【24】世界を救う覚悟

1. 念には念を

 しばらくの間、僕はバスの中から動けなかった。

 ノーラウェブに上がってる動画や画像、書き込みを、ビビに頼み込んで幾つか見せてもらった。

 以前のは否定的な書き込みや内容が多かったようだけど、今日のアレでだいぶ覆るんじゃないかって、ビビは笑った。


「僕が傷つくと思って、情報を遮断してたんだ?」


 “神の子こそが災厄”だとか、“死ねばいいのに”とか、存在を否定するような書き込みが結構ある。

 中には、以前撮られた写真や動画に映った僕と、塔にいた頃のレグルを比べて御託を並べているようなサイトもあった。偽者疑惑、合成映像疑惑も結構あった。

 僕はいわゆる“あいの子”だから、嫌われ者だってことは知ってたけど。

 こうして色々見せつけられると、なかなかに心が痛む。



――『通常、他種族の血が入ることは生物学的にもあり得ないはずだし、二つの異なる血を混ぜるのは“禁忌”とされているはずなんだけど……』



 “禁忌”。

 レグルノーラには、混ぜると嫌がられるものがたくさんある。

 人間と竜、レグルノーラとリアレイト、平野と森、干渉者とそうでない者、魔法を使えるヤツと使えないヤツ。

 僕は、特殊だ。

 特殊でよく分からない存在。

 分からないものは怖い。怖いから気持ち悪がられる、嫌われる。


「……情報、欲しかったよね。ごめん。新聞すら、タイガには見せられなかった。誰もタイガを、無闇に追い詰めたくなかったんだ」


 地下に閉じ込められている間、外は誹謗中傷の嵐だったこと、教会が矢面に立っていたことを知らされたばかりだ。皆、僕を守ろうとしていた。僕の知らないところで、必死に僕の存在を肯定してくれていた。

 それが、変わるかも知れない。

 今日書き込まれているコメントはかなり好意的なものばかりで、以前の否定的な書き込みを見たあとだと、かえって面食らう。

 一人でも、理解してくれるのなら。

 名前の知らない誰かが、僕のことを知って、僕の言葉を聞いて、僕の存在を肯定してくれるのなら、最後まで頑張れるかも知れない。


「ありがとう。元気出た」


 応援のコメントに後押しされて、僕はようやく顔を上げた。

 僕が食い入るように画面を見ていたところも、涙を堪えながら嬉しさを噛みしめていたところも、大人達は何も言わず、ずっと見守ってくれていた。


「もう少し、待ってても大丈夫だよ。大河君が落ち着くまで待つよ」


 リサは言ったけど、僕は首を横に振った。


「いいよ。大丈夫。やらなくちゃ」


 僕が無理矢理割って入った会見は、あのあとウォルターとシバが質問攻めに遭って大変だったようだ。会見の続きを、動画で見た。

 真実を隠してきたことに対して後ろめたさは無かったかと聞かれたシバは、無闇に市民に恐怖を与えることは、かえってドレグ・ルゴラを喜ばせるだけだと答えていた。

 教会は何故釈明しなかったのかと聞かれたウォルターは、そんなことに時間を割くより、神の子を守ることに専念するべきだと思ったと答えていた。

 レグルの異変に気付いたのはいつか、限界とはどういう状況なのか、レグルはどこにいるのか。これまでの経緯や、公表するに出来なかった事情まで、次から次に質問が飛び交ったようだ。

 言いにくいこともかなりあったようで、二人は汗を拭ったり、言葉に詰まったりしながらも、淡々と答えていた。僕が全部喋ったから、今更隠す訳にもいかなかったらしい。丁寧に応じる態度には頭が下がった。


 会見が終わり、やっとマスコミ連中の退避が終わったと連絡があった。杭の周囲は、だいぶ静かになっていた。

 バスの中、関係者の代表が集まって、改めて警備内容を聞かされる。ビビ、グレッグ、リサ、イザベラ、市民部隊のカデル、塔のダグ、そして僕。報道機関の立ち入りや撮影方法について再度注意を促すこと、部外者の立ち入りを完全に遮断するため、地上と上空から監視を続けること、それから、僕が暗黒魔法に晒された後の対処方法も。


「翼竜用の鎮静剤って、竜騎兵は持ち歩くもんなの?」


 市民部隊のカデルに、何気なく聞いてみる。カデルは「ええ」と頷いた。


「翼竜も生き物ですから、興奮してコントロール不能になることがあります。もしもの為に、一人一本、携帯してますよ」

「よかった。さっき僕が通りかかっただけで、翼竜が機敏に反応してた。翼竜も、僕が怖くて興奮するんじゃないかと思うと気が気じゃなくて。それに、僕が興奮しておかしくなった時にも必要になるだろうから」

「え? 翼竜用の鎮静剤が必要に?」


 カデルが目を丸くする。


「前に地下で暴れた時、二本打たれたのを何となく覚えてる。それでも……、止まらなくて、あちこち剣で刺されたような……」

「まさか。一本でも人間の致死量を遥かに超える量ですよ?」

「人間じゃないからね」


 僕がボソリと言うと、カデルとダグはゴクリと唾を飲み込んだ。


「翼竜用の鎮静剤なら、三本用意してます」


 とグレッグ。


「難なく刺せればいいのですが、トラブルは必至だと考えて、予備を用意しました。巨大化する前に刺さないと潰されます。心してかからないと」

「竜騎兵は、僕が暴れる、暴れないに関わらず、いつでも鎮静剤を取り出せるようにしておいて欲しい」

「分かりました。竜騎兵には伝えておきます」


 カデルはふぅと息をつき、額の汗を拭った。


「二号は前回同様、タイガの周囲に待機、計測を続けるつもり。レンが追加した竜石による制御機能にも期待したいと思う。数値が上昇したら、直ぐに制御開始する。リサにも、最大限頑張ってもらうから」


