5. 計画通り

 狂ってると思われてるに違いない。

 苦しそうにカメラの前で語った僕と、半分竜の化け物になって炎を吐く僕を同一視なんて出来ないだろう。

 ……いいんだよ、それで。

 最初からそう思わせとけば良かったんだ。


『タイガ! 早まるなッ!! 正気に戻れぇッ!!!!』

『タイガッ!! 止まって!!』


 二号のスピーカーからレンとビビの悲痛な叫びが聞こえた。

 その二号も、僕の攻撃を恐れて遠ざかっていく。


「大河君!! 大河君……ッ!!」


 リサが戻って来ようとしていた。

 近付かれる訳にはいかなかった。

 掲げた右手の中に、巨大な魔法のエネルギーボールを作る。僕の身体よりも大きなそれに、周囲の人間達は相当怖がった。


「退避!! 退避しろ!!」


 足止めを食らった神教騎士らや市民部隊は体制を崩した。竜騎兵は手網を引いて竜の進路を修正した。能力者達の魔法だけが僕目掛けて放たれた。

 そんなもの、効くかよ!!

 ―― 魔法攻撃が次々に当たる。バンバンと衝撃はあるものの、……弱い。こんなんじゃ、かすり傷も付かない!


「退ぉけぇぇぇえぇぇぇえぇえ……ッ!!!!」


 ギュッと、右手を握る。

 膨れていたエネルギーボールが一気に――、弾ける……!!


「うわぁッ!!」

「きゃあっ!!」

『眩し……ッ!!』


 閃光弾。

 僕はその隙に、転移魔法で――……!!






 *






 目の前に、杭がある。

 転移先で僕は口角を上げた。


「か、神の子?!」

「まさか! 今日はフラウ地区の予定じゃ……!」


 杭を守る神教騎士達が僕を見つけて狼狽えている。

 ニグ・ドラコ地区の住宅街。元々今日は、ここの杭を壊す予定だった。閑静な住宅街の真ん中にぶっ刺さった杭。一軒家の屋根を突き破って、唯一、杭の出現による犠牲者が出た場所だ。

 フラウ地区の杭を先に選んだ理由に嘘はない。自分で自分がどうなるのか、全く分からなかったから、予防線を張った。

 予防線は他にも張った。

 暴れるかも知れないこと。

 転移魔法を使うかも知れないこと。

 そして……、喋れなくなるかも知れないこと。

 時間がどんどんなくなっていくのに、周囲に甘えてばかりはいられない。巻き込みたくないと言いながら、どんどん皆が巻き込まれている。それは僕の思うところではないし、望んでいることでもない。

 だから……、誰にも言わずに計画を立てた。

 幸い、リサの制御魔法や二号の制御装置から遠ざかっても自我が保ててる。

 何とかなりそうだ。

 僕の口から炎が漏れているのが見えると、神教騎士らは恐怖の色を強くした。


「化け……、殺される……!」


 見たことのない白い半竜が目をギラギラさせて近付いてくるのに、彼らは耐えられなかった。一人、また一人と持ち場を離れていく。

 僕は構わず杭に向かって歩いて行った。

 今にも雨が降り出しそうな分厚い雲が広がってきていた。温い風が吹いている。

 予定変更の影響で、警備は手薄だった。通常通り神教騎士が数名で周囲を警備し、民間人を近付けないようにしていたようだ。

 杭が突き刺さったまま撤去されることなく残った家は、住宅街の中で異様に目立った。

 その家だけじゃなくて、周辺の民家の玄関にも立ち入り禁止のテープが貼ってある。何かが起きたら危険だからと、立ち退きを命じられたのかも知れなかった。


「か、神の子! 何故ここに。落ち着いてください!!」


 責任者らしき神教騎士の一人が僕の前に立ち塞がった。

 中年の騎士はしばらく両手を広げて立っていたが、僕が迫ると真っ青になって自ら道を譲ってくれた。

 僕は、一言も喋らなかった。

 言葉の代わりに炎を吐いて、じっと杭を睨み付けた。

 神教騎士らがそばを離れたところで、手をかざして民家を破壊する。ドォンと地鳴りがして、建物が一気に崩れ落ちた。空き家になった隣家も纏めて崩れ落ち、多少は前に進みやすくなる。……それでも、杭には傷一つ付いていない。

 ザクザクと瓦礫を踏みつけて前に進んだ。

 周囲が、騒がしくなってきていた。


「避難してください! 周辺住民の方は、直ぐに避難してください!!」


 拡声器を使って、神教騎士達が避難を誘導し始めた。

 あちらこちらから、人間達が動き回る音が聞こえてくる。

 居るはずのない神の子がニグ・ドラコ地区にいる。リアルタイムで配信されていた画面から僕が消えたこと、様子がおかしかったことから、転移してきたことは理解できたと思うけど。

 今頃きっと、バスの中も大騒ぎだ。どこへ消えたのかあっちこっち探って、やっと僕の所在を確認できた頃だろうか。

 このあと更に人間は増えるだろう。

 配信を見ていた人、気に留めていた人、付近の住宅に住んでいる人、マスコミ、神教騎士、市民部隊、竜騎兵……。きちんと逃げてくれる連中だけじゃない。中には興味を持って近付いてくるヤツらもいる。さっきの……、ドローンみたいに。


 僕がやろうとしていることを知られれば、シバやウォルターにはガッツリ叱られるんだと思う。

 けれどもう、僕は誰とも会話する気もないし、するべきじゃないと思っている。これ以上、人間の協力を得るわけにはいかない。僕を止めることも、守ることも出来なくなった彼らに、これ以上負担を掛けるわけにはいかないんだ。

 足元に注意しながら進んでいくと、本日二本目の、真っ黒い杭の真ん前に出た。

 杭の表面には、曇天と、僕の姿、そして背後の住宅街が映っている。


 ……醜い。


 顔にまで鱗が張り付いてる。殆ど僕なのに、あちこち竜だ。特に羽や尾なんかはレグルと一緒。苦しいぐらいに、どんどん似てきている。

 しんどい。

 しんどいけど……、やるしかない。

 瓦礫に乗り上げて、杭にそっと手を伸ばす。

 怖くない。大丈夫だ。もう一度僕に大量の欠片がぶっ刺さる。耐えればいいだけだ。半竜の身体になってるんだから、さっきよりは身体が持つと信じて……!






