3. 破壊衝動

「ドレグ・ルゴラを……、倒す……?!」


 エンジに聞かれ、僕はこくりと大きく頷く。

 ヤツの名前を出した途端、ふたりに疑念の色が差した。


「お前……、自分が何を言ってるのか、本当に分かってんのか……?」

「勿論、……分かって、ます」


 僕は目をそらし、小さく答える。


「第一、かの竜はまだ存在してるの? 随分前に人間の救世主に倒されたんじゃ……」


 僕は首を大きく横に振って、グリンの言葉を否定した。


「倒されてなんかない。あいつはずっと……、身を潜め、復活の機会を、窺ってた。僕にしか……、白い竜である僕にしか、あいつは倒せないから…… 。僕が……、僕がどうにかしないと……」


 グリンも首を傾げている。

 あいつの名前を急に出したところで、信じて貰える訳がない。

 問題は複雑で、難解過ぎるんだ。


「嘘をついているようには見えないけど、……正気にも、思えないな」

「嘘、なんか、ついて……ません」


 よだれを拭いながら、僕は肩で息をした。

 変な半竜が、変なことを言ってると思ってるに違いない。目は、見たくない。本音が見えたらもっと苦しくなる。

 ただでさえ、頭はぐらんぐらんしたままだし、ムカムカも残ってる。残ってるどころか、どんどん悪くなってる。

 気持ち……悪い。

 早く喋ることを喋ってしまわないと、またおかしくなりそうで、物凄く、怖い……。


「助けて貰ったのは……、感謝、してます。……襲った、ことは、謝ります。……ハァ、……ハァ。す、すみません、……まだ、自分の力が、せい、制御……出来なくて。どうしても、にんげ……人間の姿を見ると、興奮、してしまって。――大丈夫、竜なのは……わか……、わ、分かって……ます。く、空腹時は、どうしても……、に、人間の……にに肉がぁ……! ウ、ゥグググッ!!」


 ――また、破壊衝動。

 僕は背中を丸め、そのまま地面に突っ伏して頭を擦りつけた。

 目の前のふたりに襲いかかりたくなるのを、必死に止める、止める、止めないと……!!


「ど、どうした、タイガ」


 グリンが慌てて、僕の背中に手を伸ばした。


「触らないで!!」

「え?!」


 ……耐えろ。耐えろ大河。

 右腕を、必死に押さえ込む。

 震えが止まらない。目の前のふたりを押し倒して、齧り付きたい。食いたい……。こいつらを食えば、すぐに楽になるはずだ。美味いと思う。美味そうにしか見えない。

 ――ダメだ、何考えてんだ。

 森で最初の協力者になってくれるかも知れない彼らを、絶対に傷付けちゃダメだって……!!!!


「だ、大丈夫……?」


 グリンが僕を下から覗き込んできた。

 僕はギロッと彼を睨んだ。


「……ッ、ハァッ、ハァッ。……ぐぐぐぐぐぐ! ち、近付かないで。離れて、ください。どうにか、おさ、抑え込む、ので!! ……ああああぁああぁあああああああああぁああぁああぁぁあああああ!!!!」

「な、何だこいつ!!」

「グリン、は、離れろッ!!」


 なんで竜がわざわざ人間の姿に化けて僕に接してるのか分からないけど、本ッ当に目の毒だ。気配も臭いも人間とは違うし、頭ではしっかり、相手を竜だと認識してるのに、身体が敏感に反応して、襲いかかりたくて堪らなくなる。

 これが一度に四本も杭を壊した報いなのか。

 抑えろ。抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ……!!


「ぐぐぐぐぐぐぐぐ。ぎぎ、ぐぐぐぐ。――ガアァッ!! ハァ、ハァ、ハァ……」


 また、口から炎が出ていた。

 両手を地面に何度も叩きつけ、溢れ出しそうな力を必死に逃がした。


「な……、何なんだ、こいつは。全然、まともじゃない……」


 声の方をチラリと見ると、グリンがひっくり返って、地面にへたり込んでいるのが見えた。エンジも真っ青な顔をしている。


「ゔゔ……、ゔゔ……。じ、時間を、ください……。落ち着けます、から……ぁあ゙ッ!!」


 口の中で、また人肉の味を思い出す。

 食いたい。我慢しろ。食いたい、我慢しろ、食いたい、我慢、食う、ダメ……。

 あいつも……、同じだった。記憶の中で何度も味を思い出しては、また食べたくなって、狩りに行くんだ。

 人肉には中毒性がある。魔力の強い人間の肉には特に。だから、絶対に食っちゃいけなかった。

 皆必死に、僕が人間を襲わないよう頑張ってくれてたのに、ひとりで行動しようと決めた途端にこれだ。……ホント、最悪。麻薬と一緒だ。手を付けたらお終いだったんだ。――クソッ!


「一旦、引こう。今は会話にならない」

「……だな」


 泉のそばに僕だけ残して、ふたりは遠くへ離れていった。

 僕は安心して、遠慮なく叫んだ。

 叫んで叫んで叫び続けて、だけどどうにも収まらなくて、気が付くと僕は、自分の左腕に思い切り齧り付いていた。


「ぐあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ゙!!!!」


 硬い鱗を貫通して、骨に牙が当たったところで我に返った。

 血が大量に出て、辺り一面が真っ赤になった。

 痛みで頭がおかしくなりそうだった。

 僕の血は、人間の血と同じ味がした。

 美味いんだけど、てことはつまり、僕は竜じゃなくてやっぱり人間なんじゃないかとか、僕はどうなってしまったんだとか、ありとあらゆる事が理解できなくなって、どんどん混乱していった。

