5. 暴走
空を
僕はまた、巨大な白い竜になる。
身体が膨張する度に、例えようのない衝撃が襲い、意識が吹っ飛びそうになった。
ダメだ。意識だけは失うな。
だけどそれが誰の言葉で、どうしてそうしなくちゃならないのか、僕にはもう理解出来ていない。
暗黒魔法の赤黒い光が消えると、頭の中はますますぼうっとして、全身から力が溢れていくのを感じた。
「し、白い竜だ……!!」
「何だあの禍々しい姿は!!!!」
ざわめきが耳に入った。
巨大化した身体がバリバリと木々をなぎ倒し、ばたつかせた羽がそれらを吹っ飛ばした。長い尾がバシンと大地を叩くと、竜達がギャンギャンと悲鳴を上げる。
高く聳えていたはずの針葉樹の天辺が、今はもう直ぐそこに迫っていた。
鳥達が一斉に飛び立ち、遠ざかっていくのが見える。
「これがタイガ……?! マジかよ!!」
聞き覚えのある声だけど、誰のものか判別出来なかった。
巨大化した身体の奥が熱くて熱くて、息をする度に炎が漏れた。
騒ぎ出す竜達の姿が見える。混乱し、衝突し、言い争っている竜もいる。
小さい。
一番デカい竜でも、僕の胸の辺りまでしかない。
「こんなにデカいって聞いてたか、グリン!!」
「俺に聞くなよエンジ!! 何だあれ?!」
足元でウロチョロする……人間?
ゴクリと、喉が鳴った。
僕はそいつらを捕まえようと、地面にぐんと腕を伸ばした。
「わああァッ!!」
「何だこいつ?!」
二人はスルッと攻撃を躱し、木々の間に逃げてゆく。
恐れられている。――そう思うと何だか気分が高揚し、口元が緩んだ。
見えてるじゃないか、僕の存在が。
そうだよ、いるんだよ。どんなに否定しようが拒絶しようが、僕はここに存在して、こうやって森を壊してゆく。
壊せばいいじゃないか。
全部壊してしまえ。
頭の中で誰かが言う。誰が? 知らない。
僕には力がある。
もう、自分の存在に苦しみ、泣き叫ぶだけの憐れな白い竜の子じゃないんだよ。
「やめろ!! タイガッ!!」
紫色の鱗をした小さな竜が一匹、僕の眼前に躍り出た。
「だ、ダメだ。自分を見失ってる」
見失う?
失礼だな。
これが僕、本来の。
「……怖いのか」
僕は言った。
紫のヤツはビクンと身体を震え上がらせた。
「白い竜が怖いのか。なぁ。同じ、竜だろ……?」
僕の口から漏れ出た炎がすぐそばまで達し、紫のヤツはバランスを崩して倒れそうになった。
グッと耐えて、僕の方に向き直ると、そいつは声を振り絞るようにして叫んできた。
「おい、タイガ!! 力に呑まれるな!! 聞いているのか?!」
呑まれる?
何に?
分からない。どんどん興奮して、気持ちよくなってくるのだけはよく分かるんだけど。
「黙れ。目障りなんだよ……!!」
僕は身体を起こし、後ろ足で立って大きく空気を吸い込んだ。
腹の中に空気を溜めて、体内の炎を十分に混ぜ込み、それから一気に噴射する。
ゴオオォォッ!!