 ビビが言うと、リサがこくこくと頷いた。


「前にも言ったけど、僕のこと、死ぬ気で止めてね。遠慮したり、変に忖度したりすれば、死ぬと思った方がいい。その結果、僕がどんなに傷つこうと、どこか欠損しようと、気にしなくても大丈夫だから。……どうせ直ぐに治る」


 手首が取れても、目を刺されても直ぐに治った。気持ち悪いくらいに回復力が高過ぎる。


「しかし、神の子……」

「嫌なら降りていいよ、ダグ。カデルもそうだけど、二人は元々部外者なんだし、命が惜しいでしょ。死にたくないなら逃げた方がいいと思う。無理して心が壊れても意味がない。逃げるなら今のうちだよ」


 僕の映像を見てアリアナみたいに心的ストレスを負った人が……、何人だっけ。どんなに頑張っても、僕のおぞましさは誰かを傷付ける結果になる。分かりきってるだけに、耐性のない人達に無理強いは出来ない。……その分、教会側の負担は増すけど。


「いや、大丈夫です。経験がないので、面食らって。塔からは、魔法に腕のある能力者を十人程連れてきています。神の子を止めるためにあらゆる魔法を使う予定です」

「ありがとう、ダグ。よろしく頼むよ。聖なる魔法は苦手だけど、他の魔法はあんまり効かないから注意して欲しいって言っといて。威力が弱いと魔法の無駄遣いになる可能性がある。それから……、仮に僕が竜化したり暴走したりした場合、そのままどこかに移動してしまうことも考えられると思うんだ。そういうときどうするとか……、考えてたり、する……?」

「逃走する気ですか」


 グレッグは険しい顔で僕を睨み付けた。


「逃げないよ。無意識的にそうなったらヤバいなって思ってさ。実は……、このところ白い竜の記憶にだいぶ左右されてるんだ。どっちが本当の僕なのか、今でも時々分からなくなる。特に、暗黒魔法が発動した後はそれが著しい。時系列順に再生される記憶の中で、初めて人間に“ドレグ・ルゴラ”と呼ばれたんだよ。今朝の夢は、大量に人間を食う夢だった。多分、その続きを見る。混乱は、したくない。頑張って、正気を保ちたい。だけど、もしかしたら血肉を求めてどっか行くとか……、あり得るんじゃないかってさ」


 話の内容がエグ過ぎて、何人かは顔を青くしたし、手で顔を覆ったりした。

 僕も、気持ち悪くなった。また、血の味を思い出した。人間に囲まれて、妙な高揚を覚えるあたり、完全に終わってる。


「……竜になって飛び立とうとするならば、竜騎兵が追うしかないでしょう。フラウ地区以外を警備中の竜騎兵にも、いつでも動けるよう、連絡しておきます」


 カデルが厳しい顔で言った。


「転移魔法で飛ばれてしまうと、なかなか探しづらくなります」


 今度はダグが顔をしかめた。


「転移するべき目標が定まらないと、簡単に転移出来ない能力者が殆どだと思います。神の子は普段、魔法陣を使われますか?」


 僕は首を横に振った。


「……ならば、魔法陣の文字を読んで追跡することも出来ない訳ですよね。気配を察知して位置を特定する特性を持っている人間が関係者に居ればですが……。そういう特性は稀ですからね。誰かが場所を指し示すかしないと、転移は難しい。初動は遅れる可能性が高いです」

「……だよね」

「教会が石柱付近に設置した監視カメラの映像は、いつでもチェック出来るようにしてるけど、どこに飛ぶのか分からなくちゃ意味が無いね」


 ビビも腕を組んで唸っている。


「ノーラウェブの監視も続けてみる。私達だけじゃ限界がある。さっきの会見で神の子への関心が高まってるから、君が作戦中に消えたりすれば、皆躍起になって探してくれるかも」

「ビビ、それはあまりあてにしない方が良いと思いますよ。一般市民を巻き込むことになります。それより、リサの力でタイガの位置は特定出来ないのでしょうか」


 イザベラが言うと、リサは眉をハの字にしてため息をついた。


「大河君の気配は勿論、凄く特徴的だし、分かりやすくはあるんですけど……。距離が離れると、どうしても精度が落ちますよね。どの程度遠くに飛んだかで、位置特定までの時間が変わると思います。ある程度時間を頂ければ、何とかなると思うんですけど……。すみません、期待に添えるような返事じゃなくて。ここ数日……、制御魔法も使ってないから、竜石の娘らしいこと、全然やってない。よ、用済みって、大河君にも言われたし……」

「え? そんなこと言ったっけ」

「言ったよ!!」

「……ん? あ! 思い出した。あの時か……」


 しまった。

 ヴィンセントが死んだって聞いて、気が動転した時だ。

 グレッグとビビが二人して『言ってた』『確かに聞いた』と頭の中で連呼してる。


「ごごごごめん!! 用済みじゃないから!! 頼りにしてる! 僕の力、抑えられるのリサだけだから!!」

「調子いいね、大河君は。全然役に立たなくなったら、私のこと、ポイッて捨てるんだろうね」

「捨てないって!」

「あ、違うか。必要なくなったら、砕けるんだった」

「ごめん!! ホントごめん!!」


 両手を合わせて必死に謝る僕を、リサは面白がった。お互い、本心じゃないのが分かってたから、なんだか変な感じになった。


「こうして見ると、その辺にいるただの少年と同じだな」

「本当ですね」


 リサのご機嫌を取ろうとあたふたしてる僕の横で、カデルとダグがそう言っているのが、小さく聞こえていた。

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