8. 訃報

 知らない天井を見上げ、僕はぼうっと寝転んでいた。

 ベッドはフカフカで、久しぶりに身体がギシギシせずに眠れた。リサのお陰か、人間の姿を保てていることもあって、仰向けに寝られるのがありがたかった。

 リサが絶えず僕の胸をトントンしてくれるのも、心地良い。

 心の中はめちゃくちゃだけど、身体の方は十分に休めている。

 そうやってしばらく休んでいると、ふいにバタバタと足音がして、室内に数人雪崩れ込んできた。


「大河は」

「大丈夫、落ち着いてます」

「……やっぱり、リサの魔法がなければ人間の姿が保てなくなっていたんだ。苦しかったろうに」


 金髪の男が視界に入った。シバだ。


「まぁ、暴れたお陰で見つけられたんだ。破壊竜になりきっていなかっただけマシだと思うしかない」

「だとしても、このままじゃ、大河君が持たないと思います。また記憶があやふやになってるのか、さっきも変なことを」

「変なこと?」

「自分とかの竜が、同じだとか何とか……」


「――僕はあいつで、あいつは僕だった」


 僕は自分の言葉を言い直して、ゆっくりと身体を起こした。


「大河」

「大河君」

「タイガ」


 見覚えがないとは思ったが、室内を全部見渡して、どこか分かった。ここはグリンとエンジの隠れ家だ。昨晩、使っても良いよと案内されたベッドルーム。結局、竜化するかも知れないと思ったらお腹が痛くなってきて、使わなかった部屋だ。

 ノエルと一緒に、グリンとエンジの姿もある。


「……ごめん。また、おかしくなった。ハッキリ覚えてないけど、多分――竜を、殺した」


 頭を下げたところで、僕がやったことが覆ることはない。


「あと五本壊していく間に、もしかしたらあいつより恐ろしい化け物になるかも知んない。――僕のことなんか放っとけば良いのに。なんで……、来たんだよ」


 自分を制御出来なくて、だから人間の住む世界から逃げてきたのに。

 これ以上僕と居ても、多分良いことなんて一つもない。

 苦しんで、悲しんで、絶望していくだけなのに。


「自分の息子を、放っておけるわけがない」


 シバが上から僕を睨み付けた。

 綺麗な眉間にしわを寄せ、口惜しそうに顔を歪ませて。


「息子? はぁ? まだ父親面するんだ。あんたの血は一ミリも流れてない。それとも何? 僕が飢えたときには真っ先に餌になってくれる? 最強の干渉者の肉ならきっと、僕は満足出来るだろうし非常食には最適かもね」

「大河君!!」

「タイガ、お前シバになんてことを」


 リサとノエルが僕に注意をしてくるが、言われたシバは表情を変えず、ずっと僕を睨んでいる。


「そうやってわざと相手を遠ざけて、お前は一体何を企んでる」

「企む? はは。何言ってんの?」


 ――と、シバは僕の胸倉をぐいと掴み、整った顔で僕の眼前に迫った。


「大河。いい加減にしろ。お前が誰にも言わずに、密かに何かを行おうとしているってことは分かってるんだ。誰になら言える? 誰になら心を開く? お前が信頼するのは誰だ。自分自身じゃないよな。お前は今、自分が一番信じられない存在なんだから。リサでもない、私でもない、ましてやノエルではなかった。ウォルター司祭には話せるか。イザベラシスター長? いや、彼女ではないな。ならば雷斗か。お前の心は一体、誰になら開いてくれるんだ」


 奥歯をギリリと噛んで、行き場のない怒りを必死に堪えるようなシバに、僕はどこか申し訳なさを感じつつ、それでもフンッと笑い飛ばした。


「僕は誰も信じない。誰にも心を開かない」

「ローラには、開きかけてた」


 ビクッと、身体がその名に反応した。


「ローラは何か知っていた。地下に来たときの記録を見た。“儀式”とは何だ。お前は一体何を企んでる」

「……教えない」


 目を逸らす。心の中を、見たくない。


「ディアナが死んだ」


 バッと、僕は逸らした目を直ぐにシバに向けた。


「やっとこっちを向いたな。どうした、大河。ディアナが死んだんだ。嬉しいか。訃報を伝えたのに顔がニヤけてるぞ。お前はディアナとローラに早く死んで貰いたがっていた。本物の塔の魔女は、ディアナが死なないと現れないそうだな。お前はローラを偽者呼ばわりして、ディアナの死を誘った。一体何の権限があって、あの二人を追い詰めたんだ!!」


