5. 魔法の精度
突然の僕の申し出に面食らいながらも、グリンとエンジは二つ返事で話を聞いてくれることになった。
巻き込んでしまうのは本当に申し訳なかったんだけど、ここで僕がひとりきりで動くことのリスクを考えると、後には引けなかった。
昼時を過ぎていたこともあり、話の前に腹ごしらえしてしまおうと、ふたりが冷蔵庫から肉を出してくれる。今日は鹿肉らしい。情報と交換に、彼らがゲットしたものだ。
簡易的とはいえ、キッチンも備えてある。綺麗に下処理した後に冷蔵していたものが、トレイの上に乗っていた。
調理担当はグリンのようだ。
「タイガは肉食? あ、リアレイトで人間として育ったのなら雑食か」
「そうです。肉も魚も野菜も食べます。おふたりは?」
「俺らは基本肉食だけど、魚も野菜も一応食うよ。ただ、濃すぎる味は苦手なんだ。だから、人化した状態で肉を食う時も、普段は軽く焼き目付けて、塩胡椒だけなんだけど、タイガはどうする?」
「えっと……、出来れば半分位までは火を通して貰えると助かります。調味料は塩胡椒で大丈夫です。隣で見てても良いですか?」
「良いよ。……なんかお前、大人しくしてると可愛いのな」
「は?」
「何でもない何でもない。見てて良いよ」
コンロに魔法で火をつけて、フライパンにラードのようなものを入れ、十分に溶かしたあと、厚めにスライスした鹿肉をのせて焼く。
じゅうじゅうと美味そうに焼ける肉の音と、充満する匂い。無意識にお腹が鳴ってよだれが出る。
何かする度に感嘆の声を上げるので、グリンに思い切り笑われた。
「そんなに珍しいか」
「あ……、いや。どういうものを使って調理してるのかなぁと思って」
「はは。別に普通のものしか使ってないよ。変な奴」
サッと火を通し、グリンとエンジの分が焼き上がる。僕の分は、多めに火を通して貰う。
ひっくり返してしっかり焦げ目が付いているのを見ると、また腹が鳴った。
「レトルトで良いならスープもある。最近、面白そうな商品仕入れては、試食してんの。棚、漁ってみな」
エンジに言われ、キッチンの食品保存棚を見てみると、お湯を注ぐタイプだったり、温めるタイプだったり、色んなスープが用意してあった。レグル語で書かれたパッケージは、輸入ものを見てるみたいで何だか楽しい。
「これにします。葉物野菜と卵のスープ」
「お、美味そうなの選んだな。じゃあ、お湯も用意しよう」
井戸を掘って汲み上げた水が、ちゃんと蛇口から出てくるようにしてあった。
やかんで沸かした湯を注ぐと、優しい匂いのするスープが完成する。ふわっとお湯に浮かぶ溶き卵が食欲をそそる。鹿肉のステーキに合いそうだ。
食卓に運んでようやく昼食の時間。その頃にはよだれが止まらなくなっていて、僕は何度か袖口で口元を拭っていた。
「美味しそう。いただきます」
手を合わせ、ナイフで肉を切る。じわっと肉汁が染み出て、湯気と共に美味しそうな匂いがプワッと鼻に入ってくると、ますますよだれが溢れてきた。ゴクリと唾を飲み込んでから、大きく口を開けてパクリと食べる。
「美味っ!!」
感嘆の声を上げ、パクパク食べ進める僕を見て、グリンとエンジはわははと笑った。
「やっぱ面白いな、お前」
肉をむしゃむしゃと食い進めながら、エンジは目を細めていた。
「何がですか」
「腹が減り過ぎて俺達を食おうとしてたくせに、料理の最中はちゃんと待ってたし、行儀良くナイフとフォークで食えてるし。リアレイトで人間として育ったってのは、あながち嘘じゃなさそうだ」
「……嘘だと思ってたんだ」
「信じられるかよ。ヤバいヤツなのは分かったけど、それ以外は分かんねぇ」
「ところで、主食って……、ないですよね。米欲しい」
「コメ?」
「米と一緒なら、もっと美味いのに。あと、ステーキソース」
「何言ってんの?」
と、グリン。
