2. 逃げるな

「……で? リサの魔法、今効いてるの?」


 とフィル。

 一応は異常なしと言っていたが、僕の様子を見て疑わしく思ったらしい。僕とリサを交互に見ては首を傾げている。


「効いてます。ここに戻ってきてくれてからは……ずっと、魔法掛けてます。どうしても、離れちゃうと……無理だけど」


 リサは半分困ったような顔をして、僕の方をチラチラと確認した。


「シバも、こっちで元の姿晒すつもりはないんだろ? リアレイトまで眼鏡を取りに来いって話?」


 ノエルに言われ、シバは「そのつもりだ」と何度か頷いた。


「石柱は残り五本。うち四本に、守護竜が付いていると聞く。司祭とリサの話では、かなり強そうな竜だったと。まずは守護竜を倒すか懐柔するかしない限り、石柱は倒せないと聞いた。となれば、大河は今までよりも自分をしっかりとコントロールして、守護竜達と対峙しなければならない。その訓練兼ねて、更に成功したら塔の魔女にも会えるんだとしたら、大河ももう少し前向きに動いて良いと思うんだがな」


「今のままだと、だいぶ厳しそうですよね、大河君」

「リサもそう思うか」

「……はい。短期間に五本も石柱を壊したからかも知れないけど――、今までとは全然違う気がします。大河君自身から柔らかさが消えてるっていうか、重々しくなってるっていうか。力の種類も、そういう感じになってきてて」


 まぁそうだろうなと、シバは何度か頷いた。


「誰にも相談せずにやりたい放題やってのこと。ある意味、自業自得だ。あとは大河自身が乗り越えるしかない。確か、ここから一番近いのが、火竜ルベールの守る石柱のはずだ。レン、地図出せるか」

「はいよ」


 作業に使っていたタブレットに地図を映して、レンは皆に見えるよう、テーブルの中央に置いた。

 全員が頭を突きつけながら地図を確認する。


「これがレグルノーラの全体図。都市部をグルッと森が囲っている。赤い丸印がこれまで大河が壊した都市部の石柱の位置だ。塔を中心に等間隔に六つ、円状に並んでいる。以前、大河はこれを魔法陣だと言ったそうだな」

「……うん。凌の魔法陣だと思う。モニカに聞いたことがある。凌のは単純な図形だったって」

「複雑な魔法陣は使わなかったからな、あいつは。で、その証言を元に描いた魔法陣を、地図に重ねて表示してみる。二重円の内側に、正三角形を上下に二つ重ねたものだけの、単純な魔法陣。魔法陣の内側に出来た六角形の頂点と、石柱の位置がピッタリ重なる」

「ホントだ……!」

「すげぇ!」


 グリンとエンジが声を上げた。


「今度は星形の外側を見てみる。六つの頂点の位置が、推定される石柱の場所。現在地はここ。昨日大河が壊したのは、ニグ・ドラコ地区に近いこの石柱。火竜ルベールが守る石柱は恐らくこの南側。そして風竜フラウ、地竜ニグ・ドラコの守る石柱はそれぞれここと、ここ。エルーレ地区の石柱は残り二つ。どちらかに水竜エルーレがいる。そして全部の石柱を破壊した時、初めてレグル――ドレグ・ルゴラに挑めるような話だった。あいつがどこにいるのかは分からないが、司祭の話ではニグ・ドラコの森の奥にある古代神教会の遺跡に身を潜めているのではないかということだったから、このまま森を反時計回りに進んでいけば、辿り着ける算段だ」


 該当する印を一つずつ指さしながら、シバは丁寧に解説した。

 最終目的地は古代神教会の遺跡。

 僕も……そうだと思う。遺跡の位置は思ったよりもこの森に近いが、直ぐに行っても僕は太刀打ち出来ないはずだ。シバの言うとおり、倒しながら森を抜けて近付いていくのが賢明だろう。


「恐らく、これまでとは違って短期間に複数本壊すというのは難しい。守護竜の強さも、どういう力を持っているのかも分からない。しっかり対策を練るしかない。……今までだって、相当無理をしていた。今後は方針を転換すべきだ。でないと、持たない。大河、……意味、分かるな?」


 タブレットを覗き込んでいた皆の目が、一斉に僕に向いた。


「まぁ、分かるよ。ちゃんと考えて動けってことだろ」

「そういうことだ。まず、自分の力と理性をコントロールしろ」

「コントロールしろったって……。好きでこうなってるわけじゃなくて」

「言い訳をしてばかりじゃ、塔の魔女には会わせられない。私の眼鏡に辿り着くまで、どうすべきか考えろ。少なくとも、私はここで素の姿は晒さないんだから」


 シバはまたニッと笑った。


「意地悪」

「来澄の言うとおりだった。私は甘過ぎた。これからは厳しくやる。いいな」


 そのしたり顔が恨めしくて、僕はギリリと奥歯を噛んだ。


「まずは、空腹になっても、人間や竜を襲わないところからじゃないかな」


 言ったのはグリン。


「同感」


 と、エンジが続けた。


「かなり苦しそうだった。耐えられなくて、自分の腕食い千切ったんだぜ? まともじゃない」


 皆が顔を青くして僕を見ている。


「もう治ってるから良いじゃん」


 左腕を捲り、傷一つないのを見せたのに、頭の上からゴツンとノエルの拳が降ってきた。


「いっ……てぇ!! 何すんだノエル!!」

「良いじゃんじゃない!! ヤバいにも程があるだろ!!」

「だ、だって……、ふたりを食ったら協力して貰えなくなると思って」

「じゃあアレか?! どうせ直ぐに再生するから? 毎度我慢出来なくなったら、自分の腕でも足でも食っちまうのか?! 竜化してたら尻尾も食えるよな? それでどうすんだ。頭悪過ぎだろ!!」