「タイガ、おやめなさい」






 杭まで数センチのところで、声に呼び止められる。

 僕は思わず、手を引っ込める。その隙に、声の主は僕の左手を掴み、か弱い力で引っ張ってきた。


「タイガ、おやめなさい。あなたの考えていることは、分かっています」


 ――ローラ。

 塔の魔女がどうしてこんなところに。僕は目を見張った。

 足元の悪いなか、陽だまりのような色のドレスを着たローラが、僕の真ん前にいる。

 慌てて手を振り払い、ローラを杭から遠ざけた。

 睨み付ける。牙を剥きだし、炎で威嚇する。しかしローラは怯まない。真珠色を輝かせて、ローラは僕を睨み返してくる。


『思考を読んでいるのでしょう、タイガ』


 突然ローラは、直接僕の頭に語りかけてきた。違うな。僕が思考を読むことを利用して、僕に心を読ませているんだ。僕にはあいにくその逆が出来ないから、ただ無言で、彼女の心の声に耳を傾ける。


『何もかも、全部一人で背負い込むつもりですのね……。会見の様子を見て、嫌な予感がしていたのです。誰にも言わず、勝手に決めたのでしょうね。無理をすれば、本格的に身体も心も壊れてしまう。それでも、決断した。何があなたをそこまで追い詰めているんですの?』


 僕は答えない。

 ローラを睨み付けたまま、威嚇を続ける。


『……なるほど、化け物になったフリまでして。狂ってなんかいませんわよね、タイガ。あなたは自分の意思でここに来た。そして、もう一本石柱を壊そうとしている。まさか他の石柱も……? おやめなさい。壊れてしまいますわ。タイガが、壊れてしまう』

「グヴヴヴヴ……」


 ローラには気付かれていた。

 昨日の時点で既に僕の心を見抜いていたのかも知れない。

 だけど、壊れても、やるんだよ……!!

 再び杭に手を伸ばす。が、ボンッとローラは聖魔法をぶつけて僕を阻止した。


「ううッ!」


 胸に一発、小さいながらも着実にダメージが入った。伊達に二十年以上塔の魔女をやってない。ローラの魔法は間違いなく一流だ。


「タイガ!! 落ち着いて。その場を離れなさい!!」


 ローラは僕を指差し、高らかに叫んだ。

 心の声とトーンが違う。僕は眉をひそめ、ローラの心に耳を傾ける。


『きっと、そうすると思っていました。私には、あなたを止める権利はない。偽者ですからね。……でも、偽者なりに信じてくださった民衆を裏切れない。私は最期まで塔の魔女でい続けなければならないのです』


「ローラ様! ローラ様が何故?!」

「離れてください!! 危険です!!」


 神教騎士らが声を上げ、ローラをその場から遠ざけようとしていた。ローラは無視した。


「神の子の力は恐ろしい。並の能力者では相手になりません。彼の行動にいち早く気付いた私が……、私が止めなければ!!」

 

 止めるのか、止めないのか。

 ちぐはぐだ。

 何がやりたいんだ、ローラ。


『私の言う通りにしなさい、タイガ』


 駆け寄ろうとする神教騎士らを追い払い、ローラは再び僕を睨んだ。


『あなたは自分で計画した通り、石柱を壊しなさい。止めはしません。私はあなたを止めようとして、誤って石柱に触れてしまう。恐らく私は魔物になるでしょう。……そうしたら、私を殺しなさい』

「……はぁ? 何を」

『狂ったフリは続けて!!』


 僕は慌てて言葉を引っ込めた。


『あなたは狂ったと思われた方が都合がいい。塔の手も、市民部隊の手も、教会の手も借りたくない。だから言葉を封じて、化け物らしく振舞っている。ずっと……、考えていました。私が塔の魔女でいる限り、次の塔の魔女は現れないのでは、と。ディアナ様は優しい方です。もしもの事があって先に次の塔の魔女が現れては、私の立場が危うくなると考えるはず。つまりね、タイガ。私とディアナ様の死は隣合っていないといけないのです。私の死より、次の塔の魔女が現れるのが先でも後過ぎでもいけない。ディアナ様も既にご存知なのでしょう? ご自分の命と引き換えに新しい塔の魔女が現れることを』


 目を逸らし、肩で息をした。

 その通り。その通り……、なんだけど。


『偽者の私に出来ることはそれくらい。私は狂った神の子を止めるために犠牲になったように見える。あなたは全ての石柱を壊すために暴走したのだと思われる。魔物化した私を殺せば、狂いながらも神の子は世界を守ろうとしているように見えるでしょう? 恐らく、この現場にも、マスコミは現れるでしょうし、全世界に中継するでしょうね。そうしたら、ディアナ様は安心して命を断てる。……全て、上手くいくはずです』


 何を、言ってるんだローラ。

 君は何を。


『あなたが世界を救う覚悟を決めたように、私も犠牲になる覚悟を決めたのです。さようなら、タイガ。――未来が、輝かしくありますように』

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