6. 信用出来ない

「つまりドレグ・ルゴラは死んでない、復活が近いってことか……」


 昼食後にお茶を頂きながら、これまでのことをざっくり話す。

 リアレイトで塔の五傑シバに育てられたこと、僕の力と記憶は三歳から十三歳のあの日まで封印されていたこと、レグルが無理矢理僕の封印を解き、反動で三年二ヶ月眠っていたこと。目が覚めたあとからは、自分の力の大きさと過去の記憶に振り回され、自我が保てなくなっていること。

 ……そして、レグルによって打たれた十二本の杭は、あいつを倒すための白い竜の力を段階的に解放する鍵であり、破壊できるのは僕だけだということ。杭に満たされた暗黒魔法は、僕を強くする代わりに凶暴化させてしまうこと。


 時折頷き、感嘆の声を上げ、或いは唸りながら、ふたりは話を聞いてくれた。

 お茶請けに出された焼き菓子も、遠慮なく頂く。ふたりが普段あんまり口にしない甘いものをわざわざ常備しているのは、常連の雌竜達のご機嫌を取るためだそうだ。昼食だけでは明らかに足りてない僕に、気の済むまで食えと気前よく次から次に出してくれる。

 ミニパイ、チョコレートっぽいヤツ、クッキー、マフィン、プリン、キャンディ……。食わせておけば神の子は扱いやすく大人しいと、彼らは学んだらしい。


「はい。あいつを倒せるくらい強くなる必要があって。あの杭を壊していけば、その分だけ白い竜としての力が解放されて、確実に強くはなっていくんですけど、……如何せん、僕の力は凶悪過ぎて。幼少の頃から少しずつ強くなっていくのとはわけが違うんです。本当に、急に強くなる。だから、邪悪で凶暴的な白い竜の力が上手くコントロール出来なくて。それで、さっきみたいに暴れてしまったり、記憶が吹っ飛んだり、思っているのとは違う動きをしてしまったりするんです。慣れてしまえばどうにかなるんですけど。どうしても、暗黒魔法を浴びた直後は混乱が酷くて。……本当に、すみませんでした」

「今も、俺達のこと美味そうに見える?」


 グリンが半分バカにしたような言い方をした。


「いいえ。食べるものを食べたら、どうにか」

「なるほど。じゃあやっぱり、遠慮なく食った方がいい。とにかく食っとけ」


 ずいっと、グリンはまた焼き菓子をこんもり皿に載せて僕に差し入れる。今度はプチシュークリームみたいなヤツ。バニラっぽい匂いがする。小さいのに甘くて美味しい。


「ありがとうございます。教会でもよく、そうやって差し入れてくれる人がいました。助かります」

「それにしても、よく地下室なんかで我慢してたな」

「まぁ、僕が外に出たら大混乱だったろうし、実際そうなったから。それに、頻繁に人の出入りもあって、全くのひとりきりってわけでもなかったので」

「なるほどねぇ……」


 グリンはそう言って、何度か頷いた。


「その、古代神レグルの化身……? お前の本当の父親がどこら辺にいるのか、見当は付いてるのか?」


 と、今度はエンジが聞いてきた。

 僕は「はい」と頷き返す。


「恐らく、ニグ・ドラコの森のどこかだと思います。古代神教会の古びた神殿。ここからは遠いですか?」

「もしかして、古代樹の森のこと?」

「古代樹の、森……?」


 聞いたことのない名前。あの付近は今、そう呼ばれてるのか。


「そこにも川、ありますか。確か、水辺が近くにあったような覚えがあって」

「あると思う。確か、大昔に人間が竜の協力を得て建てた神殿……、だったかな。見たことも行ったこともない。場所も知らない。けど、あるのは知ってる。そこにいるのか?」

「……多分。教会では、そこに幽閉したって。竜石で四方を囲まれた遺跡だそうだから、恐らく、あいつは自らを弱体化させるつもりで閉じこもったんだと思う」


 竜石と聞いて、グリンもエンジもブルブルと身体を震わした。


「四方を竜石でって……。怖っ」

「わざわざ力を吸い取らせてるって事だろ? よっぽどだな……」


 世界を構成する三つの話はすっ飛ばした。

 アレを喋るときっともっとややこしくなる。

 もう一つ、相手の心の色や記憶が見えるのも、喋らないでおく。ドレグ・ルゴラの記憶が見えることも一旦伏せた。今のところ、色は見えても、記憶や心の中は見ないようにしてる。なるべく目を合わせない。合わせても瞬時に逸らす。これ以上僕自身が混乱しないためにも、大事なことだ。


「そういうわけで、ドレグ・ルゴラが復活するよりも前に、僕が力を全部使いこなす必要があるんです。残りの杭が森の中に全部で六本刺さってるはず。……もし可能なら、おふたりには道案内をしていただきたくて。そして、暴走した僕を、どうにかして止めて欲しいんです。他の竜にも協力して貰いたい。仮に、燃やす物がなくなるまで燃やすようなことがあったら、それこそ今度は、森が元に戻るまで、何百年もかかってしまう。それは、なんとしても避けたいので」


 エンジはふぅんとわざとらしく大きく息をついた。

 疑念の色と不安の色が少し、それから不信の色が少し。


「難しいな」

「――エンジ! タイガが意を決して喋ってくれてんのに、お前は……」


 テーブルの向かい側で、エンジとグリンが睨み合っている。けれど別に怒ってるわけじゃない。一種のパフォーマンス的に、エンジは僕を突っぱねる。


「見てないものを信じるのは、難しい。証拠というか、確証というか、そういうものが何一つない状態では、そこから先の話は難しい」

「証拠……ですか」


 何とも情報屋らしい発言だ。

 証拠なんて何一つない。しかも、それを分かって言ってる。


「そうだな。例えば、お前が本物の神の子である証拠。変身術を得意としているのはよく分かった。地面から立ち上がるまでのほんの数秒で半竜の中途半端な姿から人間の姿へと綺麗に化けて見せてくれた。アレには正直驚いた。だが、変化へんげが得意だって事は、本来の自分とは無関係なものにも姿を変えられるって事じゃないのか」