周囲は森、木に火が引火して、一気に燃え上がっていく。
「火が!!」
「神の子を止めろ!!!!」
竜達が口々に叫んでいる。
それがまた滑稽で、僕は全身を震わせて高笑いした。
「面白ぇ!! 止められるなら止めてみろよ!! 愚かな竜共めがぁッ!!」
炎が勢いを増す。
楽しくなって、僕はまた火を吐いた。
何だこれ。
何度も見た。
思い出してくる。あの興奮、堪らなくて僕は何度も火を吐いたんだ。
いつのことだったのか、何故そうしていたのか分からないけど、僕は何度も体験した。
キャーキャーと叫ぶ人間達の声が気持ちよかった。今聞こえるのは竜達の叫び声だけど、まぁ、大して変わらない。
ずっと僕を否定していたヤツらが、この瞬間、僕を認めざるを得なくなる。
それが楽しくて楽しくて。
「ええい! クソッタレぇ――ッ!!!!」
ドンッと、紫の小型竜が僕の足に激突してきた。
何やってんだ、こいつ。
弾かれても、何度も何度もぶつかって、誰かの名前を呼んでいる。
「止まれ、止まれタイガ!! 化け物にはなりたくないって言ってたクセに!!」
紫のが言うと、他の竜もハッとしたように僕の方に向かってくる。
ドシン、ズシンと、体当たりで何匹も何匹も。
けどなぁ、
「弱ぇヤツは何匹集まったって、意味……ねぇんだよ!!!!」
僕は長い尾をブンと振り回し、向かってくる竜達を次々になぎ倒した。
ひっくり返り、呻き声を上げるそいつらを、僕はゲラゲラと笑って見下した。
ヤバい。
愉しい。
抑えていた力を放出して、思いっ切り森を焼いて。竜達をなぎ倒して。
蓄積された鬱憤が一気に解消されるような。
「うぅ……ッ。か、神の子……!!」
むっくりと、一際大きな竜の一匹が立ち上がって僕に向かって再突進した。
ドガッと、今までで一番の衝撃。身体がよろめき、僕は足をググッと踏みしめた。
「神の子!! 正気に戻れ!!」
相撲よろしく胸に体当たりしてきたそいつは、黒に近い灰色の鱗をしている。
僕とは正反対の、しっかりとした色の付いた鱗。
「……うるせぇ」
がっしりと身体を掴み、僕を倒しにかかるそいつに、僕も全力で応戦する。
腰の辺りにしがみ付いた腕を離そうと必死に掴むが、僕の爪が食い込んでも血が出ても、そいつは微動だにせず、僕を抑え続けた。
「森を焼くな。君は、かの竜とは、ドレグ・ルゴラとは違うんだろ?!」
ドレグ・ルゴラ……。
何だっけ。
偉大なるレグルの竜。偉大なクセに、恐れられてばかりで、誰にも認められなかった白い竜。
「うるせぇ!! 黙れ!! ぶっ壊す!! 何もかもぶっ壊す!!!!」
全体重を乗っけて、勢いよくそいつを押し倒した。そのまま長い首を伸ばし、僕はガブッと、黒い竜の首に齧り付く。
「ぐわあぁぁあぁああッ!!!!」
竜の血の味。
そのまま僕は首の肉を食い千切り、巨体を地面に叩きつけた。
血が噴射した。辺り一面が真っ赤に染まった。
僕の鱗も赤くなった。それが、たとえようもないくらい嬉しくて嬉しくて。
「タイガ!! タイガやめろ!!」
誰かが叫んだ。
聞こえない振りをした。
今、丁度面白くなってきたところなのに、止めようってのか。力もない、止めることも出来ない小さな竜の分際で。
黒い竜の身体に何度も齧り付いた。羽をもぎ取り、腕を折った。腹を抉った。内蔵を漁った。
喚き声が耳に心地よくて、僕は何度も何度も、そいつを痛めつけた。
……この感覚だよ。そうだ。どうして忘れてたんだろう。
僕は壊したいんだ。殺したいんだ。
力を押し込めて、自分を押し殺して、自分だけが我慢すれば良いなんて、そんなこと考えてちゃダメなんだよ。
壊せよ。
殺せよ。
どうせ誰も僕のことなんか理解しないんだから。
「タイガ! お前、なんてことを……」
黒いヤツは、最後まで何か言いたげに口をパクパクさせていた。
次第にそいつは動かなくなって、目にも光がなくなって、それまで聞こえていた心臓の音もパタリと止んだ。
「や、ヤバい!! レドがやられた!!」
誰かに言われて、初めて僕は自分の意思で竜を一匹殺したんだと理解する。
悪くない。
この感覚、この感情。
僕は初めて僕になれた気がする。
燃え広がった火が退路を塞ぎ、竜達は逃げることも僕に向かうことも出来ず、遠巻きに僕をじっと見ていた。
そのどれもが恐怖の色を滲ませていて、次は自分かと、どうにかして逃げられないかと頭の中でグルグル考えを巡らせている。
「止めるんじゃねぇのか……。止めらんねぇのか……? 図体ばっかでっかいクセに、殺されるのが怖くて止めにも来れねぇのかよ!!」
ガハハハと高笑いしたところで、空が光った。
「ん? なんだあれ」
「魔法陣……?」
竜達がざわめき立った。
目を丸くした。
上空に、確かに大きな魔法陣。なんて書いてある?