 死んだ。

 ディアナが死んだ。

 ローラの思惑通り、自分が先に旅立つことで、ディアナは安心して命を絶てた。

 身体が震えた。

 だけどこれは、僕が二人の命を絶つ原因を作った罪悪感からではなくて。


「じゃ、じゃあさ……、新しい塔の魔女は、現れた……?」


 嫌になるくらい満面の笑みを、僕はシバに向けたのだと思う。

 シバはあからさまに僕を気味悪がって、胸倉を掴んでいた手を離し、数歩退いた。

 僕はベッドから下り、靴も履かないままシバに迫った。


「新しい塔の魔女は、現れたの? 現れたんだね。会いたい。会わせて。お願い」


 シバの目を見れば、真偽が分かるかも。

 目を合わせないように努めていたのを忘れて、僕はシバと視線を合わせに行く。

 シバはシバで、僕に記憶を見られないよう必死に顔を逸らし、腕で僕の視線を遮ろうとした。

 その腕を僕は掴んで、無理矢理シバの顔を覗き込む。

 目を見る。


「アナベル――十六歳。僕と同じ。あ、でも年下か。僕は直ぐに誕生日が来るから。修道女なんだね。メリー修道会。フラウ地区の? じゃあ、元々孤児ってこと? “整える”必要はない。ディアナらしい人選だ」

「大河!! 勝手に人の記憶を覗き見るな!!」

「少し青の混じった髪。目の色も綺麗だ。夕焼けみたい。もう、塔にいるんだね。行けば会える?」


 気分が高揚して、また白い鱗が浮き出てる。

 半竜になりかけているのを見かねてか、リサが僕の側に来て、「落ち着こう」と声を掛ける。

 だけど僕は、そんな彼女を思いっ切り腕で払いのけ、そのままシバに迫っていった。

 記憶を見られまいと後ろに下がるシバ。グイグイ迫る僕。払いのけた手を掴み、また払われ、また掴んで。気が付くと僕は、シバを壁際にまで追い詰めていた。

 僕の影が、シバを覆う。シバは恐怖を感じながらも、必死に耐えているように見える。


「タイガ! お前いい加減にしろ!!」


 ノエルとグリン、エンジが三人して、僕の身体を引っ張った。

 グワッと視界が揺れたけど、足元がふらつく程度で。


「うっさいな!! 今大事な話してんだろ。邪魔すんな!!」


 目障りな三人を睨み付けて威嚇すると、彼らは蛇に睨まれたカエルみたいに動かなくなった。

 シバは僕の顔を恐る恐る見つめて、絞り出すように言葉を吐いた。


「今は……、就任直後の大事な時期だ。塔で手続きや、今後についての指導を行っていると聞く。私はその合間に、偶々お顔を拝見した。……凄いな、大河。鮮明に、人の記憶が見えるのか」

「見えるよ。だから知ってる。シバと凌との妙な約束も。凌が……、僕をどうしたかったのかも、全部」

「ドレグ・ルゴラを止めるために、お前が必死なのは知っている。けれど、ディアナとローラは……。なぁ、大河。お前には一体何が見えてるんだ。その先に、一体何が待ってる? このままだとお前は本当に、闇に呑まれてしまう。自分をかの竜と同一視し過ぎるのは危険だ。直ぐにやめろ。このまま呑まれていけば、ただ邪悪なだけの存在になってしまう可能性だって、捨てきれなくなる。そんな恐ろしいヤツを、塔の魔女に会わせるわけにはいかない……!!」


 シバは僕を突っぱねた。

 そうだよ。

 僕のやることは極端で、無謀で、何かに取り憑かれてるみたいで、まともなヤツの理解の及ばないところにある。

 だけど。

 僕は僕なりに、やらなくちゃならないことをやってるつもりだ。その結果がこの有様なのだとしても……!!


「会わなくちゃいけないんだよ。新しい塔の魔女に。絶対に、会って話さなくちゃならない」


 僕は力を抜いて、シバから離れた。

 威嚇するつもりなんてなかったなんて言ったところで、竜化しかかった状態じゃ、多分信じて貰えないだろうから。


「――本物の塔の魔女なら、きっと分かってくれると思うんだ。どうして僕がこうなったか、このあとどうすべきか。もうこれ以上、先延ばしには出来ない。無理矢理にでも僕が“整える”。用意する。“儀式”のために何でもする。あいつは失敗した。今度は僕がやる。絶対に、僕らの世代で地獄を終わらせるんだ。未来を、これ以上最悪なものにしないために」

「あくまで、ディアナとローラのことは、正義のためだったとでも言いたいのか」

「そうだよ。神様とやらは残酷なんだ。例外は認めない。僕はこの世界で唯一にならなくちゃならない。だから、僕があいつを殺す」

「あいつって……、凌のことか」


 シバは恐る恐る、僕に聞いた。

 僕は首を横に振った。


「違う。僕が殺すのは、ドレグ・ルゴラ。もう一匹の白い竜。僕はあいつを殺して、この世界で唯一の白い竜になる必要があるんだ」

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