「じゃ……、じゃあ聞くけど、誰が僕を止めるんだよ。止められないから、自分でどうにかしたくて、頑張った結果だったんだけど」

「頑張ったら自分を傷付けても平気ってか?! お前、ここんところずっと変だぞ。前から変だったけど、久々に会ったら益々変になってる。――タイガ、お前、死ぬつもりだろ」


 ノエルの言葉に、空気が冷え固まった。

 僕は息を呑み、そのまま視線を下にずらした。

 恐怖と不安の色が室内に一気に充満して、それからシバの声。


「……死ぬつもりなんだな?」

「し、死んじゃダメだよ! 大河君が死んだら私――」


 リサがバンとテーブルを叩いて僕に迫った。


「僕が死んだら、リサは自由になれるじゃないか。……何が不満なの」

「そういう問題じゃなくて」

「竜石の娘は、僕の力を抑えるためだけにあいつが寄越した存在だ。僕が死ねば、妙な使命もなくなるし、自由になれて良いんじゃない? そしたら普通の女の子になれるでしょ?」

「そ、そんなの全然嬉しくない! どうして大河君はそうやって……」


「こんな化け物がのうのうと生き続けても良いと思ってんの? あんたら全員頭がおかしいんだよ。僕の本性、見たんでしょ? 会話も通じない、何でも壊すし、食うし、制御だって出来てない。僕は杭を全部壊して、あいつを、ドレグ・ルゴラを殺して世界を救わなくちゃいけないんだから、それまで必死に我慢して生きてるだけで! このまま生き続けることが二つの世界にとって有益だなんてこれっぽっちも思わないけど、あんたらはそれでいいわけ? ばっかじゃねぇの?!」


 ハハハと、僕はから笑いした。

 目が泳いだ。

 むしゃくしゃする。誰も僕のことなんて、分かりっこないクセに。


「大河やめろ」


 シバが僕の後ろに回って、肩を叩いた。

 僕はその手を思いっ切り払いのけた。


「聞くけどさ、僕が生き続ける意味って何。世界にとって、僕の存在は脅威でしかないんだよね? そんなの、自分でもよく分かってるんだよ。誰も傷付けたくないし、誰も殺したくない。だけど、そうしなくちゃならないように決まってて、それから逃れる手段がないからそうしてるだけなんだよ。……ねぇ、シバ。僕を殺してよ。直ぐにでも楽になって良いなら、直ぐに殺して。僕はこれ以上生きていたくないんだ。嫌なんだよ、僕のせいで何もかもめちゃくちゃになってくのが……!!」


 言って……、しまった。

 言わなくても良かったのに、我慢出来なくて。

 興奮して、また鱗が浮き出てる。


「白い竜にしか、白い竜は倒せないらしいと聞いた」

「そんな正論は聞き飽きた!!」


 ガタンと椅子を倒し、僕はシバの胸倉に掴みかかった。

 シバは表情も変えずに、僕をじっと見つめてくる。それがまた、癪に障る。


「殺せよシバ!! 僕が誰かを殺す前に、早く僕を殺せ!!」

「黙れ大河。お前の使命は、あと五本の石柱を壊すこと。そしてドレグ・ルゴラの息の根を止めること。それ以上でもそれ以下でもない。やることはやれ。逃げるな。誤魔化すな。誰もお前の代わりは出来ないんだから」

「どんなに残酷な運命でも受け入れろって言いたいのか……?! あぁ?!」

「受け入れろ。逃げるな。“儀式”……だっけ? そのために頑張ってるんじゃないのか……?」


 儀式と聞いて、僕はシバを掴む手を緩めた。

 シバの記憶の中に見えたアナベルの顔を思い出すと、胸がぎゅうっと押し潰されそうになる。


「何がお前を突き動かしているのかは分からないが、彼女には言えるのか? 心を開けるのか?」


 こくりと、深く頷く。


「アナベルに会いたい」

「会いたいなら、興奮して竜化が進むのを止めないと。怖がらせたら困るんだよな?」


 もう一度、こくりと頷く。

 自分の身体を確認して、そうだ、怖がらせるのはダメだと、急いで竜化を解いていく。


「アナベルが許可したら、私達にも儀式のことを教えてくれるか……?」

「いいよ。アナベルが良いと言ってくれるなら、全部話す。だけど、それまでは誰にも喋らない」

「それでいい。耐えろよ、大河。少なくとも今死ねば、塔の魔女アナベルには会えない」

「……死なない。アナベルに会う。会って、話したい。あいつがリサと話してたみたいに、僕もアナベルと話したい」

「よし、よく言った」


 シバはちいさい子どもにするみたいに、わしゃわしゃと僕の頭を撫で回した。髪が乱れる。何だか変な気持ちになるが、決して嫌ではなかった。


「流石シバ。よく丸め込めたな」


 感心したように頷くノエルを、シバは笑った。


「丸め込んだわけじゃない。どうやら、今の大河にとっては儀式とやらが大事らしいから。それより、リサと……ドレグ・ルゴラに接点が?」

「え? わ、私は何も……!!」


 リサがブンブン頭を振って否定した。


「あいつ……、リサのこと、好きだったんだと思う。だからきっと……僕にリサを寄越したんだ」


 僕が言うと、また皆が首を傾げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る