「転移……、転移魔法か?!」
緑色に光る巨大なそれから、竜の足と尾が見えてくる。
「え?! な、何だ?!」
下半身から徐々に姿を現したのは、市民部隊の翼竜だった。
一匹だけじゃない。何匹も何匹も。背中に何人も乗っけて、どんどん姿を現していく。
「――シバ様!! 大河君、見えました!!」
女の声に、僕はドキリとして息を詰まらせた。
「よし!! リサ!! 吸収魔法、頼む!!」
「了解です!!」
翼竜の上で、真っ赤な独特の光を放ったそれに、僕は確かに覚えがあった。
驚愕して立ち尽くす僕を、彼女は空からじっと見つめている。
「大河君!! 遅れてごめんね! 今、君の力を吸い取るから……!!」
バ……ッと、翼竜の上から赤色の光に包まれた彼女が飛び降りてくる。
「?! 死ぬ気か……?!」
けれど彼女は決して死にたいような顔をしているわけじゃなかった。
確固たる意思と決意を持って、白い竜である僕の頭上で、魔法を発動させる。
真っ赤な光が彼女と周囲を包み込み、そのまま僕の額の上へと降り立った彼女は、僕の視界から外れたところでこう叫んだ。
「大河君の、白い竜の力、吸い取れるだけ全部吸い取る……!!」
急激に、掃除機で無理矢理吸い取られるみたいに、力が吸い取られていく。
久々すぎるこの感覚。
力が抜ける、身体が、縮まる……!!
「鎮静剤用意!! 三本まとめて打て!!」
地面に降り立った翼竜の背中から、次々に人間が下りてきて、僕に近付いてくる。
何かされる。
追い払おうとしたけれど、赤く光る女の魔法で、力が全然入らない。
「だいぶ小さくなった」
「さすがリサ!!」
白い服を着たヤツ、それから銀色の上着を羽織ったヤツもいる。それぞれに手に持ったケースから何かを取り出し、準備を始めている。
身体が縮まり、半分くらいの大きさになったところで、そいつらはおのおのに持っていた何かを僕にぶっ刺した。
「ぐわあぁあっ!!」
足に腹に激痛が走った。
身体に、液体が入ってくる。
力が抜ける。そのまま……、僕は地面に倒れ込んだ。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……。何を……した…………」
赤く光っていた女は、いつの間にか僕のそばに屈んでいた。
僕の身体は、半分人間の姿に戻ってきていた。
「遅くなってごめん。君を、止めに来たんだよ」
光が完全に消え、女の元来の、杏色が見えてくる。
杏色……。
優しく、僕を見守る、あいつが作った……。
「リサ……。何、してんの……?」
地面にうつ伏せになって倒れ込んだまま、僕は彼女の顔を久しぶりに見た。
そしたら急に安心して、ドッと眠気が襲ってきた。
「一人にしてごめんね。もう大丈夫。大丈夫だから」
リサが、僕の頭を撫でた。
気持ちいい。
リサがそばにいてくれるなら、もう悪い夢は見ないで済むよね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます