4. 唯一無二
竜石に力を奪われて動けなくなるような弱い竜だと思われたことに、心底腹が立った。
見くびられている。
僕にそんなものが通用する訳がない。
魔力を高めて綱を引きちぎった。いとも簡単に引きちぎられた綱に、竜達は目を丸くしていた。
僕はのっそりと起き上がり、低く唸って竜達を威嚇した。
『白いの、落ち着きなさい』
ガルボは変わらない。やたらと正義ぶる。自分が常に正しいと思っている。
凝り固まった身体を解すように、僕はブルブル全身を震わした。
竜達はそんな僕を見て、数歩後退ったり、或いはよろめいたりした。
怯えている。
森を追い出された時点で僕は、やっと幼竜から成竜になりかけたくらいの若造だった。あの日僕を見下し、火を吐き、魔法を浴びせ、力尽くで追い出した成竜達よりずっと、僕は大きく強くなった。
『僕は誰にも指図されない。誰にも束縛されない。焼き尽くしてやる。僕を蔑む全ての者を。僕を拒む、全てを――!!』
・・・・・
『――タイガ!! タイガ、無事か?!』
二号のスピーカーから、レンの声がする。ピーピーと、警報も絶え間なく鳴り続けている。
僕は、うつ伏せになって地面に倒れていた。
気を失っていたのか。
何が起きたのか、直ぐには思い出せない。確か少し前にも、倒れていたところを誰かに呼び起こされた。あれは、確か森だった。
ここは……どこだ。
誰もいない。人間の気配がしない。
無機質な建物が遠くに見える。パイプが張り巡らされた壁、曇った空。
硬い地面に付いた手のひらは、細かい土で汚れていた。
人間の手。
今は……、どっちだ。
『怪我してないか?! 生きてる?! タイガ、気が付いたら返事して!!』
――大河の方だ。
そうだ。竜化せずに杭を壊して、欠片が身体中に刺さって、暗黒魔法に呑まれたんだ。
ドレグ・ルゴラになるところだった。森の中で、竜を皆殺しにしようとしていた。僕もあいつも唯一無二で、孤独で、理解されなくて、……何かに、追われている。
身体を起こそうとしたが、感じたことのない痛みと痺れに、力が入らない。吐き気、頭痛、喉の乾き、そして熱にも冒されている。身体が悲鳴を上げてるんだ。無茶なことをしたから。
「ゔゔ……」
こんなところで……、気を失ってる場合じゃないんだ。
立ち上がれ。立ち上がれ、大河。
『レン、数値は?』
ビビの声だ。
バスの中の騒がしさが、二号通して伝わってくる。
『概ね高止まりで落ち着いてる。前二本の時とは違う。魔力値が平均八〇,〇〇〇をキープ。竜化値も振り切れてる。竜になってる時と数値はほぼ同等なのに、見た目には何も……変化がない。いつ暴れてもおかしくはないとは思うんだけど』
『極端な数値の変化がないのが逆に気味悪い。前二回同様、突然暴れ出す可能性も大きいだろうな』
この声はフィル。
『ちょっとあのドローン、距離近くない? タイガを刺激されると困るんだけど』
ビビが怪訝そうに言うと、続けてフィルのため息が聞こえた。
『ったく、どこのマスコミだよ……。ロイスとダグに連絡する。車両後方行くから、そっちお願い』
『頼むよフィル。タイガが立ち上がって合図するまで近付けないよう、警告しといて! ノエルはそれでやられたんだ!』
レンが再度声を上げた。
大丈夫。
まだ、僕は……、僕のままだ。
握りこぶしを地面に突き付けて、思いっきり身体を起こす。失敗して崩れ落ち、また一からやり直す。
「グ……ッ、ウググッ」
汗が、ヤバい。
竜の身体になった訳じゃないのに、全身が焼けるように熱い。
ボタボタと、全身から汗が止めどなく出て地面を濡らす。
竜になったら楽になるかも知れない。この熱は、白い竜になった時に腹の奥底で燃えたぎる炎の熱さだ。内側から身体が焼かれる。熱い、苦しい、痛い。
『タイガ! 返事を!! タイガ!!』
無理だ。
喋る余裕がない。
呼吸する度に、口から炎が漏れる。
人間の身体じゃ、炎には耐えられないのに。
『竜化……、始まってる?』
震えたビビの声。
『鱗、出てきてる』
前方数メートルのところに浮いた二号に搭載されたカメラで撮影された映像は、バスの中、ビビ達の持つタブレットに随時送られているはずだ。
性能のいいカメラのようだった。前に撮られた時も、結構綺麗に映ってた。
見間違いじゃない。
僕の目にも見えている。
竜化しないつもりで踏ん張っていたはずなのに、袖口から鱗が見えている。身体が悲鳴を上げてきてるんだ。竜に……、なろうとしている。
「ヴゥ……、ヴゥ……」
両足で踏ん張り、何とか立ち上がる。
身体がズタズタに切り裂かれるような激しい痛みに、気を失いそうになる。
『タイガ!! タイガ頑張れ!!』
『視線がおかしい。目が……、光ってる』
『耐えろタイガ! 正気を保て!!』
僕の身体の内側で、何かが激しく蠢いているのが分かった。
気持ち悪い。吐きそうだ。目眩がする。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
落ち着け。
僕はドレグ・ルゴラじゃない。
深く吐いた息と共に、炎がブワッと吹き出した。
「――あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"……ッ!!」
――バリバリバリッ!!