「エンジ……!」


「まぁ例えばだよ。何らかの悪意を持った誰かが、神の子という特殊な存在を使って世界を貶めようとしていると考えたらどうだ。そいつは変身術が得意で、人間の前にも竜の前にも神の子に変化へんげした姿で現れる。俺達は何も知らない。見破る手立てがない。信じた途端に、ひっくり返される。――十分あり得る」

「……ですね。言いたいことはよく分かります」


「だろ? それに、こういうことも考えられる。神の子には実は、ドレグ・ルゴラと同じように世界を破滅させようという意思があったとする。出来るだけ周囲にそれを悟られないよう、弱い振り、可哀想な振りをする。特殊な生まれをした神の子は、それだけでも同情に値する。そこで、相手がより自分に対し憐れみを感じるように装い、そう見える姿に変化へんげする……ってことも出来るわけだ。中途半端な半竜の姿だとか、苦しみ悶える姿だって、演技かも知れない。いや、もしかしたら神の子なんて存在すら、ドレグ・ルゴラによる偽装かも知れない。まぁ要するに、お前のことは一切信用出来ないし、今の状態で協力するのは難しい」


 エンジの言葉に、グリンは始終ハラハラしているようだった。

 それでも遠慮なく、エンジは淡々と僕にNOを突きつけた。


「……なるほど。そうですよね。厚かましいお願いをしてしまって、ごめんなさい。謝ります」


 僕は口に詰め込んだビスケットをお茶で流して、手を膝に置いた。

 二人の色は変わってない。やっぱり今のは演技だったんだってハッキリ分かるくらい、平常時と同じ色。


「気持ち悪い、信用できない、協力できない。そういうことを言われるのは分かっていたし、今までもそうだったから、別に怒ってませんよ。大丈夫です。特に白い竜に対しては皆懐疑的だ。遙か昔、初めて竜の群れに連れて行かれたあの時から、何も変わってない。人間の姿形を真似ていても、竜はやはり竜のままって事です」


 僕はふたりから視線を外して、大きくため息をついた。

 エンジは演技をしてる。僕を試してる。

 グリンはそれを知っているから、僕の顔色をずっと気にしてる。

 わざわざ危険な白い竜を家の中にまで招き入れたんだから、何かしらの成果が欲しいんだろう。間違いなく僕が神の子で、白い竜で、あの邪魔な杭を壊す力があるという確証があれば、恐らく他の竜達との取引でも優位に立てる。絶対に間違いのない情報じゃないと、お話しにならないってわけだ。

 ……にしては、冒険し過ぎだ。僕が何をしでかすか分からないのに、エンジは賭に出てる。


「確かに、僕の存在は曖昧ですよ。存在してはいけないのに存在してる。僕自身、自分が何者なのか、未だに分からない。存在しないはずの白い竜の血を引いてるし、禁忌とされるリアレイト人との子供だ。もしかしたら、ドレグ・ルゴラそのものなのかも知れないというのも、否定しません。――信憑性の無い話ばかりグダグダとすみません」


 空しくなる。

 演技でも言うなよ。信じられないとか。僕だって、傷付くんだよ。愚かな竜め。

 思ってもいない言葉をぶっかけて僕を試そうなんて、……勝手すぎる。


「ごちそうさまでした。とりあえず今日の飢えは凌げました。ありがとうございました」


 僕は椅子から立ち上がり、ふたりを見下ろした。

 アッと、グリンが何かを言いかけたけれど、僕はその隙を与えたくなかった。

 テーブルに頭が擦り付くくらい深く、僕は思いっきり頭を下げた。


「一飯のご恩は忘れません。お世話になりました」


 頭を上げ、うつむいたまま振り返り、僕は部屋から出ようとした。


「――待て!!」


 その手を、グリンが掴んだ。

 僕はイラッとして彼を睨み付けた。


「待てよタイガ。……思い出した。あの時、お前がなんて言って、お前の言葉を聞いた人間達が何で泣いてたのか」


 ちらりと、グリンの目を見てしまった。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 あの日の、どこかの街。ビルの大型街頭ビジョンの真下に集まった人間達が、一斉に画面を見上げていた様子が、頭の中に飛び込んでくる。ある者は泣き、ある者は拳を握りながら、画面に映る僕を見ていた。

 次から次に人間達は足を止め、車を止め、僕のインタビューに耳を傾けていたようだ。

 仕入れのために街に出ていたグリンは、いつもと様子の違う人間達に戸惑い、じっとその様子を観察していたらしい。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




「『全部背負う』って言ってたんだ。どういう意味か、あの場ではよく分からなかった。でも今の話で、何となく分かった。タイガお前、この世界に蔓延る負の感情を、ひとりで全部背負う気なんだろ……!!」


 否定、しようと思った。

 そんなわけがない。

 こんな非力な、呪われた神の子が、誰に求められているわけでもないのに勝手に、そんなことするわけないだろって。だけど。


「全部背負うよ。それで皆が救われるなら」


 あの時、一瞬でも僕の存在を世界が認め、信じてくれた人間がいたこと。

 その様子がありありとグリンの目に焼き付けられていたこと。

 見えた瞬間に、僕の涙腺は崩壊してしまっていた。

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