「鹿肉、いつもは生で齧り付いてたけど、調理するとこんなに美味いんだと思って感動しました。でも、調理したら今度は米が欲しいし、味付けも……僕には思いのほか淡白過ぎて。それなりに味付けしてあった方が、食べやすいかも。となると、やっぱりステーキソースくらいは欲しいなと」
「生でって言った? リアレイトの人間は、動物の肉を生で食べる習慣あるの?」
「あ、いや。食べてたのは僕じゃないんだけど。美味いんですよね。動物の肉の中では、鹿肉が好きだったな。若いメスの鹿肉は、柔らかくて美味かった覚えがあって」
「……何の話してんの? 何か、おかしくないか? 食ったとか、食ってないとか」
ふと、皿に盛り付けられたご飯と、ステーキソースが頭に浮かんだ。
あれがあると全然違うんだろうな。きっともっと美味しくなる。
「……ん? 何だこの白いの」
妄想に浸っていると、突然エンジが“白いの”と言った。また僕のことを。思って顔を上げると、平皿に盛られた温かいご飯がテーブルの上に置かれている。
「あ、米!」
「エンジ、これ何。こんなの買ったっけ?」
グリンが指さしたところには、ステーキソースの入った小皿。
「……あ」
僕は驚いてフォークをテーブルの上に落とした。
「ぐ……、具現化出来てる」
慌ててフォークを拾い直し、ご飯とソースの皿を手繰り寄せて食べてみる。
ご飯……。これ、いつも家で食べてたヤツ。ステーキソースは、前に家族で行ったステーキ屋さんのソースに似てる。僕が欲しいと思った味。
「精度が上がり過ぎてる。な、何だこの力……」
もぐもぐ食べながら、僕が目を丸くするのを見て、ふたりはまた首を傾げていた。
魔法の精度が上がってること自体は喜ばしいはずなのに、どこかで嫌な予感が燻って、僕はずっとモヤモヤしていた。
「顔色悪いぞ、タイガ」
グリンに言われ、僕は我に返った。
「え、悪い、ですか。色が白いから、そう見えるだけじゃ」
誤魔化しきれない僕の言葉に、グリンはため息をついた。
「相当変な悩み抱えてそうだな。自分で具現化させておいて、自分で驚いてる。自分の力だろ」
「あ……、まぁ、そうなんですけど」
食べる手が止まった。
腹はまだまだ空いているのに、頭の中がいっぱいいっぱいで、フォークが動かせない。
「実は僕……、突然強くなったり、強い力を手に入れたりするのが続いてて。頭が、全然追いつかないんですよ。僕が理解して、納得するよりもずっと速いペースで、また次の段階に進むんです。少し前までは、魔法もからっきしだったし、具現化すら苦手だったのに。欲しいと思うだけで具現化出来てしまうの、……本当に、気持ち悪くて」
「何を言ってるか、事情を知らない俺達にはさっぱりだな」
エンジが呆れたように言った。
「事情を知ってても、意味が分からないと思います」
僕が、一番分からないんだから。
「……何か、しけたヤツだな。良いから食えよ」
「あ、すみません。そうします」
もしかして、狩りになんか行かなくても、食べたいものをどんどん具現化させていけば腹は満たせるんじゃないかとか、生き物を殺さずに肉が食えるなんて理想なんじゃないかとか、そんなことまで考える。
……けど、具現化させた食べ物に本当に栄養があるのかどうか。単に美味いと錯覚してるだけかも知れない。カロリーだってあるんだかないんだか。味はもの凄く本物にそっくりで、満腹感もあった。だけど。
本当に、どうなってんだ。
妙な万能感が出てる。
僕は一体何なんだ。
唯一の白い竜って何だ。
世界を創った白い半竜の神と何か関係が?
気持ち悪い。吐き気がする。
このまま杭を破壊し続け、更に封印された力が解放されていけば、益々僕は普通じゃなくなってくんだろうか。
怖い。
どんどんまともじゃなくなってくのが、本当は怖くて怖くて堪らない。
そして、この気持ちを理解してくれる存在がどこにもいないってのが……、本当は一番辛いんだ。
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