 泣き叫び、血だらけの僕を見ていられなかったのか、結局グリンとエンジは僕のところに戻ってきて、ふたり掛かりで僕を上から押さえつけた。

 あとはまた、気を失うまでの間、多分僕はずっと、獣のように叫び続けていたんだと思う。






 *






「エンジはこいつのこと、どうするべきだと思う?」

「……難しいな。少なくとも、放置するべきじゃないとは思う。こんなの野放しにしたら危ないだろ」

「だよね。……あーあ。こんなことになるなら、こいつがあの時何を喋ってたか、もっとちゃんと聞いとくんだった」

「あの時って、街頭ビジョンの?」

「そうそう。人間達がさ、祈りを捧げるように両手を合わせて、じっと話を聞いてたんだよ。変なの~くらいにしか思ってなかった」


「神の子、だっけ? 自分の力が、制御できてない……? みたいなこと、言ってたよな。そんなこと、あり得るのか?」

「闇の魔法のせいだろうね。それにしたって、酷すぎる。自分を傷付けて、やっと収まるなんて」


「……何と、戦ってるんだろう」

「え?」

「こいつ、一体何と戦ってるんだろう。こんなに傷付いて、それでも必死になって。強い、信念みたいなものは、凄く感じる。悪いヤツじゃ、ないんだろうな……」






 *






 左腕に、包帯がグルグルと巻かれていた。

 血が滲み、白い包帯は既に真っ赤だった。


「落ち着いた?」


 どれくらいの時間が経過してしまったのか、僕はあれからしばらくの間ふたりに押さえつけられ、それから魂が抜けたように空を眺めていたような気がする。

 森の高い木々の向こうに、青空が見えていた。

 生い茂った葉が揺らめき、僕に柔らかい日差しを落としていた。

 泉の水は僕の興奮を吸い取るように空気を冷やしていたし、泉の上を撫でるように優しい風が吹いていた。


「……多分、落ち着きました」


 僕は右半身を下にして泉のそばに倒れていて、近くには血だまりがあった。僕の血だ。

 ゆっくりと身体を起こし、そばで見守ってくれていたグリンとエンジに頭を下げた。


「すみません。親切にしていただいて、ありがとうございます。自分ではどうにも出来なくて。……助かりました」


 さっきまでと様子の違う僕に、ふたりはちょっと面食らっているようにも見える。


「見るからにボロボロだし、吐くわ暴れるわ、叫びまくるわ、ホント、最悪だな」


 エンジに言われても、僕は反論できなかった。

 まだ、半竜のままだった。

 血だらけの鱗。 引き裂かれて腰周りしか残ってないズボン以外、何も身につけてなかった。それだって、だいぶ汚れてる。


「ぼ、ボロボロなのは、その……。い、色々あって……、人間の姿を保てなくなったから、こ、こんな格好をしてて」

「やっぱり、元々は人間として育てられてたってこと? 竜なのに?」


 と、グリン。


「えっと……、竜というか、人間というか、半分半分……なのかな。自分が竜だなんて、知らなかったから」

あいの子?」

「はい。白い竜とリアレイト人、両方の血が混じってます」

「禁忌の子ってことか……。成長とともに、白い竜の血が強くなってきて、人間を襲いたくなった……とか?」

「そんな感じです。……すみません。さっきみたいに止めて貰えると、凄く、助かります」


 同情してくれてるのか、若干暖色が混じり始めてる。有り難いけど……、結構辛いものがある。


「時々、ああなる?」


 今度はエンジが聞いてくる。


「……ですね。怖がらせて、すみませんでした」


 頭を下げると、エンジは小さく息をついた。


「落ち着けばちゃんと会話できるじゃん。酷い格好してるし、白い竜だし、やべぇヤツだと思ってたけど、ちょっと安心した」


 酷い格好と言われて、僕はやっと、自分の姿が他人からどう見えているのか意識した。

 そうだよ。なんだ、このみすぼらしいの。

 この上ないくらい最悪な格好だし、最悪な状態を見られてたんだと思うと、急に恥ずかしくなってくる。


「ぼ、僕、こんな格好して……! しまった。そこまで全然、気が回らなくて。急いで戻します、すみません」

「戻す?」

「半竜じゃなくて、人間の姿の方がいいんですよね。合わせます。グリンもエンジも、普段から人化してる感じですか?」

「え? あ、あぁ。そうだけど……」

「ちょっと待ってくださいね。よい……しょっと」


 グリンとエンジが目をぱちくりさせているのを尻目に、僕はおもむろに立ち上がって、その間に竜化を解いた。服も、靴も、気に入りのものを素早く具現化させていく。


「興奮すると、全然余裕がなくなってしまって。……もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


 ……と、いつもの僕、芝山大河の格好に戻ったところで顔を上げると、ふたりはぽかんと口を開けて、明らかに驚いていた。


「どう……しました?」


 髪をかきあげながらグリンとエンジの顔を見て、僕はハッとした。


「あれ? も、もしかして、僕の顔、まだ血がついて」

「い、いや! それは俺がさっき拭いたけど」


 グリンが顔をブンブンさせた。


「へ、変化へんげが早過ぎる。……お前、何なんだ一体?!」


 今度は警戒の赤。

 ……あ。そうか。

 四本の杭を一気に壊したことで、魔法精度も速度も上がってるのか。マイナスな部分だけじゃなかったんだ。


「何者って……、そうですね……」


 不安定だし、全てを壊してしまうかも知れない、危うい存在だけれども。

 僕は、あくまで……。


「二十三年前、ドレグ・ルゴラを封じるため、ヤツと同化したリアレイト人の救世主、凌の息子。――僕は、破壊竜と救世主、両方の血を引き継いだ“神の子”、芝山大河です」

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