僕の背中を突き破り、竜の羽が広がった。
長い尾が伸び、地面を激しく叩きつけた。
『タイガァッ!!』
「あ"、あ"あ"あ"、あ"あ"……ッ」
変化が始まった。
ダメだダメだダメだダメだ!!
巨大化するな!!
『レン! 二号の制御機能は?!』
『さっきから最大出力してるけど、ヤバいくらい全ッ然効いてない!!』
『リサ!! 聞こえてる?! 制御魔法!!』
「――さっきから、限界超えるくらい頑張ってます!!」
リサの声。
僕の、すぐ、後ろ――……。
「さっきからずっと、ずっとずっとずっとずっと……!! でも、効かない……!! 大河君、お願い、頑張って……!!」
動けない。
振り向けない。
僕が目を覚ます前からそこにいたのか?
二号の反対側、僕の真後ろ数メートル。リサの存在に気付けないくらい、僕は自分の力に呑まれていた。
「頑張って、大河君!! 私も必死に止めるからッ!!」
「――あああああああぁぁぁああ……ッ!!!!」
曇天に向かって吠えた。
湿気を含んだ空気は、僕の叫び声を遠くまで響かせる。
工場の壁に何度も反射して増幅された声は、キンキンと音を重ねながら僕の耳に返ってくる。
指には鋭い爪が生えているし、足の爪がブーツを突き破っていた。白く硬い鱗がびっちりと肌に張り付いて、白い肌がますます白く見えている。
「ハァ……、ハァ……」
耐えろ。
耐えろ、僕。
理性を失ったら、終わる。計画が、台無しになる。
よだれを腕で拭った。口から漏れた炎が、チリチリと袖口を焼いた。
「た……、大河君……?」
リサが、僕の様子を気にしている。
ダメだ。見るな。僕を見るな。
『リサ、まだ近付くな』
レンがリサを制止する。
「で、でもレンさん。大河君、暴れる様子は……」
『ダメだ! 巨大化した時より今の方が、魔力値が高いんだよ……! 君に何かあったら、誰もタイガを止められなくなる』
「それは……、そう、だけど……」
僕は、両手に視線を落としていた。
な……んだ、これ。
竜化が止まって、力が安定し始めた。背中こそ破れたものの、極端に引きちぎれて服がボロボロになってる訳じゃない。あいつみたいだ。竜の特徴そのままに、竜でもない、人間でもない中途半端な姿になっている。
しかも、暗黒魔法を浴びた直後なのに、僕はまだ、僕のままだ。
リサの制御魔法と二号の制御装置がある程度効果を発揮しているからか。それとも僕の身体が、だんだん暗黒魔法に慣れてきているのか。
どう……、なってんだ……?
「大河君、いつもとは違う気がするんです。今までと……、違う。ま、まるで……」
まるで……、何だよ。
リサはそこから先の言葉を口にしなかった。
知ってる。白い竜の化け物、だろ。
巨大化は何とか避けたけど、半竜の姿になった。――クソッ。人間の姿のままでどうにかしなきゃならなかったのに。
『リサの言いたいことは分かる。こっちからも見えてる。……だけどさ、数字を見る限り、まともじゃない。今は落ち着いているように見えてるだけかも知れないだろ。とにかく、やたらと楽観視しない方がいい。大河自身も、自分が自分でなくなるかもって、ずっと言ってたんだから』
顔を上げる。
二号のカメラが僕を真っ正面から撮っている。
空中から数台のドローンも撮影してるようだ。
神教騎士と市民部隊らが、僕の動きを警戒し、規制線ギリギリで武器を構えているのが見えた。
竜騎兵は、空の高いところを旋回して、上空から僕の様子を観察している。
『数値と外見から判断するしかないんだけど……、少なくともこんなに目を光らせて、殺気漂わせて、炎を吐いてるヤツが……、安全だとは思えない。早急に鎮静剤と攻撃の準備に入らせるよ。悪いけど、リサは制御魔法を続けたまま一旦退避して』
リサに話し掛けるレンの声が、暗い。
……レンは正しい。至極当然の判断だと思う。
大丈夫だ。分かってる。
僕は、人間社会には相容れない異質な存在なんだって。
唯一無二ってのはそういうことだ。
誰にも受け入れて貰えないし、誰にも理解されない。危険で、恐ろしくて、近付きがたい。誤解されて、阻害されて、軽蔑されるんだって、何度思い知らされればいいんだよ。
こんなヤツとは……、誰も関わらない方がいい。
『あ! また!! 懲りないな……。あんまり近いと困るって伝わってないのかな』
ブゥーンと低い音を出して、一台のドローンが急激に僕に接近してきた。
視界に、ガッツリと入り込む。
僕はそれをじっと睨みつけ、右手に集中させた魔力を――。
ボンッ!!
弾け飛んだ。
散り散りになって、ドローンだった破片が地面に落ちていく。
「大河君ッ?!」
『タイガ!!』
「始まったか?!」
あちこちで一斉に声が上がった。
「――攻撃開始!! 神の子を止めろ!!」
『タイガに鎮静剤!! 急いで!!』
魔法陣が僕に向けて複数展開しているのが見えた。上空を旋回していた竜騎兵が向きを変え、僕目掛けて突っ込んでくる。神教騎士が一斉に剣を構えて走ってくる。
ヤツらは僕を止める気だ。
暴れ始めたように見える神の子を。
止められるもんなら、止めてみろ――!!
僕は高く掲げた手の中に、魔力を集中させた。
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