付いてる。データは教会地下の監視室に……と行きたいところだが、あいにく森の中と外では通信が出来なかった。巨大化して踏み潰されたら監視どころじゃなくなる。絶対に巨大化するな。アナベルに会いたいなら、特に」
気を抜くと、身体の中から何かが這い出してくるような感覚がする。
多分それは僕の本性で、白い竜そのものなんだろう。
それをどうにか押さえ込み、僕が僕であり続けるための訓練をしなければならなかった。
「……で、具体的には何をどうすんの? 餌を前にして、食うのを我慢しろとかそういうやつ?」
椅子に深く座って自虐的に言い放つと、シバはムッとした顔を僕に向けた。
「まずはそういう発言をやめろ。人間はお前の餌じゃない」
「餌じゃないなら何。僕には餌にしか見えない」
「じゃあ、アナベルも餌なんだな? 彼女も人間だぞ?」
「――違っ!! アナベルは食べない!!」
「……とまぁ、今の大河はこんな感じだ。自分とドレグ・ルゴラの境目がまた見えなくなってきてる。これを、是正する」
や……、やられた。
僕の現状を皆に説明するために、シバはわざと僕を煽ったんだ。
「空腹でも耐えられるように、発作が始まってから、自分を抑え込むまでの時間を測る。少しずつ、この時間を縮めていけば、いずれゼロになる。分かるな?」
シバから魔力を帯びた人間の、独特な甘い香りが漂ってくる。
昼時が近付いてきたのもあって、腹が空いてきたのか、自然によだれが溢れてきた。
「分かる」
じゅるりと唾を飲み込んで、僕は両手を握り締めた。
「発作に耐えられたときだけ、肉を食うことを許そう。耐えられなかった場合は、お前を攻撃する。私達も食べられたら困るんでな。お前はどうせ直ぐに回復する。白い竜の回復力は人間や竜のそれを遙かに上回る。腕の一本二本取れても、腹に多少の穴が空いても死ぬことはないだろう。……いいな?」
「父親面しておいて、結局は化け物扱いかよ」
「ああそうだ。化け物を、人間に戻すための訓練だ。……アナベルに、会いたいんだろう?」
「うぅっ……!!」
「会いたいなら言うことを聞け。期限内に私の眼鏡を毟り取るためにも、その化け物の本性を抑え込め」
何も……言い返せない。
漂う臭いを嗅がないように、口と鼻を腕で塞いで、シバを睨んだ。
シバはいつになく厳しく、冷たい目をしているように見えた。
「さて。外にシオンを待たせてる。すまないが、大河のことを頼む」
「――え? どっか行くの?」
「次の石柱の場所に、グリンと向かう。大体の場所しか把握出来てないんだ。今日中どうにか位置を特定しておきたい。そこに、火竜ルベールが待っているはずだ。どんな感じで待っているのか、皆目見当が付かないからな。敵情視察も兼ねて、な」
「って訳だから。タイガ、頑張れよ」
グリンがシバの後に続いて監視小屋から出て行くと、急に室内がしんと静まりかえった。
僕、リサ、レン、ノエル、エンジ。
リサはもしもの時の僕を抑えるために、ノエルとエンジは……心許ないが、大丈夫なのだろうか。
「発作が起きたらどうしようって顔してるな」
ノエルが言った。
「当たり前だろ。第一、全員僕より弱い」
「言うと思った。安心しろ。ここを拠点に石柱破壊の作戦を練るから、市民部隊の連中も神教騎士も次々来る予定だってさ」
「鎮静剤は用意してんの?」
「……いや」
「ハァ? 何考えてんだよ? どうすんの? もしもの時は」
「フィルが、もう鎮静剤は打つなってさ」
それまで黙っていたレンが口を挟んだ。
「打ち過ぎなんだよ。これ打つと中毒症状どころか、鎮静剤自体が効かなくなる。自分で抑えろって話。……無理なら、塔の魔女に会うのを諦めるしかない」
「そ、それは困る」
「俺達の前では、無理しなくてもいいけどね。最近無理矢理自分を白い竜だと思い込もうとしてる節があるだろ? ……タイガはタイガでいいよ。無理矢理何かになろうとするから、頭が混乱してるんじゃないのか?」
レンは言いながら、テーブルの上に二号の本体をポンと置いた。スイッチを入れ、計測された数値を見て、ふぅと短く息を吐く。
「数字は正直だ。悪ぶってても、数値は安定してる。――演じるの、やめろよ」
何も言えなかった。
リサが不安そうに壁際にいるのが見えて、僕は慌てて顔を逸らした。
*
杭を壊した直後に比べれば、多少は落ち着きを取り戻した気がする。
しばらく監視小屋の中で、過ごしているけれど、どうにか意識は保ててる。
「このまま落ち着けば良いですけど」
ウォルターが地下施設からゴッソリと資料を運んできてくれたのも、良い気晴らしになった。転移魔法じゃなくて、翼竜の背中に乗せてきたのは、魔法によって何か影響を受ける資料があるかも知れないからってところも、流石の気遣いだと思った。
「文字を読んでれば、気が晴れるなら、そうしていた方がいいですね」
ニッコリと微笑む優顔の聖職者に、僕はそうだねと頷き返した。
「もし仮に暴れたら、この資料は全部消えますから。注意してくださいね」
「――え?」
思わず顔を上げると、ウォルターはまだニコニコ顔だった。
「もう二度と手に入らない資料も持ってきているんです。絶対に、竜にならないでください。良いですね?」
「ウォルターもグルかよ……」
僕が項垂れると、ウォルターは声を出して笑った。
「貴殿は優しい。自分を無理矢理恐ろしい白い竜だと言い張って、そのものになろうとしているのには、何か理由があるのでしょう?」
「どうかな。本性を現しただけかも知れないじゃないか」
本を持つ手が震えそうになるのを、僕は必死にごまかした。
*
発作が起きぬまま、午後になった。
昼食は気を利かせたジークがグリンとエンジの隠れ家を借りて作ったもの。持ち込まれた大量のハンバーガーの半分は、多分僕が食べた。
地下に閉じ込められているときも作ってくれたけど、ジークのハンバーガーは本当に美味い。食べる手が止まらなくなる。
「益々レグルに似たな」
久しぶりに僕を見て、ジークが言った。
「……いや、違うな。レグルはもっと落ち着いてた。魔法学校で見た凌にそっくり」
「ハァ? 何それ」
魔法学校の門のそば、圧倒的な力を見せつけ、凌は僕を無理矢理白い竜に変えた。
あの殺伐とした感じ。姿は人間なのに、絶対中身は違う、相当ヤバいと震え上がった。……あれと、似てるのか。
「どうして凌も大河も、素直に自分の目的を言わないかな」
むしゃむしゃとハンバーガーを食べ進める僕を見て、ジークは深いため息をついた。
「何を考えてるのか知らないけど、世界を救うとか言いながら、自分を悪者にしてる節がある。どうしてそうしなければならないのか、教えてはくれないのか?」
僕は、無視した。
余計なことを言えば、きっと皆僕を止める。
そして、世界はまた――、救われる機会を逃してしまうんだ。
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